11話 闇の足音
王が黒を排除する風潮を切り崩し、世界各国を騒めかせた頃。
シュウは暗闇に誘われていた。
明かりも何もないただひたすらに無な空間。
手足の感覚は当然の様になく、今ここに体があるかすら分からない。
奇しくも一か月前に闇に招待された時と全く同じ。
だが、その時と違うことが一つだけ。
「──」
目の前に、背中を向けた一人の少女が佇んでいた。
少女はこちらに注意を向けることなく、ただ一点、前にある小さな光を見つめていた。
哀愁漂うその背中にシュウは何かを言おうとして、気づく。
今この空間において、シュウは原型を保っている。
「──闇が」
「──え?」
聞こえたのは、あの無機質な声ではなかった。
その声には、感情が籠っていた。
だが、シュウにはそれが何なのか理解する方法はない。
「──闇が、世界を覆おうとしている」
その言葉通り、少女が見つめていた光は暗闇に呑まれるようにしてその光を徐々に狭め、完全に消えた。
まるでそれは何かを表しているようで──。
それを見届け、少女はシュウに向き直る。
「──な」
思わず目を見張る。
この世界で忌避されるはずの黒。そしてシュウ以外に見た事のない黒。それが前にいる少女の髪と、瞳の色だった。
「なんで……黒……?」
しかし、そのシュウの質問には答えず。
「世界を導く光は、闇に呑まれる。──そして、世界は歩みを止める」
「どういう……?」
「光はかき消えて……世界は混沌に呑まれる」
「どういうことなんだよ……」
シュウの呟きを無視し、予言めいた発言を繰り返す少女に理解が追いつかなくなってくる。
しかも止めてほしいのならいざ知らず、目の前の少女は具体的な事は何一つ言ってはいない。これでは対策など立てられようもないではないか。
「希望は絶望に負ける。──だから、必ず生き残って」
「──は?」
少女の口から出た言葉。
それはシュウにとって今度こそ理解を超越したものだった。
「お願い。貴方までが死んでしまえば、世界は立ち直ることが出来なくなる」
「何が、お前は俺に何を伝えたい、何をしたいんだ……!」
いつかはシュウを殺そうとして、だが今度は生き残れと言っているのだ。もはや身勝手の範疇などとっくに超えている。
「貴方の怒りは、私には分からない。私はただ世界を管理し、裁くだけ。それ以外のものは全て切り落とされた」
ここに来て初めてシュウの事を気に掛ける。
「なんだ、お前は、なんなんだ……?」
切り落とされた──それではまるで作られた人間の様に聞こえ、シュウの頭が入ってくる情報の多さにショートしかける。
そもそも、疑問は数えきれないほどあった。
なぜ、この空間にシュウを呼ぶのか。なぜ、シュウと同じ黒であるのか。なぜ、なぜなぜなぜ──?
しかし、それらには取り合わずなぜか世界の危機について──尚且つ詳しいことは一切伝えては来ない。
それはなぜだ。シュウにそれを託すということはきっと目の前の黒髪の少女は世界を滅ぼそうとしているわけではないのだろう。
なら、なぜ伝えられない。
そして、辿り着いた答えは──。
「まさか、時間がないのか?」
「──」
シュウの言葉──それが案外的を得ていたようで黒髪の少女は少しだけ目を見開き、沈黙する。
この反応。
間違いない。
この場所には何らかの制限がある。
そして、ここにシュウを呼べる時間はそう長くない。
「答えてくれ! ここは、どこなんだ!? 光が闇を吞み込むって、どういうことなんだ!?」
「世界の中心で、世界の裏側。全ての記憶が眠っている場所。──いずれ、貴方が来る所」
「どういう……!?」
「──生きて、これから訪れる破滅に飲み込まれないで。そのための力は、貴方の中にある」
少女はそう言って、シュウの胸辺りを指し示す。
それに応えるように、シュウの胸の辺りが温かさを伴った優しい光が漏れ出す。
「お願い、生きて。世界が壊れないように」
光が世界を覆いつくす。
この光が視界全体に広がればシュウはこの場所から弾き出され、元の世界で目を覚ます。それが直感で分かってしまう。
だが、その前に。
「お前はさっき俺が来る場所って、そう言ったよな」
「──?」
「ここに来れば、全部が分かるのか?」
思い返すは先ほどの言葉の一部。
全ての記憶が眠っている場所、と確かにそう言った。
ならば、なぜササキシュウが異世界召喚されたのか。その理由が分かるかもしれない。それにこの世界を取り巻く謎。その全てが。
「貴方が来れば、謎は分かる。貴方がこの世界に呼ばれた理由も」
「な……んで、それを!?」
誰も知らないはずの召喚。
知っているのは従来に従えば、召喚者のみ。
で、あれば。
この少女が、召喚者なのか?
「私は世界を傍観をしている。だから、分かった」
「つまり、お前は召喚者じゃ、ないのか」
「召喚者……? 違う。私は世界に干渉は許されていない。それをすれば待つのは消去のみ。それに……私では門を開くことは叶わないから」
シュウを渦巻く謎の数々。
それらはこの場所に来れば分かる、そう言った。
ようやく見えてきた糸口にシュウは安堵を隠せない。
「幸い、貴方は守られている。──『慈愛』が、守ってくれるはずだから」
「慈愛?」
「全てが終わったら、この場所に来て」
シュウの疑問に答えてくれる様子はないのか、話を締めくくろうとする。
「ああ。勿論だ。お前にも聞きたいことが山ほどあるんでな」
視界が光に溢れて──。
そして、ササキシュウは世界に戻っていった。
シュウが目を覚ましたのは王城内のベッドだった。
さすがは王城というべきか、ベッドはふかふか、その他諸々が高級であり、変な所で意地を見せつけられたような気分になる。
「シュウ。起きた?」
「シルヴィア……。ああ、とりあえずは」
目覚めから天使の鈴音が聞こえ、相槌を打つシュウ。
「なら、よかった。……体中の骨が打撲だったり折れてたりしていたから後遺症が残ったらどうしようって思ってて……」
「まじで? 俺そこまで酷い状況だったの?」
まさに惨憺たる結果を伝えられ、思わず聞き返してしまう。だが、シルヴィアも特に否定はしないのできっと本当なのだろう。
「あー、えっと、それでさ。あの後ってどうなったの?」
一番聞きたかったこと。
それはあの暗闇の世界の事でも深まる謎などでもなく、あの後どうなったかであった。
シュウの変わらない態度にシルヴィアは苦笑し、任命式でのことを話していった。
「で、結局いいように使われたってことか……」
任命式の一連の流れを聞き、流石にシュウでも分かる。
黒への排斥を終わらせる先駆けとしてシュウに矛先が向いたのだ。
だが、気になるのはそこではない。
「なあ、シルヴィア。黒髪ってさ……ほかにもいるのか?」
先ほどの世界。そこにいた黒髪の少女。この世界に来てから全く見た事のない黒髪である者達。聞いたことはないがいるのならきっと迫害されている。
だからこそ、シュウに矛先が向いたのだが。
「私も噂程度でしか聞いたことないんだけど……隣国の宗教国家の、前大王の娘──『幽閉姫』がそうだって言われてるの。でも、これは本来国家機密に値するの。だけど可哀そうだと思った誰かが広めたみたいなんだけど……」
『幽閉姫』。
隣の宗教国家の前代王の娘であり、黒髪であると噂されている少女。
「けど、ほかにもね。時々聞こえてくるんだけど。極稀に黒髪で生まれてくる人もいるみたい」
「つまり、そういう人たちが虐げられているのが許せない。──だからこそ、一番目立つ位置にいた俺に白羽の矢が飛んできたってことか」
全ては王の掌の上だった。そういうことだ。
回りまわって、結局思惑に乗せられただけ。
「ま、それでも構わないんだけどな……」
「あ、そうだ。師匠から言いつけがあるの。──シュウが目覚めたら、二人でとある場所に来いって。場所はシュウが知ってるからって、何も詳しいことは知らないんだけど……」
「ダンテさんから?」
ダンテからの言伝を聞き、顔をしかめる。
とある場所というのは貧民街の一角、王都での事件があった所だ。
シュウとしては、あまりシルヴィアを行かせたくはないのだが、ダンテの指示となれば致し方ないだろう。
「じゃあ、行くか──ふぐう!?」
ダンテの指示通り、シルヴィアとともに向かうため勢いよく立ち上がり──。
見事、傷を悪化させた。
「え、えっ、シ、シュウ? だ、大丈夫?」
シルヴィアの焦った声が耳を打ち、再びベッドに沈むのだった。
通りは朝と変わらず──いや、それ以上に賑わっていた。
そんな中。
「おい……あれ、さっきの放送の奴だろ……」「ねえ、私黒こわ~い」「大丈夫だよ。俺が守ってあげるから」
王城での出来事は王都全体に放送されていたらしく、シュウはちょっとした有名人だ。
「なんかあんまり目立ちたくはなかったんだけどな……」
シュウの性格上目立つのは好きではない。前の世界では家の中に引きこもっていたため、少しでも外出すれば近所で噂されることが多かった。
「ごめんね、シュウ」
「いや、シルヴィアが謝ることじゃないよ。……考えてみたら、俺こっちに来てから目立ってばっかな気がする……」
王都でもその次の村でもシルヴィアと行動し、度々面倒を起こしてきた。
まさに不運の塊。
この世界に来てから確実に運の偏りが激しい気がする。
と、そこで。
「──っ」
不意にシルヴィアの顔が引きつった。
その異変に気付き、声を掛けようとして。
「ああ。久しぶりだね。シルヴィア」
一人の青年が、灰色の外套を着た悪魔が。
悪意が、最悪の敵が、話しかけていた。
そして。
運命の歯車は回り出す。




