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5話 五人将の一角

 シュウはその構えを見て、アリスを庇える位置へ腕を掴み引っ張る。


 先ほどまでなら撥ね退けられそうなその行動は、しかしアリスも状況を理解したのか素直に従う。


 また、その場の緊張感を感じ取ったのか、宝石商のおじさんは店を速攻で畳み、逃げだそうとしている。


 その間。


 セイロスは瞑目し、ただ立っていた。

 

 まるで武田信玄の有名な台詞、『動かざること山の如し』。それを体現したかのような目の前の暗殺者に、向き直る。


 それに気づいたのか、わずかに目を開けて。


「終わったか」


「なんだ、やっぱり待っててくれたのか」


 今の間、彼ほどの実力者であれば瞬殺、もしくは二回でも殺せたはずだ。


 だが、あえてそれを選ばなかった。


 卑怯な手を使い敵を絡めとる道を選ばず、武人のような正々堂々とした道を歩むことを選んでいる。


 その姿にはもはや暗殺者など、似合わない。


 武人のような静けさと苛烈さを含む、本物の敵だ。


「何分、抵抗も出来ない者を倒すことはあまり好きではない。──ゆえに、このような形をとらせてもらったが……何か、問題でもあっただろうか」


 起伏の少ない声で、顔をしかめるセイロス。


 その行為にただ笑って。


「いや、何も」


「そうか。──では、始めようか」


 短い一言。


 それがこの戦いの合図。


 セイロスは地面を粉砕し、その推進力をもってシュウへ向かって来る。


 シュウはアリスを押し倒すような形で倒れこみながら回避。その上を、セイロスの獲物──大剣が通り過ぎる。


「しっ──」


 避けられたことを瞬時に悟ったセイロスはすぐさま手首を捻り、両断せんと振り下ろす。


 破砕。


 石で出来た道路は軽々と壊れ、石つぶてが飛び散り何かが壊れたような音が聞こえるも、セイロスは何かを悟ったのか後ろへと下がった。


 そうして、煙が晴れるのをただ待つ。


「くっそ……さすがは、暗殺者って、ところか……」


 そこから這い出てきたのはシュウとその腕に抱いたアリスだった。


 その足元には宝石商から買った宝石──シルヴィアに上げようと思った宝石が粉々になっており、ミルも無残な姿になっている。これでシュウのお金は無駄になったのだが今そんなことを気にしている場合ではない。


 ゆえに、仕方なく買った宝石を身代わりにした。


 だが、さすがはというべきか。


 その身代わりは一瞬で見破られた。


 場数の違い。


 暗殺者として積んできた経験の差。


 それがこの場でいかんなく発揮されている。


 だが、シュウの策のすべてが終わったわけではない。


「ぬ……」


 それを、セイロスも感じ取った。


 周りに充満する魔力。それは空間に生成される魔力をはるかに超えている。


 そもそも、これはダンテが言っていたことでもある。


 魔力とは人間だけに生成されるものではなく、ほかの生物にも宿るものである。


 他にも加工されていない宝石の原石や、純粋な宝石には一般の人間に宿る魔力を超える魔力が宿るらしい。


 そして、空間の魔力。


 この世界は一定の空間ごとに魔力が一定量生成されている。


 その魔力は、魔法を使うときに使用できるとのことだ。


 先ほどの宝石は純粋度が高いサファイア、だ。


 純粋度が高ければ高いほど、内包されている魔力量も多くなる。


 それを壊せば、内包されている魔力は空間へ放出され、元々あった魔力と融合し一定量を超える。


 つまりは。


「よく成功させたわ、褒めてあげる!」


 セイロスの動きが一瞬止まったのを好機と判断し、アリスが魔法を発動させる。


 詠唱が紡がれ、手からはじき出されるのは風。


 圧倒的な魔力がその魔法に使われていく。


「ぐ──ぬううううう!!」


 台風のごとき風速がセイロスの肌を打ち抜いていく。


 それに耐えきれないと勘で察したのか、すぐさま剣を地面に打ち付け、耐久しようとするが──。


「ぬおおおおお!?」


 それでは及ばない。


 突き立てた剣が吹き飛ばされ、セイロスも空中に舞う。


 そのまま風を失い、高所から地面に落下し、地面を粉砕する。


「どう、なった……?」


「あれだけの高所から落ちたのよ、生きてたら人間じゃない……」


 だが。


 粉砕された地面から起き上がる影が一つ。


 全身を紫と赤に染め、しかし未だ立ちはだかる。


「おいおい……まだ、生きてんのかよ……」


 目の前に立ち塞がる仁王像の如き相貌にシュウとアリスの顔が恐怖に染まる。


 そして、一人の青年がシュウ達の前に立つ。


 藍色の髪の青年、ガイウスが騎士としての風格を纏わせ、この場に立ちはだかる。


「爆発があったので来てみれば……まさかこんなことになっているとはね」


「お前は……?」


 セイロスの一直線上に立ちはだかる青年にセイロスは問う。


「私はガイウス。五人将が一人、ガイウス・ユーフォルだ」


 高らかに、その藍色の瞳に騎士の道を秘めて、謳う。


 五人将──王を守る精鋭。それぞれが自らの領地を持ち、並びに貴族でもある。


 圧倒的な力を持つ五人将の一人が、暗殺者を討たんと剣を抜き放つ。


「さあ、かかってくるがいい。私が相手だ」


 その揺るがない正義を一身に受け、初めてセイロスはたじろぐ。


「来ないのであれば──私から行こう」


 足に力が籠められ、突貫する。


 放たれるは小細工なしの純粋な力だけが籠った一撃。


 研鑽を積み、磨かれた技がセイロスの大剣を穿つ。


 そのまま手首を返し、返しながら斬り結ぶ。辛くもそれを防ぐも、次々と放たれる剣。


 圧倒的な剣戟。速度はさることながら、実力は完全にガイウスの方が上だ。


 速度も、技も、駆け引きも。


 セイロスが今まで磨き上げてきた経験がガイウスには通用しない。


 徐々に防ぎきれなくなり、体には無数の切り傷が増えていく。


「さすがの手腕だ。──だが、姫様には及ばせない」


 藍色の瞳が一瞬輝いたかと思うと、剣を振る速度が尋常なまでに速くなる。


 今まで闘ってきたどの相手よりも、シュウに恐怖を与えた敵がこうまでもあっさりと追い詰められていく。


 これが五人将の一人。


 ガイウス・ユーフォル。まさに規格外の強さ。


やがて剣と剣の応酬は終わり、セイロスは膝をついていた。


「ぐ、不覚……」


「終わりだ」


 膝をついているセイロスに、剣を突きつけるガイウス。


「さあ、討て」


 短い言葉。


 まさに潔い。


 つくづく暗殺者には向いていない。


「その潔さ、感服に値する」


 ガイウスもまたそれを受け入れる。


「最後に聞かせてほしいことがある」


「──何を」


「なぜ、暗殺者を?」


 セイロスにそう質問する。


 暫く口を閉じていたが、瞑目し静かに答える。


「──それしか、許されなかったのだ。私には、その生き方しか、なかったのだ」


 悔しそうにそれだけを呟き、ガイウスは一瞬だけ動きが止まる。その隙を狙ったのか。


 コツン、と。何かが投げ込まれる。


「な──」


 丸い玉。そこから出てくるのは、黒煙。


 それは瞬く間に視界を埋め尽くし、視界を奪う。


 咄嗟にアリスを引き寄せ、庇えるように背中を向けた。


 ──何が、起こってる?


 視界が機能しないまま周りを見渡そうと首を振る。


 そこで、足音が聞こえるのが分かった。


 規則的に、こちらへやってくる。


 そして。


「中々、面白いものだったよ。だから、俺達は今回の事件に関与しないことを誓おう」


 それだけ言い残し、その場から去っていく。


 時間とともに黒煙は晴れ、眼下に広がっていたのは先ほどまでの状況とは異なっていた。


 セイロスはそこにはおらず、血痕もすべてが拭き取られている。


 そして、溜息をつく藍色の青年は。


「図られた、か」


 小さくそれだけ呟いていた。


 すぐに憂い顔を終わらせ、こちらへと歩いてくる。


「姫様。ご無事で何よりです」


 そのままアリスの下に跪き、掌に拳をつけ、恭しく礼をする。


「まったくよ。私の騎士を名乗るならもっと速く来てほしいんだけど」


 皮肉交じりに呟くアリス。


 その態度に苦笑を浮かべながら、細やかな反撃がアリスに向かう。


「本当に申し訳ございません。……ですが、そう、姫様がきっちりと待ち合わせの場所で待っていてくだされば、私は馳せ参じていたでしょう」


「な、なにを言っているのガイウス!? しゅ、集合場所はここ商い通りでしょ!?」


 図星でも突かれたかのようにいきなり焦り出すアリスだが、ガイウスの反撃は留まるところを知らない。


「姫様。残念ながら、集合場所は東ブロックの検問所です。……まさか、護衛の方々でさえ振り切るとは思っていませんでしたが」


 そう言って、シュウの方に視線を向けてくるガイウス。


「ああ。えっと、あの親衛隊の方々って……もしかして、護衛の人達……?」


 思い当たる集団の名前を口にし、ガイウスは首を縦に振る。


 ここに来るまで散々追いかけ回された王女親衛隊の面々の顔が浮かんでくる。


「つか、アリス。見覚えないんじゃないのかよ……」


「ええ。顔は覚えていないわ」


 はっきりと言い切るアリス。まるで自分は悪くないと言わんばかりの強勢に、ガイウスは溜息をついて。


「その点については後に聞かせてもらうことになりますが……とりあえず、王城へ帰りましょう」


 そう進言する。


 いつもなら、その言葉に反対し駄々をこねるアリスだが、今回ばかりは素直に従う。


「ササキシュウ。礼を言わせてもらいたい。今回は君がいなければ、姫様は危険に晒されていた。後で、必ずこの恩は返そう」


 騎士らしく堂々と言い切り、姫様を連れ、その場を去っていくガイウス。


「さて。じゃあ、俺も合流したいところだけど……」


 上を見て、自分が今どこにいるのかを理解したシュウはそのまま戻らず、あるところにいくことを決意する。


「行きますか、貧民街に」


 かつての決戦の場所。


 王都での事件での直接の被害が出たところであり、シュウにとっては懐かしい場所でもあるそこに、歩いていくのだった。















「姫様。その宝石は?」


 王城への帰り際、ガイウスはアリスが手に持っている宝石に気が付き、質問をする。


「買ってもらったの」


「誰に、ですか?」


 どこか嬉しそうに言うアリスに、ガイウスは質問を重ねる。


「もちろん、あの黒髪の……シュウに」


「ああ……ササキシュウですか」


 人の名前を進んで覚えようとしないアリスが今日会ったばかりの人物の名を覚えている。


 そのことを不思議に思ったが、それは口に出さない。


「ええ。久しぶりに楽しかったわ。また、追いかけっこでもしたいわね」


 そう呟くアリスを微笑ましく見ているガイウス。


 しかし、彼の頭には数日前の王との会談を思い出していた。


 ササキシュウという人物を使いある計画を成就させるために、腹をくくらなければならない。


 そして決意の色をその藍色の瞳に覗かせながら、王城へと進んでいった。

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