番外編4 英雄達の夜会
シルヴィアを含めた三人が王都へと旅立つ二日前の夜。
屋敷にある二人の男女が招かれていた。
男性の方は長身であり、その服装の上からでもわかるほどの鍛えられた筋肉が垣間見える。
また、目つきは鋭く、歴戦の兵士を思わせるような雰囲気を漂わせている。
男性に当てはまる言葉が自由奔放、豪快ならば、女性を端的に表す言葉は冷酷だろう。
その眼には慈愛などの優しい感情は宿っておらず、ただ感じるのは身を凍らすような冷たさだけだ。
また、男性に劣らずの長身であり、その立ち姿からは流麗な印象を受ける。
共通点など何一つなく、一方は豪快、一方は冷酷と相反するように見える二人にもたった一つ共通点があった。
腰に帯剣している剣である。
だが、その形状はその人の思想を反映しているかのように全く違う。
男性の剣は大剣とも呼べるほど大きなものであり、ところどころ錆が見える。
対して女性の方は細剣でありながら、まるで日本刀のような切れ味を秘めている。
「よお、二人とも。久しいな。中に入ってくれ」
その二人を手招きして中に入るよう催促する男。
ダンテだ。
15年前の戦争においての英雄の一人であり、『大英雄』の称号をたった一人授かった本物の英雄である。
「おう。ほんと久しぶりだな、ダンテ。……ああ、そうだ、これこの間借りた本な」
そう言って、懐から本を取り出す。
それは以前ダンテが探し倒した品であり、決してほかのやつには見られてはいけない代物だ。
「くそが、やっぱりお前かよ……つか、いつ人の屋敷に入ったんだ」
「ああ?簡単だよ。鍵穴に金属の棒を入れて、中を回すんだ。そうすると……あら、不思議。自然と鍵が開くのです」
ダンテの疑問に答えるべく、実践して見せる男性。
その姿にいつもなら呆れられる立場にあるダンテが、ため息をつく。
「ああ……もういい。それより、今後の計画について、変更があったんで伝えておこうと思ったんでな」
話していても無駄だと悟ったのか、本題に切りかかる。
「それで、私達を? 言っておくけど私は貴方の計画を容認したわけじゃない」
「そうだ、俺も、お前の計画とやらに賛成したわけじゃ、ねえ。むしろ、俺が今日来たのは、お前を止めに来たんだ」
二人に非難され、だがその程度で止まる男ではないのを二人の友人は知っている。
「まあ、詳しい話は中で。とりあえず入れよ。ミアプラ、シェダル」
『剣神』シェダル・テュール。『冷酷』ミアプラ・フェンリル。
時代を代表する三人の英雄がここに集結していた。
二人を自らの部屋に招待し、紅茶をいれたカップを差し出す。
「ほれ、紅茶だ」
「おお、サンキュー。これだよ、最近はめっきり寒くてな……」
慣れない単語を使い、冷え切った体を温めるように飲み干すシェダルだが、ミアプラはそれに一切口をつけない。
「どうしたよ、ミアプラ。飲まないのか?」
一口も飲まないミアプラに疑問を持ったダンテが、声をかける。
「いえ、いただくわ。この話が終わってからね」
そう言い、一時的にカップを遠ざける。
「それで? その計画とやらの進行具合はどうなの?」
「心外な評価だが……まあ、概ね良好だな。最近は邪魔しようとする大馬鹿も来なくなったしな」
ダンテは横流しで目の前に座る二人の英雄を見る。
「ああ? その言い方だと俺らがまるでバカみたいじゃねえか」
「事実よ。あんただけはね。……それよりも、いい加減その話し方やめてくれる? 嫌な感じがするから」
ミアプラはさも当然のように言う。
「はあ……まったく容赦がねえな。……それで、これでいいかい? ミアプラ」
ダンテの様子が豹変する。
先ほどまでの面倒な口調から一転して、穏やかな口調へと変わる。
「ん? なんだ、懐かしい喋り方だな」
それに気づき、体を温めることに従事していたシェダルが懐かしいと切り出す。
「そうか?僕としてはこの喋り方は数十年もやっていないからね……正直、これであってるのか、不安でしょうがない」
「大丈夫じゃねえか?とりあえずはそれであってると思うぜ」
口調が少しだけ安定しないダンテに、シェダルが大丈夫だと念を押す。
「ええ。というか、数十年如き、貴方にとっては短いものじゃないの?」
ミアプラはその凍てつく視線をダンテに向ける。
常人ならその威圧的な視線におびえてしまうが、ダンテは気にも留めない。
「そんなことはない。あの時はそうだったが……でも、今となっては計画が成就するときが待ち遠しい」
「ああ。それだ、その計画ってやつのことだが……なあ、本当にその計画をするのか?」
「……」
いつだって笑い飛ばし、どんな危険な任務であろうとこなすシェダルだが、今回ばかりは止めに入る。
同時にミアプラもそれに同意する。
「そんなことをして……彼女が喜ぶとでも、本気で思ってるの?」
彼女──この場にいるものにしか通じないその名を出す。
その言葉に過剰に反応するが、瞑目し落ちつき払った動作で喋り出す。
「ああ……きっと、彼女はこんなこと望んでは、いないんだろう……」
「なら……」
「だけど、それは僕が止まる理由にはならない」
はっきりとした口調でそう言い切る。
「──。で、その計画とやらの変更とは何なの?」
何を言ってもダンテの信念を曲げることは敵わないと悟ったのか、ミアプラは先ほどダンテが言っていた計画の変更について聞き出す。
そもそも、ここにいる彼らにダンテは計画のすべてを伝えている。
無論、計画の事を漏らさないと信用してのことだ。
「それなんだが……計画の軸を、変えようと思う」
「どういうつもりだ? ダンテ。計画の主軸はあくまでシルヴィアじゃないのか?」
ダンテの最愛の娘、シルヴィア。
彼がこの世界において二番目に愛している人物であり、同時に厄介ごとに巻き込みたくはないと強く願う少女。
だが、それらの願いを無下にしてでも、彼には叶えなければいけない願いがあるのだ。
「ああ。そのつもりだった。だけど、変更する。主軸は、ササキシュウだ」
あの黒髪の少年、おそらくではあるが彼が最も待ち望んだ人間だ。
「ササキシュウ……? ああ! 知ってるぜ、そいつ。黒髪のだろ? そういや、侵入したときに偶然会ったなあ……」
「シェダル。そのササキシュウってやつを知ってるの? どんな人物か分かる?」
「そうだなあ……よくわからなかったが、ただ一つだけは言える。弱い」
シェダルの口から出た言葉にわずかに目を細める。
ダンテもそれは否定しないようで瞑目している。
「いやいや、本当だぜ? 剣術だって習ってるわけじゃねえし、魔法の素質があるわけでもない。ただ一般人だ」
「───」
シェダルは非常に豪快で思ったことは素直に口に出すタイプだ。
今回も彼は思ったことを素直に吐き出した。であれば、その供述に偽りはない。
「で、どういうこと? なぜそんなやつを選んだの?」
ミアプラが視線を送りながら、薄笑いを浮かべているダンテに問いただす。
「どうだろうね? だけど、一つだけ言っておく。お前たちも直にわかるよ。あいつの本質に触れればね」
ササキシュウの本質。
それはダンテと賢者以外には見抜けていないものだ。
当の本人ですら、それに気づけていない。
だからこそ、彼を選んだのだ。
「さて、そろそろ夜が明けてきそうだ。僕は──俺は少し寝る。というわけで、さよならだ」
「死ぬなよ、ダンテ」
「右に同じく」
最後にそれだけ交わし。
夜は明けていくのだった。




