第71話:崩壊の空と紅蓮の代償
「……対象の魔力(MP)ゼロ、生命力(HP)極大低下。脅威度判定、推移なし。排除を続行する」
漆黒の執行官が、無機質な合成音と共に高周波ブレードを振り上げる。王都のメインシステムに直結した殺戮端末の演算に、一切の油断も感情もない。
だが、血まみれのレイは左手首のリストホルダーから、一枚の古びたカードを引き抜いた。
【暴食の炎獄陣】。
かつて王都で使われていた、広範囲を焼き尽くす強力な魔法カード。しかし、発動に莫大な魔力と術者の体力(HP)を要求するその燃費の悪さから、徹底的な効率化と最適化を求めた王都のシステム下では「コストに見合わない不良品」として、いつの間にか完全に姿を消してしまった代物だ。
今のレイのHPは【45】、MPはゼロ。まともに発動させれば、コストとして命を吸い取られ一瞬で灰になる。
「王都のエリート共は、こういう泥臭くて手のかかる力を切り捨てた。最適化された安全な箱庭で、綺麗な数字だけを並べて身を守るためにな」
レイは不敵に笑い、エリスのローカルOS『REBELLION』の全リソースをそのカードへと注ぎ込んだ。
「コストは魔力でも命でもない。……このカードの『構成データそのもの』をバグとして喰わせろ」
システム外の荒野だからこそ可能な、禁断の例外処理。
バキィィィッ! という硬質な音と共に、リストにかざされた【暴食の炎獄陣】のカードが粉々に砕け散った。
カードという器自体を犠牲にして強引に引きずり出された紅蓮の炎が、凄まじいバグのノイズを放ちながらレイの右手の【ただの木の棒】へと燃え移る。
すでに付与されていた【暴食の黒風】の絶対的な切断力と、犠牲となったカードが放つ【炎獄】の理不尽な火力が、完全に一つのバグとして結合した。
「消えろ」
レイが大地を蹴る。執行官が展開した強固な論理防壁は、カードの死骸から生まれた規格外のバグの炎の前に、紙切れのように燃えカスとなって消し飛んだ。
「……例外処理、不能。防壁、崩壊――」
漆黒の巨体を真っ向から貫いた紅蓮の木の棒が、執行官のメインコアを完全に焼き尽くす。
ズガァァァァァンッ!!!
凄まじい爆風が谷を吹き抜け、舞い上がった砂塵の向こうに、どんよりと曇った灰色の空が覗いた。
その空の彼方、遠く霞む地平の先には、彼らを追放した絶対安全なはずの『王都』の姿がある。だが、その威容を誇っていた巨大なドームはすでに大きく崩れ落ち、外の汚染された空気を防ぎきれずに無惨な亀裂を晒していた。
(……完璧な神の国なんて、もうどこにも無いじゃないか)
引き換えに犠牲にした魔法カードは完全に消失し、二度と戻ることはない。
「レイッ!!」
オーバーヒートで黒煙を上げる端末の向こうから、エリスとシエナの悲鳴が響く。すべてを代償にして強敵を打倒したレイの意識は、HP【1】というギリギリの数値を残し、深い闇の中へと沈んでいった。




