第20話:深紅の管理官
漆黒のシステム・コアが放つ青白い明滅を背に、深紅の聖印を纏った男は、静かに振り返った。
その顔立ちは整っていたが、瞳には人間の感情の色が一切なく、まるで冷徹なモニター画面を見ているかのような虚無感が漂っていた。
「よくぞここまでたどり着いた、異端のバグデータよ」
男の声は、ドーム状の空間に幾重にも反響した。
エリスはわずかに眉をひそめ、構えていた金属デバイスの画面を固唾を飲んで見つめる。そのデバイスのノイズは、目の前の男を確認した瞬間に最高潮へと達していた。
「……バルド。あなたが、この中枢ネットワークを裏で統括していた最高管理官……!」
エリスの口から零れ落ちたその名前に、男――バルドは微かに口角を吊り上げたが、笑うことはなかった。
「おや、私を覚えているか、エリス。かつてこの管理中枢の次世代演算ユニットとして設計されたはずのあなたが、あろうことかシステムの外側を暴走する『異端のネズミ』に加担していようとはな」
バルドの言葉に、レイはわずかに視線を横へ流した。
隣に立つエリスの背中が、ほんの一瞬だけ強ばる。その微細な反応を見て、レイは彼女がただの反逆者ではなく、このシステムの内部事情を知る側――元・設計者側の人間だったのだと、冷徹に合点がいった。
「……そういうことか。お前がただの反逆者じゃなくて、このシステムの作り手側にいた人間だったってわけだ」
レイの言葉に、エリスは否定も肯定もせず、ただ低く呟くように言った。
「……私がかつて何を設計させられ、何を切り捨ててきたか。それを知るために、私はあなたのところへ戻ってきたのです、バルド」
「無駄なことだ」
バルドは冷たく言い放つと、その両手をゆっくりと広げた。
背後にそびえ立つ漆黒の『システム・コア』が轟音を立てて脈動し、ドーム全体の空間そのものが重く凍りついたようなプレッシャーに包まれる。
「世界は『カードの理』という完璧な確率統制によって維持されている。平民が這い上がり、例外がシステムを書き換えるなどというバグは、本来の設計においては許されないエラーだ。――ガレルのような粗大ゴミが敗北したのも、貴様らのようなイレギュラーを想定外のノイズとして放置した初期設定のバグに過ぎない」
バルドの指先が宙を滑ると、彼の周囲に通常のカード使いとは比較にならない、数枚の漆黒の特権カードが虚空から現れ、禍々しい光を放ち始めた。
「ここで完全に初期化してやる。お前たちの存在そのものを、この世界のデータベースから綺麗に抹消してな」
神殿の頂点に君臨する最高管理官が指を鳴らした瞬間、レイの足元の床が突如として凄まじい重力異常に捉えられた。
「ぐっ……!」
ガレルが放ったものとは次元が違う。物理的な重圧ではなく、空間そのものの座標を固定され、レイの身体が文字通り金縛りにあったように動かなくなる。
「動くな、異端者。貴様のその貧弱な体と、寄せ集めのバグデータごときで私の領域に踏み込めると思ったか」
バルドが振るう特権カードから放たれた無数の光弾が、逃げ場のない軌道を描いてレイへと殺到する。
【ただの木の棒】で弾き払おうと腕を動かそうとするが、空間の理そのものを縛り上げるバルドの圧倒的な権限の前に、筋肉の反射速度や武術の技術など完全に無力化されていた。
(身体能力や、小手先の回路のハックだけじゃ追いつかない……! こいつの出力は、これまでの敵の何十倍も格上だ……!)
直撃の瞬間、エリスが即座にデバイスを展開して防壁を張ったが、最高管理官の放つ圧倒的なエネルギーの余波に耐えきれず、彼女の口元から鮮血が飛び散った。
圧倒的な格上の強敵を前に、レイたちの身体と手札が限界へと追い詰められていく――。




