第三章 クリストフ・アルバー ⑦
『サウスウェスト』、ここは『ナインクロス』唯一の空白地帯。何もない荒野がおよそスタジアム五つ分に広がる。ここは、この時の為だけに作られた場所である。
「あら、やっと来たわ」
俺がサウスクロスの方からゆっくり歩いてくるのを見た女口調の大男が言う。しかし、視線は空へと流れていた。ゆっくりと旋回するドラゴンは、人の多い場所を見つめ、どれを仕留めようかと迷っているようにも見えた。
「俺が来るまで待ってる必要はねぇだろ、先に始めててくれてよかったんだ」
「そういう訳にはいかない。『すぐに来い』と言えば、すぐに来るのが常識だ。お前は十分もかかっている。お前のその遅刻癖もどうにかしないといけないな」
そう言うのは、真っ白な長髪を後ろで束ねた鋭い目付きの男。着ている服はスーツでビシッと決めている。少しのズレも許さない完璧主義者、それが、金陸遜である。『リアル(現実世界)』では、神職に就いていたとかで、非常に髪を長く伸ばしている。しかし、ミノ虫とは違い、前髪やモミアゲをすっきりと整えているので、どこか清潔感を感じる。
「俺が居なくてもアレくらいは軽いだろ?」
「クリス、お前は論点をずらしている。アレを狩るのが軽い、重いの話ではなく、お前の遅刻癖についてだ。そんなだからお前は──」
「分かった分かった、悪かったよ。次はもう一分短縮できるようにするよ」
キムが言い切る前にこちらが折れる。こいつは正論ばかり言うため、相手していると疲れる。しかも、しつこいので適当に謝っとくのがいい。「お前な」と怒りに打ち震えるキムだが、そろそろ時間的に余裕が無くなっているのを察してか、空を見上げる。
「ポール、やってくれ」
キムの言葉に「あいよん」と答えると、カマ野郎は対戦車擲弾を取り出し、上空を旋回するドラゴンに狙いを定める。そして、まるでハンドガンをぶっぱなすような感覚で発射すると、その弾頭はドラゴンの脇腹へと着弾した。
ズズン、という衝撃波を全身で感じながら、ドラゴンの挙動を見ていると、ギロリとこちらを睨み一つ咆哮。そして、大きな両翼を水平に伸ばし、こちらに向かって滑空してきた。
モンスターの習性の一つに『ファーストアタック』と言うものがある。基本的にモンスターは攻撃を受けていなくても人を襲うものだが、その時の目標はランダムである。それによってモンスターは人を選り好みするため、逃げるための隙が生まれる事もある。
しかし、ひとたび攻撃を与えると、今度は悩むことなく攻撃をした人間を狙う。それも一直線に、だ。
「後はお願いね」
カマ野郎は対戦車擲弾をしまうと、そそくさと後退する。離脱というより後退。後ろを振り返ると、カマ野郎はライフルを肩に担いでいる。あいつに背中を見せるのは少し抵抗があるが、ライフルを持たせると頼りになるのも事実だ。
「ったく」
残された俺とキムは揃って滑空してくるドラゴンを見やる。奴の視線は後ろのカマ野郎だが、あいつに突進しても余波で俺たちももれなく潰れるだろう。隣を見ると、すでにキムはショットガンを構えていた。狙いを定めて、なるべく引きつける。そして、有効射程距離に入ったところで発射。物凄い勢いで迫ってくるドラゴンが、たった一発のショットガンの弾丸で止まるはずがない。だが、その弾丸はドラゴンの目の前まで到達すると、凄まじい光を発した。閃光弾。いわゆる目暗ましだ。カマ野郎に睨みを利かせて最短距離を飛んできたのが悪い。痛みの伴わない最高のカウンターだ。ドラゴンは目が効かなくなり、空中で体をくねらせて悶絶し、地面に落下。おそらく奴は、前と後ろの区別がついていないだろう。
「さっすが、性格悪ぃな」
「効率的と言え」
俺の褒め言葉に口答えをしながら、キムは更に二発の弾丸をドラゴンの両翼に放つ。それは、着弾すると粘着性の高い液体を破裂させる。期待できる効果としては奴の翼を広げられなくする事だ。しかし、実際の効果は薄く、せいぜい翼を広げるのに苦労する程度の足枷にしかならなかった。
「これは改良が必要だな」
「いや、十分性格悪ぃよ」
ドラゴンと言えば、どこの世界、どのゲームの中でもボス級のモンスターだ。雑魚ではない。そいつに傷を負わせる攻撃ではなく、新しい武器の性能を試しているのだ。頭のいい奴のすることは分からん。
「そういうお前はどうなんだ?武器も持たずに見物か?」
「おう、見物だ。お前らで十分だろ」
「お前の方が性格悪いと思うが?」
キムは言いながら、今度は迫撃砲を地面に設置する。身動きが取れないほど悶絶しているドラゴン相手に狙いを定め、間髪いれずに発射。砲弾が高く打ち出されると、丁度ドラゴンの上空で分離、そこから落ちてきたのは鋼製の網だ。それは四方に大きく広がるとドラゴンを襲った。迫撃砲を使ってまでやることがセコい。
「本当に性格悪ぃな」
「だから、効率的と言え。そろそろ閃光弾の効果が切れる頃だ」
言うと同時に網はドラゴンを覆い、動きを制限する。ドラゴンがいかに賢い生物だとしても、網から簡単に抜け出すことはできない。動けば動くほど、網はその体に絡みつく。
それを確認すると、今度はハンドガンを手に取り、上空に向けて発砲。その弾丸は黄色の煙を吹き出しながら、空へと消えていった。いわゆる信号弾。
「んとに、性格悪ぃ」
「効率的と言え、と言っているだろ。二人で『スキル』を使いながら戦うよりよっぽど楽だ」
そう言うと、俺とキムはその場を離れる。『サウスウェスト』は空白の場所である。しかし、ここはほんの数百メートル先には建物があり、また『真に空白の場所』というわけではない。何もない荒野に見えるそこには、実は多くの穴が彫られており、そこから数多くの重火器が顔を出している。キムの放った信号弾を確認した『地中に隠れた人間』は、ドラゴン目掛けて機関銃、大砲、迫撃砲、榴弾砲を放つ。耳を劈くような轟音の中、ドラゴンは一身にそれらを受ける。網で行動を制限され、目も眩む。その中で雄々しく咆哮するそれは、もはや断末魔でしかなかった。本当に性格が悪い。しかし、こうしなければ、俺たちは生きていけない。
「これで明日の肉は調達できたかな」
「まだまだだろ、あと三十メートル級が二匹はほしいところだな」
「ほら、クリスちゃん、キムちゃん、向こうの空からグリフィンの群れが来るわよ」
視界を移すと、そこにはまだ点にしか見えない黒い集団がこちらに向かってきていた。数は数えられない。遠いこともあるが、億劫になるからだ。今夜は眠れそうにない。
「あれは鳥肉になるのか?」
「いや、ライオンの肉だろ?」
「それはまずそうだな」
更に視界を移すと、さっきのより大きいドラゴンがこちらに向かっている。壁の向こうからは壁を超えられない地上のモンスターたちが吠えている。一歩間違えれば地獄だ。しかし──。
「さて、やるか」
キムは再びショットガンを、カマ野郎はライフルを、そして、俺は剣を『持ち物』から取り出して、空を睨んだ。
──これが、『ナインクロス』だ。




