第67話:傷の代償と次なる影
「……おい、レイ。少しは自分の体も気遣ったらどうなのよ」
スクラップと瓦礫が散乱する峡谷の片隅で、シエナが手製の布きれをきつく縛り上げながら、呆れたような、しかし焦りの混じった声を漏らした。
先ほどの激戦で負ったダメージは深く、レイのローカルOSが示すステータスは【HP: 310 / 2450】と、依然として危険域を大きく外れていない。
戦闘中に略奪した【超硬度外殻】の効果によって、神経や痛覚の大部分は一時的に麻痺している。そのためレイ自身に苦悶の色はないが、裂けた皮膚や抉られた肉の痛々しい有様は、傍から見ているシエナやエリスのほうが冷や汗をかくほどだった。
「医療用のオートマトンや、傷を塞ぐ専用の回復カードでもあれば別だけど、この荒野じゃそんな贅沢品は王都の貴族様のおもちゃよ。……痛覚が戻ってきたときの反動を考えて、今のうちに大人しくしてなさいよね」
エリスは端末のキーボードを叩きながら、忌々しそうに唇を噛んだ。
彼女自身も魔力を使い果たし、顔色は紙のように白い。回復役が不在であるというパーティの致命的な弱点が、これほどまでに痛手として響いたことはなかった。
どれほど強力な戦闘スキルや略奪能力を手に入れても、すり減った肉体を根本から癒やす手段がなければ、いつか限界が来るという現実がそこにはあった。
「……動けるか?」
レイは痛覚の麻痺を頼りに無理やり身体を起こし、足場を確認した。表面上の痛みが消えていようと、体力の消耗が回復しているわけではない。
「冗談じゃないわよ。これ以上無理をしたら、次の雑魚に絡まれただけでお陀仏よ。……少しここで足を止めるわよ、レイ」
シエナが強い口調で言った。彼女自身も全身傷だらけだが、その琥珀色の瞳には仲間を気遣う確かな光が宿っている。
レイは静かに頷き、その場に片膝をついた。
「……わかった。数時間だけ警戒態勢を敷いて、小休止とする」
エリスが素早く展開した簡易的な索敵コードが、周囲の安全を保つための微弱なバリアを張る。
極限の死闘を潜り抜け、ボロボロになりながらも一歩ずつ前進する三人。しかし、彼らが知る由もなかった。
この「嘆きの谷」の深部、そして彼らが目指す『第零アーカイブ』の影では、王都から放たれた新たな刺客が、その冷酷な照準を静かに合わせ始めていることを――。




