第25話:箱庭の境界線
「これが……外の景色、か」
吹き抜ける強烈な風の中、レイは新しく手首に装着したホルダーの感触を確かめつつ、時折ズキリと疼く脇腹の古傷に小さく眉を寄せながら、崩壊を続ける箱庭の果てを見据えた。
崩落する中枢ドームの残骸を背に、レイとエリスは荒涼とした外縁通路へと駆け抜けた。
足元では、王都を形作っていた巨大な演算グリッドがまるで砕けたガラスのように次々と消滅し、その下の底知れぬ暗闇へと崩れ落ちていく。
世界の理が内側から崩壊していく中、冷たい外気が二人の火照った肌を容赦なく叩いた。
「……息が詰まるわね」
エリスは痛む腕をかばいながら、壁の支柱に自身の肩をもたれかけさせた。
先ほどのハッキングで生体回路に受けた負荷は深く、顔色は依然として優れない。応急処置として自前のコードで一時的な麻痺処理を施してはいるものの、神経の焼けるような鈍痛は今も彼女の動きを確実に制限していた。
システムが管理していた世界では「傷は時間経過か管理者の特権で一瞬で消えるもの」だったが、管理外の領域に踏み込んだ今、負ったダメージはそのまま現実の重みとなって身体にのしかかっている。
レイもまた、激戦の代償として生体回路のあちこちに微弱なショートを起こし、時折ピリリと走る痛みに歯を食いしばっていた。
それでも彼は左手首のリストホルダーをちらりと一瞥し、呼吸を整える。
「――マテリアライズ」
短く呟くと、ホルダーから光の粒子が収束し、使い慣れた【ただの木の棒】が音もなく手の中に現れた。
ポケットに突っ込んでいた頃のような雑な摩擦や誤作動はなく、神経の直結によって完全に一体化したレスポンスが返ってくる。
「……上出来だな」
レイは低く呟きながら、すぐさま「――ストアード」と唱えて武器をデータ状態へと戻した。
生体回路への熱暴走を抑えるためのこの細かい手順も、徐々に身体に馴染み始めている。
「感心してる場合じゃないわよ、レイ」
エリスは崩れかけた通路の先、霧の向こうにうっすらと見えてきた巨大な建造物のシルエットを睨み据えた。
「あそこが見える? 管理ドームの外部、私たちがかつて『外側』と呼んでいた実験区画へのゲートよ。コアを壊しただけじゃ、この箱庭から脱出したことにはならないわ」
頭上を見上げれば、かつて空だった場所を覆う巨大な演算コードの群れが、今や不気味なうねりを上げて蠢いている。
システムの中枢を破壊されたことで、この世界全体が完全な「リセット」に向かって暴走し始めているのは明白だった。
「行くぞ」
レイは振り返ることなく、崩壊する回廊の向こう、未知なる箱庭の境界線へと足を踏み出した。




