第32話:安全域の模索
地平線の向こうから這いずるように昇ってきた朝日は、しかし王都のドームを彩っていたような温もりある光ではなかった。それは、見渡す限りの荒涼とした大地と、無機質な岩肌を冷たく照らし出すだけの、容赦のない光だった。
「――っ、は……」
エリスは崩れかけた巨岩の陰に背中を預け、小さく息を吐き出した。
生体回路のオーバーヒート(負荷92%)が引き起こす神経の痙攣は、時間の経過とともにむしろ悪化していた。腕の裂傷から滲む血は乾きかけているが、自力で神経を鎮めるための応急麻痺コードがすでに焼き切れているため、わずかに指を動かすだけでも脳髄を焼かれるような鋭い激痛が走る。
MPは1まで落ち込み、持ち歩いている【携帯型データ解析端末】の画面も完全にブラックアウトしたままだ。
彼女は痛む歯を食いしばり、ポケットの奥から引きずり出した予備の配線材を無理やり噛み締めて呻き声を押し殺した。プライドの高さゆえにレイの前では弱音を吐かないようにしているが、その額に浮かぶ冷や汗の量は尋常ではない。
「……無理をするなと言いたいところだが」
少し離れた場所で、レイが低く呟いた。
彼のHPも、長時間の移動と微小ショートの連続によって45/50へと削られている。筋力12、敏捷15というシステム外の身体能力と【古武術:極】の感覚がなければ、とうにこの冷酷な荒野の気候に音を上げていただろう。
レイは冷徹な視線を周囲の荒涼とした大地に向け、この過酷な環境の中で確実に身を隠せる地形を冷静に観察し始めた。
王都を囲んでいた箱庭の管理サーバーはもはや遠く、ここには定刻通りの回復ポーションの配給などない。生存するためには、自分たちの手で風雨を凌ぎ、傷を癒やすための拠点を見つけ出すしかなかった。
「……レイ。この岩場の隙間、少し奥に続いているみたい……」
エリスがかすれた声で、目の前にある黒々とした横穴を指さした。
風の吹き抜け方からして、単なる表面の割れ目ではなく、もう少し奥行きのある空間があるらしい。外の世界の気候は変わりやすく、先ほどから空の色がいよいよ鉛色に変わってきた。本格的な雨や、夜間の急激な冷え込みが来る前に、身を隠せる場所を確保する必要がある。
「あぁ。そこを今日の拠点にする」
レイは短く答えると、左手首のリストホルダーに視線を落とした。
すでに外部のネットワークやシステムウィンドウは途絶えているが、その内側で変質した【 ????? 】のカードと【白紙のエラーカード】が発する電子的な冷光が、無骨な金属の隙間から細い青白い光として漏れ出している。その微かな光を足元の頼りとし、レイは自ら先頭に立って暗い横穴へと足を踏み入れた。
中は湿った土と古い石の匂いが立ち込めていたが、少なくとも荒野を吹き抜ける冷酷な夜風や雨気からは身を守れそうだった。
二人は奥まった安全な一角に身を寄せると、まずはそれぞれの傷を庇いながら、静かに呼吸を整える。
「……当分は、ここで動かない。お前のその回路の焼き付きと、俺の体力が戻るのが先だ」
「……ふっ、めずらしくまともな判断ね。……助かるわ、レイ」
暗い洞窟のなかに、二人の静かな息遣いだけが響いていた。




