第108話:偽りの空と嵐の番人
真空の断熱層に守られた装甲重機が、気象統括塔の分厚いエントランスを豪快に粉砕して停車した。
土煙の中から飛び出した四人の前にそびえ立っていたのは、赤熱するサブフレーム・コアと……そのコアを守護するように滞空する、実体を持たない流体状の巨影だった。
『――特異点の到達を確認。環境統括アバター、これより局地規模の強制排除を実行します』
無機質な音声と共に、極寒の吹雪、灼熱のマグマ、そして紫電を纏う雷雲が複雑に絡み合い、巨大な人型を形成していく。物理的な装甲を持たない、気象データそのものを凝縮した嵐の化身だ。
「厄介ね! 物理的な実体がないから、普通の攻撃はすり抜けるか、温度差で武器ごと破壊されるわ!」
エリスが叫ぶと同時、アトラスの化身が巨大な雷の腕を振り下ろした。
ニアが必死に【清浄なる領域】を展開して直撃を逸らすが、結界の表面を這う高圧電流が床を焦がし、シエナすら容易に近づけない。
「実体がないなら、その『現象』が発生する空間ごと削り取ってやる」
レイが左手首をかざし、第二都市の特権【ウェポン・マニュファクチャ】を起動する。だが、今回彼が複製したのは武器ではなかった。
「エリス、第三都市の通信網から『超特大のジャミング・ノイズ』を引っ張ってこい。俺のインベントリで複製して、空間に直接バラ撒く!」
「無茶苦茶な発想ね! だけど、最高にイカれてるわ!」
エリスがコンソールを叩き、強烈な電波障害のデータをレイのリストへ転送。レイはそれを無数に複製し、重力結界に乗せてアトラスの化身へと直接叩きつけた。
物理攻撃ではなく、気象を制御するための「指示データ」をノイズで物理的に埋め尽くすという、理不尽極まりないエラー攻撃だ。
『――エラー。気象制御データの受信、失敗。形態の維持が……ガガッ』
嵐の化身の動きが鈍り、雷雲とマグマの結合がボロボロと崩れ始める。
「今だ。全部まとめて『なかったこと』にしてやる」
レイが限界までバグを圧縮した【黒樹の邏卒】を上段から振り下ろす。
【事象切除】
バチィィィンッ!!
空間を真っ二つに裂く黒い閃光が、嵐の化身を、それが存在していた「大気」ごと完全に削り取った。断末魔を上げる暇もなく、気象のアバターは無音の真空の中へ吸い込まれるように消滅する。
「……終わったわ。レイ、コアの特権を!」
レイが剥き出しになったサブフレーム・コアに左手を突き立てると、第四都市のメインフレームが赤黒い『REBELLION』のカラーへと一気に染め上げられた。
【領域支配:サブフレーム・第肆番】
・特性:惑星全域の環境・気象データの掌握、および天候の強制上書き(ウェザー・ハック)。
「ニア、お前の【浄化】のコードをコアに流し込め! 星中の雲を全部吹き飛ばしてやる!」
「はいっ……!!」
ニアがコアに両手を触れると、彼女の放つ淡い緑色の光が、レイの特権コードと融合し、第四都市の巨大アンテナを通じて星全土へと放たれた。
その瞬間。
数十年にわたりこの星を覆い尽くし、太陽の光を遮ってきた分厚い灰色の雲が、波紋のように外側へ向けて高速で消滅していった。
第四都市のガラスドーム越しに、まばゆい光が差し込む。
それは王都のシステムが作り出した偽物の人工太陽ではない。灰色の荒野で泥を啜ってきた者たちが、生まれて初めて目にする「本物の青空」と「本物の太陽」の輝きだった。




