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3話 久しぶりの王都とお転婆姫

「シルヴィア様。この後用がありますので、自分はここで」


「はい。分かりました。……でも、大丈夫なんですか? 一日中働きっぱなしで」


「ええ、いつものことですので」


 ガイウスは馬車から、シルヴィアたちを下ろし、用があると言ってこの場から去ろうとする。


 しかし、聖人のシルヴィアは一日中馬車の運転をしていたガイウスを気遣うが、問題ないと返す。


 実際、彼の昨日の生活はすさまじいものだった。


 昨日の夜に到着したということは、少なくとも朝かそれより少し後に出ることになる。


 その後、シルヴィア邸を目指し、朝から夜まで馬車を走り続け、また往復する。


 まさに寝る時間などなかったはずだが、目の前の美丈夫には疲れなどには一切見えてはいない。


 もしかしたら、この程度が日常茶飯事でいつもなら夜通しも珍しくはないのかもしれない。


 とすれば、騎士とはブラック企業まっしぐらだ。


 シュウの未来予想図として、ブラック企業には捕まりたくないという切なる願いがあるので騎士にはなりたくはない。


 ──まあ、シュウの実力で騎士になどなれないのだが。


「では、これで。失礼いたします」


 そう言って、青年は白いマントのような物を翻し、その場から去っていくのだった。


そして、その場に取り残された三人は。


「どうする? というか、王の謁見っていつからなんだ?」


「そうだね。たぶん……あと一日かかるかな」


「それまでは……各自自由行動、もとい散策という方向でいいのでは?」


 予想してはいたものの、やはり王との謁見までには時間がかかるようだ。


 しかし謁見の時間までに特にすることもないので、結局ミルの意見が採用される。


「そうだね。じゃあ、どこに行く?」


「とりあえずは商い通りなどでどうでしょう? あそこならば、色々売っているでしょうし」


 そういうわけで、二度目の王都は商い通りに行くことになったのだった。

















 様々な人種──とはいっても、エルフやドワーフなどは全くおらず、猫耳を生やしている獣人が多々を占めている。


 金髪、紫髪、赤髪、多種多様な色が商い通りを彩る中、その色を汚すかのような無遠慮な黒髪が道の端っこで蹲っていた。


 黒髪の少年──と言っても、フードを被っているので実際に黒髪だと気付く者は多くないだろう──は、この世の終わりのように、ぶつぶつと呟いていた。


 道を歩く人々はシュウの存在に気づき、そこから発せられる不吉なオーラを不気味がり、誰も近づこうとしない。


「迷った……迷ったよ、ちくしょう。なんで俺はこんなに迷うんだ……」


 一応弁明を入れるのならば、シルヴィア達と歩いて商い通りに入ったとき、大量の人ごみに流され、気づけばここにいた。


 当然、周りにシルヴィアやミルらしき人影は見つからず、呆然としている真っ只中だ。


「……ここらへんで、シモンとかと合流できないかな……ないよな、そんな都合のいい話なんて」


 唯一、王都での顔見知りのシモン、レイの二人がタイミングよく出てきてくれないかと期待しているものの結果は芳しくない。


 思えば、王都では全くと言って知り合いを作らなかった気がする。


 だからこそ、こんな風に袋小路に陥っているのだが。


「くそお……まあ、いいや。とりあえず、ここから動くか」


 ここにとどまっているのは得策ではないと判断し、そこから離れる。


 だが。


「わぶっ」


「?」


 衝撃がシュウの下腹部に衝突する。


 しかし、大した衝撃はなくむしろぶつかってきた方がこけている。見てみれば、子供だ。


 ショートヘアの金髪の子で、服はシュウと同じように外套のような服装を着ており、その身なりからは貧相、という感じが思い浮かぶ。


「あ……えっと、大丈夫か?」


 一応、転ばせてしまったので起き上がらせるために手を差し伸べる。


 しかし、その少女はその手を見て──しかし、その手には捕まろうとはしない。


「!?」


 そして、次の瞬間。シュウの手を弾き、自らの足と手を使い起き上がる光景には思わず唖然とするしかない。


 その動作は洗練されており、いつでも転んでいるのかという印象を受けずにいられない。


「なんなのよ、貴方。私の邪魔をするなんて、死刑ものよ」


「うそだろ……そんなことで俺死ななきゃいけないのか!?」


 目の前の少女のあまりの対応に、ここまで不幸になったのかと世界に絶望しながら思わず叫んでしまう。


 目の前の少女はシュウの悲痛な叫びを心底うるさそうに耳を塞いで、シュウを暴力的に睨みつけた。


「なに? 貴方如きが私に口答えするの?」


「なんだかなあ……」


 会ったことのない性格ゆえ、ペースについていけない。


 というより、このタイプは苦手だ。


 何かと威圧的な態度、いちいち人の言うことに突っ込む感じ。


 間違いない。


 目の前の少女は貴族とか、権力がある方の娘だ。目と鼻の先にいる金髪の少女の傲慢さに呆れ、何も言えないでいるシュウに、業を煮やしたのか再び嚙みついてくる。


「ねえ、何なの貴方。今、私がしゃべってるのよ? なら、返事くらいできないの?」


「あ、ああ。いや、別に口答えとかじゃないんだが……」


「そもそも、私が誰なのか分かってる!?」


 はっきり言おう。──知らない。


 そういうわけで、怒られるのを覚悟でありのままを伝えると、少女はどこか誇らしげに胸を張り。


「そう、そうなのね。やっぱり私の事知らないのね。なら、特別に教えてあげましょう」


「ああ……いや、別にいいや」


 高圧で高飛車にも取れるその性格は、恐らく基本的にシュウとは合わない。


 ゆえに自らの不運スキルを鑑みて、厄介ごとに巻き込まれるのは間違いなさそうなので金髪の少女に背を向け、一目散に逃げだす。


「あっ、こら、待ちなさい!!」


 自ら名乗る前に逃げ去ろうとするシュウを金髪の少女は追いかけてくる。


 やがて。


「はあ……はあ……」


 シュウと金髪の少女は、二人してへたり込んでいた。


 シュウが逃げて、少女が追いかけるという奇妙な構図が出来上がってから、約三十分ほど。


 この辺りの地図をよく知らないシュウが行き止まりに誘い込まれ、捕まったのが今回のオチだ。


 しかし、気になることもある。


 シュウはかなりのスピードで走ったはずなのに、一度も撒くことが出来なかったのだ。


 蛇がごとく、とらえた獲物を離さないようにして縦横無尽に駆け巡られ、結局捕まってしまった。


「ど、どうよ……私の方が、早いの……これで、貴方との差は、理解してもらえた……?」


 息も絶え絶えに呟く少女。


「なんだよ……そんな、ことのために……走ってたのかよ」


 シュウを追い詰めた少女の口から飛び出るのはしょうもないことだった。


「そんなことにも、全力を傾けるのが重要なのよ。お母様も、お父様もそう言ってたわ」


「いや、確かにそうなんだが……全力を傾ける方向が違う気が俺だけだろうか……?」


 間違った方向に進もうとしている少女を前に、首をかしげる。


 確かに物事に全力で取り込むのはいいことだ。


 だが、その方向が間違っているのはどうなのだろうか、などと思い悩んでいると。


「そ・れ・で。私の言いたいことはわかるかしら」


 肩までに切り揃えた金髪を揺らしながら、鬼のような怒りを内に秘め、シュウに話しかけてくる。


「えっと……何だっけ?」


「まさか……もう、忘れたの……!」


 シュウの言葉になぜか戦々恐々とする目の前の少女。


 しかし、すぐに今までの態度に戻り、呆れたように溜息をつく。


「はあ……そもそも、私が誰なのかを言おうとしたら、貴方が逃げ出したんじゃない」


「おお……! 確かに。で、君は? 見たところ、貧民街のような恰好をしているけど」


「なっ──!」


 貧民街のような──つまり貧相な身なりであると言われ、顔を真っ赤にし怒りに震える。


「わ、私が、貧民街のような、貧相な者達と同じ……? 貴方、それは私への侮辱と受け取ってもいいのかしら」


「侮辱、した覚えはないんだけど……何か嫌な表現があったか?」


「当然よ! 私を誰だと思ってるの!」


 いきなり、大声を出し怒鳴る少女。


 そして。


「私のお父様は、この国の王。ダリウス・イリアルその人よ!」


「え……」


 突然の告白に、状況が飲み込めないシュウ。


 そんな彼に畳みかけるように矢継ぎ早に常套句を持ち出す。


「そして、私はダリウス・イリアルの娘。ここまで言えば、分かるかしら」


「ま、て……まさか」


「そう、私は第二王女、アリス・イリアル。王族よ」


 目の前の少女──アリス第二王女はどこか誇らしげに胸を張る。


 だが、シュウの関心はそこではない。


そもそも、王女という身分だ。


 むやみに外出は出来ない所をお忍びで来ている。


「なあ、お前ここに来てるのは秘密なんだよな」


「ええ? 当然よ、こんなこと、お母様にばれたらどうなるか……」


 身をぶるりと震わせ、誇らしげな笑みを引きつらせる。


「でもさ、今大声で言っちゃったけど、大丈夫なのか?」


 シュウの言っていることが未だ理解できないのか、首をかしげるアリス。


「何を──」


「いや、だからさ。こんな大声で言ったらさ、バレると思うんだけど」


「──!」


 今更ながらに気づき、焦り出すアリス。


 だが、時すでに遅し。


 周りには大勢の人が集まってきており、アリスの身分は公衆の面前に晒された。


「ああ……」


 がっくりと項垂れるアリスにその姿に何も言えないシュウ。


 こうして、また一人、シュウの友好関係に奇妙な人間が加わったのだった。

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