50話 崩壊
ミレが引き連れてきた数十人規模の王国魔法士達。
彼らの魔力をほぼ全てを使った殲滅魔法と同等以上の魔法が八咫烏の体を、金色に輝く羽毛を削り取って──。
爆発した。
「シルヴィア! 無事なの!?」
「ナルシアさん? うん、私は無事だけど……」
彼らが魔法を打ったのを見計らって、王国専属の魔法士ナルシアがシルヴィアへと近づいてくる。
「そう、よかったわ。それに……ガイウスさん達は一体? 何か苦しそうに見えるけど……」
「たぶん、精神汚染……呪いの類、かな」
「シルヴィアとシュウは……無事そうね。でも、シルヴィア。無理は禁物よ? 顔色、そこまでよくはないわ」
「──」
完全に見抜いている。
シルヴィアが精神汚染を免れている理由は分からない。だが、シュウの様に完全にかからないというわけではないのだ。
「座って。一時的にでも症状を軽くするわ」
「私より……」
治療をしようとするナルシアだが、シルヴィアはそれを拒否する。勿論自分が辛くないから、というわけではないのだ。
彼女は根本から優しすぎる。だから自分がどれだけ症状が酷かろうと、他人を優先させるのだ。
もしも、それで自分が間に合わなくなろうと──。
「シュウ。そっちは大丈夫? その、呪い……? とか効いてなさそうだけど」
先ほどまで魔法を打ちまくっていたレイが、シュウに話しかけてくる。
大魔法を何度も酷使していた割には彼女の体調は悪くなさそうに見える。
「ああ。俺は、大丈夫だ。それより、レイは大丈夫なのか、呪いとか、魔法打ちまくってただろ?」
「うん、まあ、そうなんだけどさ……」
レイはどこか気まずそうに頬をかいて。
「なんか、全然魔力が枯渇しないっていうか。むしろ減ってる感じすらしないんだよね」
「魔力が無限てか……笑えねえ……」
八咫烏の一戦を見る限り、レイは大魔法を行使していた。
シュウもあまり聞いたことがないのだが、大魔法とは精霊と一緒に行使することが多いそうだ。というのも、大魔法にかかる魔力が余りにも多すぎるのだ。
それゆえに魔法士達は率先して使いたがらない。そして極めつけに彼らは精霊と契約を結ぶことが極端にないのだ。
だから大魔法は今ではあまり使われてはいないことになっている。
彼女と戦うなど想像したくすらないものだ。
あれだけの魔法を連発されれば、シュウなど一撃で蒸発してしまうだろう。
遠くではミレが負傷者などの指示を飛ばしていて──。
そこでゾク、と背中が震えた。
理由は分からない。だが、何かがずっとシュウを見ている。
そして──。
『アアアアアアアア!!!』
大地が震えるような咆哮が、煙を全て晴らす。
そこから現れたのは金色に輝く色を赤に染め、全身から血を滴らせた八咫烏だ。
あれだけの魔法を受けて、倒すことが出来ないというのか。
侮っていた。忘れていた。目の前にいるのは、三大魔獣の一匹八咫烏だ。かの存在を、魔法ごときで倒せるはずがないのだ。
「くそが……! レイ!」
「言われなくても!」
シュウの声が届く前に、レイの手から数十センチ以上の氷の塊が出来て、それが発射される。
それは八咫烏の肉を削り──。
「なんだ……?」
思わず、呟いた。
咆哮が、上空を揺らす。それは先ほどのものと同じようなもので──。
「あ、あああああ!!!」
「なんだ!? 何が起こってる!」
目の前の惨状。それはミレが引き連れてきた魔法士達。彼らは何かに当てられたように頭を、頬を掻き毟り、なけなしの魔力を集め魔法を無差別に放ち始める。
シュウは目の前で起こる狂ったような声を聞きながら、舌打ちした。
──精神汚染。再び、それが使われ魔法士達が混乱へ落とされる。
「そんな……だって、さっきは……」
レイもその様子を見て、魔法を放つのを中断する。呆然として掠れた声が紡いだのは、絶望の声音だ。
確かに異常だ。ガイウスやシモンも同じく精神汚染を喰らった。だが、彼らの場合はそこまでひどくはなかった。
少なくとも、同士討ちをするまでの混乱はなかったはずなのだ。
「シルヴィアは、どこに……」
「シルヴィア様なら、ナルシアさんに連れられて治療に」
「うっそだろ……タイミング悪すぎだよ……」
精神汚染を受けてなお八咫烏に立ち向かえるのは、シルヴィアを置いて他にはいない。
レイもなぜか精神汚染の影響を受けないようだが、今ここに至っては彼女は決定打にはならないのだ。
「ナルシアさんも気づいてるはずだけど……まだ治療が終わらないのかも」
「くそ……!」
窮地に至って、それでも何も出来ない自分が腹立たしい。憎たらしい。
なぜ、自分は何も持たないでこの世界に来たのか、と。
今ではチートがあまりにも羨ましい。
「だけど、やるしかねえよな……」
状況は最悪の一歩手前だ。
あれだけ頼りにしていたシルヴィアが抜けたことにより、大幅な戦力ダウンを強いられた。それでも諦めない馬鹿が二人もいる。
なら、それでいい。
「あいつの目的は俺だ……そして、俺達の当面の目的は、シルヴィアの前線復帰」
自分がやらなければならないこと。今一度、それを再確認し顔を上げる。
「シュウ。何か策でも?」
「策とは言い難いけど……でも、八咫烏が狙ってるのは間違いなく俺だ。なら、もう一度囮にでもなればいい」
シルヴィアが前線に復帰するまで、シュウが場をかき乱す。そうして、時間を稼げば必ずシルヴィアが八咫烏を倒すはずだ。
それが今一番効率のいい作戦のはずで──だからというか、彼女の口から飛び出たのは予想外の言葉だった。
「──。いつも、そうやってきたの?」
「え──?」
いっそ、怒りでも込めて言われた。そう聞こえた。
「自分を危険な所に置いて、誰もが心配するような作戦をいつも自分で打ち立ててきたの?」
「それは、だって、最善だろうから──」
悪いが、シュウの行動原理、そのすべてがその時々の最善を打ち出している。
自らが囮になることで、時間を稼ぐことなんていくらでもあった。
だが、決して自分がやりたいわけじゃない。望んでやるわけじゃない。
でも、何もないシュウにはせめて体を削るしかないのだ。
心も、体も、何もかも犠牲にして前へと進むしかないのだ。
怖がることなど何一つない。
だって、シュウはこの世界で孤独なのだから。誰も心配してくれる人なんていないのだから。
「最善って言葉で、心配する人の言葉を打ち消すのが、シュウのやりたいことなの?」
「な、ふざけ……俺が望んで……!」
思わず、目の前の青髪の少女に手を上げそうになって、途中でやめた。
「ごめん。でも、これだけは忘れないで。──シュウを心配する人は、きっといる。貴方は孤独じゃないから」
「レイ──?」
「──! まずいよ、シュウ。あの鳥、もうシュウを見てない……」
「な、んで……」
上空に浮かぶ八咫烏。だが、もうかの存在にシュウの姿は映っていない。
やがて、翼をはためかせ──とある方向を向く。
それは、シュウが一度入ったことがある場所で──。
「おい、うそだろ! あいつ、王城を狙っていやがる!!」
ようやくシュウとレイは八咫烏の現在の目標に気づき、急いで足を動かす。
「急がないと! 今王城には避難した人達が──」
「また、また守れないのか……救えないのか……俺は……」
──無力な自分に反吐が出る。
そんな怨念の籠った声が脳裏で響いた。そんな言葉は何も知らない。言った覚えもないし、そんな記憶もない。
だけど、その呟きを発している誰かは分かった。だって、それはあまりにも自分に似ていて──。
「くそ」
無力でちっぽけな誰かの悔しがる呟きがその場に落ちる。
「くそおおおおおおおお!!!」
シュウの叫びも虚しく、八咫烏の冷酷な暴風は王城へ向けて放たれた。




