第34話:探索と選択
洞窟の奥に漂う湿った空気は、外の冷気からは遮断されているものの、負傷した二人の肉体にとっては決して優しい環境ではなかった。
エリスは壁に背を預けたまま、浅く荒い息を繰り返している。生体回路のオーバーヒート(負荷92%)が引き起こす神経の過負荷は一向に引く気配がなく、腕の裂傷から伝わる激痛で彼女の意識は徐々に朦朧とし始めていた。
MPは1のまま固定され、自力での回復コードの構築はもはや不可能な状態だった。
「……ハッキング端末も、この湿気じゃ再起動すら無理ね……。レイ、私は……少し、頭が……」
これ以上ここに留まれば、エリスの肉体と精神の負荷は限界を超える。システムによる自動治癒機能を持たないこの外の世界では、放置すればそのまま機能停止に至るのは明白だった。
レイは冷徹な眼光でエリスの消耗しきった状態を観察し、即座に判断を下した。
「ここでじっと待っていても回復はしない。……この洞窟の先か、あるいは近くに、何か資材や治療を受けられる場所がないか探ってくる」
「ま、待って……レイ、一人で外を……!」
「お前をこのままここに置いておくよりましだ。動くな、すぐに戻る」
レイはエリスの制止を短く切り捨てると、左手首のリストホルダーに意識を集中させた。
わずかな電子音とともに、ホルダーの内部スペースから空間へ向けてデータが展開される。微光を放つ【 ????? 】や白紙のカードと共に収納されていた、使い慣れた【ただの木の棒】を物質として実体化させ、力強くその右手で握り締めた。
さらに周囲の警戒を怠りなく高めるため、生身スキルである【古武術:極】の構えと【確率演算】の思考回路を研ぎ澄ませる。足元に転がる岩肌や、湿った泥の感触を慎重に探りながら、レイはエリスを洞窟の安全な一角に残し、単身で暗がりへと足を踏み出した。
洞窟の狭い通路を抜けると、ひんやりとした外気とは違う、かすかな機械の唸り声や人工的な微弱電波のノイズが鼻腔をかすめた。錆びついた金属の匂い。それは、かつての管理ドームとは違う、しかし何らかの施設やかつての文明の残骸が近くに存在している動かぬ証拠だった。
(……近くに、医療資材か、あるいは別の拠点の痕跡があるか)
レイは【ただの木の棒】を構え直す。エリスのオーバーヒートを和らげるための資材、あるいはこの外の世界で安全に治療を受けられる「街」や情報の糸口。それを掴み取るため、レイの孤独な探索はさらに奥へと続いていく――。




