第65話:淘汰の連鎖
「……っ、はぁ、はぁっ……!」
荒涼とした峡谷の風に混じって、レイの荒い息遣いが響く。
巨像との死闘を制した彼らの前に広がっていたのは、安息どころか、さらなる脅威の連続だった。
『暴食の黒風』の覚醒によって「嘆きの谷」の守護者を撃破したものの、その激しい戦闘音と膨大なエラーデータの爆発は、周囲のエリア一帯に潜む別の「強敵たち」を猛烈な勢いで引き寄せていたのだ。
巨像の残骸が赤黒い塵へと変わる間もなく、周囲の岩陰や地中から、新たな影が次々と這い出してきた。
「ちょっと嘘でしょ……!? 一難去ってまた何よ、この数……!」
後方でローカルOSの端末を必死に叩いていたエリスが、青ざめた顔で絶叫する。
地面を引き裂いて姿を現したのは、旧時代の防衛用自律兵器に、荒野の猛獣の肉体がグロテスクに癒着した「重装型の合成獣」の群れだ。先ほどの巨像ほどではないにせよ、それぞれが独自の物理装甲と厄介な遠隔攻撃スキルを備えている。しかも、数は四体。
「……休む間もない、か」
レイは自身のステータス画面を一瞥した。
先ほどの戦闘で【HP: 980】まで削られた数値は、エリスがローカルOSを通じて辛うじて警告音を抑えているものの、失った体力が自動で回復するわけではない。医療コードなんて便利なものを持っていないエリスにできるのは、せいぜい傷口を布で縛る原始的な手当と、システムのモニタリングだけだ。本格的な回復役の不在が、今の彼らにとって最大の致命傷になりつつあった。
さらに、右手に握る【ただの木の棒】にも、連続使用による熱負荷の警告が赤く明滅している。
だが、レイの瞳に恐怖の色は微塵もなかった。
むしろ、左手首のリストホルダーで脈打つ【暴食の黒風】と【事象略奪】のカードが、さらなる強敵の血を求めて不気味に熱を帯びている。
「レイ、囲まれるわよ! どうするの!?」
シエナが双剣を構え、銀色の耳をピクリと後ろに倒しながら身構えた。彼女の身体にも、ここまでの連戦による疲労と浅い裂傷が刻まれている。
「正面突破する。……俺たちの背中を癒やす手札(医者)はいない。一歩も引くな、一匹ずつ確実に『配列』を合わせて叩き潰すぞ」
レイの低い号令と同時に、四体のキメラ・オートマトンが一斉に襲いかかってきた。
一匹は高速で地面を滑空し、鋭い爪でレイの死角を突く。別の二匹は遠距離から高熱のプラズマ弾を連射し、退路を塞ぎにかかる。
まさに、連携と物量で人間をすり潰すための「外の戦闘ルール」だった。
ガキンッ!!
プラズマ弾の爆風を【確率演算】の予測歩法で紙一重に回避したレイの脇を、高速のキメラがかすめる。浅い裂傷がレイの頬を走り、血が飛び散った。
回復のあてがないからこそ、ダメージを受けること自体が死に直結する。相手の攻撃パターン、地形の起伏、そして一瞬の隙も許さない極限の攻防。
「――今だ、エリス!」
「分かってるわよっ!」
レイの叫びに呼応し、エリスが即席で構築したハッキング・パルスを放つ。
放電の鞭が一番手前にいたキメラの足止めをし、動きがわずかに鈍ったその瞬間、レイの右手が光を帯びた。
「カードの出力同期……配列は『ボックス』!」
リストホルダーから展開された補助カードの光が、レイの全身の筋力を一時的に限界突破させる。
【ただの木の棒】が空間を切り裂き、キメラの頭部を捉えた。
ズガァァァンッ!!
凄まじい衝撃波と共に、一匹目のキメラの装甲が砕け散り、地面へと沈む。
だが、休む間もなく二匹目が背後から迫り、三匹目のプラズマ弾がレイの視界を埋め尽くすように撃ち込まれた。
傷を負えば痛む。血を流せばそのままHPは削れていく。
王都のシステムに守られていた頃の甘えなど微塵もない、あまりにも泥臭く、しかし確実に強者へと登り詰めていく死闘。
血に染まる荒野の峡谷で、反逆者たちの過酷なサバイバルバトルは、まだ始まったばかりだった。




