第31話:荒野の夜気
白々とした微光が地平線の端を染め上げる頃、レイとエリスは、崩壊した箱庭の残響を遠くに聞きながら、完全な未踏の地に足を踏み入れていた。
冷たく乾いた風が、二人のボロボロになった衣服をかすめて通り過ぎていく。
人工的な空調管理に慣れきった肉体にとって、この世界の気候は想像以上に過酷だった。エリスは痛む腕をもう片方の手で強く押さえ、荒れた地面を踏みしめながら、足元に広がる不規則な岩肌を睨みつける。
「……空気が、重い。データ上の疑似気候じゃない、本物の自然の圧力ね……」
生体回路のオーバーヒートによる頭痛と、神経を焼かれたような倦怠感がエリスの全身を襲う。MPは底をつきかけ、保持している【携帯型データ解析端末】も画面がひび割れたまま不規則なノイズを吐き出していた。
だが、彼女は足を止めることだけはしなかった。ここで立ち止まれば、冷え切った夜気に体温を奪われ、システムの外でそのままデータのゴミとして消え去ることになるのを本能が理解しているからだ。
一方、レイは静かに周囲の状況を警戒していた。
左手首のリストホルダーに収まった【 ????? 】のカードは、周囲の微弱な環境ノイズに反応するかのように、時折かすかな青白い光を明滅させている。
HPは45とわずかに削られており、脇腹の古傷がチリチリと疼いていたが、その歩みに淀みはない。筋力12、敏捷15という、システム外で鍛え上げられた肉体と【古武術:極】の感覚が、この見知らぬ荒野の危険を鋭く察知していた。
「……この先、風向きが変わる。雨が来るかもしれない」
レイの低い声に、エリスはわずかに顔を上げた。
視線の先、荒涼とした地平線の向こうには、不気味に黒ずんだ雲の塊が低く垂れ込めている。管理者のいない世界では、天候さえも予測不能の脅威として牙を剥く。
「雨を凌げそうな場所を探さないとね……。私の解析端末じゃ、この先の気圧変化までは正確に追えないわ」
エリスは唇を噛み締めながら、周囲の岩陰や地形に目を凝らした。
ルールなき荒野でのサバイバルは、まだ始まったばかりだった――。




