4話 思わぬ再会
今、商い通りでは大勢の人が視線を送っている二人組がいた。
一人は小柄な子供のような少女だ。
フードを被っておりその姿を全て見ることは叶わないが、その奥からたびたび漏れ出す金色が太陽の光を反射し、人々の視線を引いているのだ。
もう一人は背格好がぼろぼろであり、貧民街に住んでいる子供のような印象を受ける冴えない少年だ。
こちらも同じくフードを被っているが、少女と異なり、髪の色までは見えない。
だが、見に纏う雰囲気──圧倒的なネガティブオーラ──や、その異様さから人々の奇異の視線──否、変質者の烙印を押されていた。
「何、あの人……?」 「まて、近づいちゃだめだ」 「どうしてー?」
「くそっ、羨ましい……死ね!」
女性の声に続き、不思議そうに眺めていた子供を引き剥がす親。
そして、恨めしい怨念を垂れ流すロリコン……もとい、紳士の群れ。
様々な罵声や、心に堪える一撃がシュウを苦しめる。
「おい……アリス、さん。どーしてこうなった……」
隣の少女──王族の第二王女であるアリスに、一応の敬意を払いながらどうしてこうなった、と聞き出す。
「敬語を使うなら最後まで使いなさいよ……」
最後まで敬意を払わない、シュウに呆れつつ経緯を説明しだす。
「当然じゃない。貴方はここで迷ってる。そして、私も迷ってる。ほうら、ここに迷える子羊さんが二人もいるのよ。誰かが心配して声をかけてくれるわ」
「その理論はおかしい、何かがおかしい! つか、お前も迷ってたのかよ! そして、その迷える子羊を救うのはどこかの変態……紳士さんだけだよ! 俺はどうする!?」
まさにこじつけの理論に、今だけは不敬を承知で大声を出す。
それまでも、敬意を払ったことなどないが。
突然の大声にアリスは──突然、涙目になる。
──こいつ、噓泣きまで出来るのか!?
少女の狡猾な演技に、しかし周りは見抜けない。
ゆえに。
「うわあ……泣かせやがった」 「おい。誰か衛兵呼んで来い。ここに子供を泣かす奴がいるって言ってな」 「死すべし! 死すべし、死すべし死すべし死すべし死すべし死すべし死すべし死すべし死あるのみ!!!」
周りを飛び交う非難の声。
時には膨張され、時には怒りの感情をもって、商い通り全体に広まっていく。
全員がシュウに対して非難を浴びせ続ける中、たった一人笑いを抑える声があった。
金髪を隠すようにフードを被っているアリスだ。
アリスはそのフードを目深にかぶり、目尻に涙すら浮かべながら必死に笑いをこらえている。
嵌められた。
少女の演技に騙され、シュウの悪評が広まる。
そしてたびたび聞こえてくる紳士たちの怒声が耳朶を震わせてくる。
「くそ……なにか、なにか武器はないか」 「ああ! 神よ。俺は今日貴方を恨む」 「お前ら放せ! 私は今から戦争を仕掛けに行ってくる。止めるなあああ、同志たちよおおお!!!」
一人の男性が何かを探し求め、一人は神への恨みを述べ、一人の司教は目から血の涙を出し、シュウに対する怒りを露にする。
「ぷ、くくっ」
周りの様子がよほど面白くなってきたのか、ついに笑いをこらえられなくなり、声に出してしまう。
「くそっ……あとで覚えておけよ……」
この状況を呼び起こした元凶を睨みつつ、歯ぎしりをする。
とりあえず、放っとけば暴動が起こりかねない(主に紳士の方たちだ)ので、アリスの腕を掴み、そこから逃げ出す。
しかし、それが逆効果だった。
「くっそおおおおおおおぉぉおぉぉ!!! おい、行くぞお前らあああああ!!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」
強引に腕を掴んだのが、引き金となりギリギリのところで保たれていたバランスが傾く。
周辺に潜んでいた紳士たちが飛び出す。
その数──なんと、驚異の100人を超える。
「こいつら……何なんだよ! 目が怖え!!」
不動明王もかくやという形相で、シュウを殺さんと射貫いてくる。
「お、おい、なあ、ちょっと、待てよ! 話を──」
「死すべし死すべし死すべし死すべし──!」
──だめだ。狂ってる。
もはや聞く耳を持たない暴虐の信徒に戦慄を覚える。
「な、なあ! アリス。この人たちに知り合いは!?」
「? ええ。会ったことがあるわ。ここに来るたび影から私を見守っていたけど……特に用もないから放っておいたの。確か、そう、王女親衛隊だったかしら……」
王女親衛隊──転じて変態集団。
団員が紳士で構成されているグループだ。というか、そんな変態集団がまかり通っているのがおかしい。
さっさとこのくそったれな集団を王の権限で消してもらってほしい。
「HAAAAAAAAAAAAA!!!」 「死ねええええええええ!!!」
今まで本気で走り、路地を曲がり撒いてきたと思ったのだが、そんなことはなかったらしい。
彼らは完全に言動がおかしくなりつつある。
「KYAAAAAAAA!!!」 「あの男に死を、断罪の死をもたらしたまえええぇぇぇぇ!!!」
耳元で囁かれたように近くで感じる怒りの声。
「くそ! いかれてやがる! くそったれがあああああああああ!!!」
最強の親衛隊に追いかけ回され、自棄になりながら叫ぶ。
別にシュウもただ叫んでいるわけでなく、叫ぶことによって人の視線を集め、シルヴィアたちの目に触れやすいようにしているのだ。
効果は今のところないが。
「で、どうするの、これ」
後ろから猛追してくる敵に、アリスは指で示しながらシュウに尋ねてくる。
「知るかあああああ!!」
咆哮がむなしく路地裏に響き渡ったのだった。
「はあ……はあ……」
貧民街を駆け抜けて汗をかいたためフードを脱ぎ捨て、シュウは道に転がっていた。
空には曇り一つない晴天で、気づけば街灯の所に魔法道具が設置されてるのが確認できる。
王女親衛隊を振り切り、駆け込んだのが唯一損得勘定で物事を判断できる商売人だった。
彼らはいざとなれば、黒髪であろうと取引をする。
その貪欲さに、シュウは懸けた。
「大変でしたね。騒ぎになってましたよ。あ、これ水です」
優しそうな声音でシュウに呟いてくるのが、以前王都で出会った宝石商の男性である。
だが、身なりは以前と異なりストレス太りでもしたのか、脂肪が溜まっている。
「ああ、ありがとうございます。……そんなに、騒ぎに?」
差し出された水を一気飲みし、先ほど言っていた騒ぎの事を聞き出す。
無論、それはシュウと親衛隊の追いかけっこのことだ。既にお祭りの時の様に騒ぎまくっているとか。
「ええ。あれは当分収まらないですねえ。近々衛兵も駆り出されるんじゃないでしょうか」
「まじか……。ああ、それより、あの街頭的なものに付いてる魔法道具はなんだかわかります?」
「そうですね……私もよくは分からないのですが、なにやら明日放送するようで」
街頭にぶら下がっている魔法道具は通信機のようなものらしい。
ほのぼのとした感情を与えてくる男性は、まったりと椅子に座り、宝石を眺めているアリスに話しかける。
と、そこで何かに気づいたのか目をこすり。
「あれ……? 今、私の目の前にいるのは、もしかして?」
「ああ……えっと、その、お忍びだそうで」
一目でアリスを王女だと見抜いた男性に、秘密だとシュウは付け足す。
「そうですか。しかし……警備の目を盗んで、ここまで来るとは。さすがは王国のお転婆姫ですね」
「その渾名、好きじゃないから、言わないでくれる?」
「これは失礼しました」
お転婆姫──と言われた、アリスは今日初めて顔を歪めながら威圧する。
しかしそれに臆することなく、恭しく謝る。
「──? どした、アリス。宝石を見つめて」
「いえ、この宝石が、綺麗だなって……」
通常時なら騒ぎ散らすと思っていたアリスだが、そんなシュウの考えとは裏腹に一つの宝石を見つめていた。
──自らの髪と同じ、トパーズ。
それを、物珍しそうに見ている。
シュウはその風景を見て、溜息をつき懐から大して重くもない財布を取り出す。
「えっとさ。おじさん。この二つの宝石くれないか?」
シュウの思いもよらない発言にアリスは何かを言いかけるものの、肝心のシュウが何も言わせない。
「な、なにを……」
「もちろんだ。まあ、お金は張るけどね」
おじさんは笑いながらシュウの財布から、ほぼすべてを搔っ攫っていく。
シュウの持ち合わせ──ついでに言えば、全財産を使い切り、トパーズとサファイアを買ったのだ。
「ほれ、トパーズだ。やるよ」
シュウは商人から受け取ったトパーズを驚愕するアリスの前に差し出す。
「貴方……なんで……」
「なんでって、そりゃ、欲しそうにしてただろ」
当たり前のように言い張るシュウ。
アリスは最初受け取りを拒否していたのだが、シュウが退かないことを悟ると。
「はあ……仕方ないから貰ってあげるわ。お金が無駄になるからね」
文句を言いながらも、シュウからトパーズの宝石を受け取った。
その光景を、おじさんは微笑ましいものでも見ているかのように破顔する。
そして、辺りが突如殺気立つ。
途方もない戦慄と悪寒が背中を駆け巡り、思わず顔を上げてしまう。
その動きを不思議に思ったのか、アリスは何か言おうとして。
その声は爆音に遮られた。
「な──」
シュウ達を襲う爆風。
それは熱気であり、咄嗟にアリスを庇ったシュウの背中を容赦なく焼き尽くし、あわや吹き飛ばされかけるがギリギリのところで踏み止まった。
その先を見れば、目の前には一人の男性が立っていた。
全身を戒めの様に拘束具と、上から剣を突き刺しており、その姿からは痛々しいものを感じさせる。
以前、王都で出会った怪物たちとは全くの別枠だ。
まず、殺気が違う。
彼らの殺気には明確な怒りが含まれていた。
しかし、目の前の男性からはそれは発せられることはない。
まさに影に生きる人種だ。
殺気の出し方に慣れている。
「あんたは……?」
思わず問いかけていた。
答えなくてもいいはずの問いに、しかししっかりと答える。
「私は、セイロス。裁きを与える者」
その口から紡ぎ出されるのは、まるで城塞のような重みを備えた理知ある声だ。
どっしりと構え、侵入者を阻む壁。
幾多の依頼を受け、生きる者を屠ってきた彼にとって相応しいものだ。
「何を、しにきた……?」
「無論、陰に生きる者は出来ることなど限られている。ゆえに、暗殺者としての本懐を果たしに来た、そう言っておこう」
正々堂々と言うセイロス。
暗殺者とは陰に潜み、敵を虎視眈々と狙い続け、死に至らしめる毒。
彼らが表に出ることは許されない。
ゆえに、彼には暗殺者は向いていない。
「武人っぽいな、あんた」
「さあな。だが、昔は憧れていた、英雄にな。だが、私では足りえない」
一度は誰もが憧れると、目の前の男性は述べ、武器を構える。
「さあ。ササキシュウ、並びにアリス・イリアル。──その首、もらい受けに来た」




