山奥
「我慢しようとしたんだけど」
「はい」
「お前、やっぱ殺すわ」
「え?」
「殺す」
「え? 違うじゃないですか。なんでですか、アニキィ」
「テメェに『アニキ』なんて呼ばれる筋合はねぇよ」
「なんすか、なんすか。冗談でしょ? いや、だって人殺したら悲しくなるのアニキっすよ。俺ずっと仲良しだったじゃないっすか。そりゃあ、たしかにアニキのお兄さんがヤクやってたの警察にチクったのは俺っすけど、そもそもあの人がヤクってたのが悪いんじゃないっすか。そもそもアニキの家庭が崩壊したの俺のせいじゃなくてアニキのお母さんが頭パッパラパーになったのが悪いんじゃないっすか」
「反省してねぇな?」
「はい! するつもりないっす!」
「じゃあマジで死ねよ」
「死ぬつもりはないっすよ。だって俺……」
少年の胸に包丁が突きつけられる。
少年・坂山総一郎は「ヒィ」とビビりつつ、高校時代の先輩をなだめた。
「落ち着いてくださいよぉ、アニキィ。だって俺、本当のこと言ったんすよ、あんたのお母さんは頭パッパラパーの激キモババアじゃないっすか。そんなんだから息子ヤク中になるんじゃないっすかねって」
「お前本当に肝が図太いな」
「そもそも通報されたくないならなんで俺を家に呼んだんすか」
「…………」
「なんで俺を部屋に連れ込んだんすか?」
「…………」
アニキは少し黙った。
「……え?」
総一郎は少し恐れた。
「え?」
「ちげぇけど」
「いや……何も言ってないっすよ……」
「ちげぇけど!?」
「いや、何も言ってないって! ギャアあぶねぇ! バッ……アニキ! 包丁を『捨』てろォッ!?」
「だァーかァーらァー!! 俺はテメェのアニキじゃねぇってんだよ!!」
「ぎゃー! アニキが切れた!! 誰か! 助けてー!」
二人は山奥にいた。
自殺志願者でない限り入らないようなクソみてぇな山の最奥である。
アニキは総一郎に包丁を振り上げたが、おもに股間を狙っていた。
総一郎はかつて海外旅行に行った際、日本人をターゲットにした誘拐事件に巻き込まれたことがあるが、なんとか全身複雑骨折&体内から全体の八割ほどの血液を放出し、ザトウクジラを一粒で即死させる猛毒の錠剤を八粒ほど飲まされ、熱にうなされるくらいで済んだが、あのときは感覚的には三途の川を遠泳してたが──たったいま、その死への恐怖を上回る!!
「マジでごめんなさい! マジごめんなさい! ゆるして、ゆるして! ほんっっとぉ〜〜〜にゆるして!! 俺まじでアニキのためならなんでもしますからゆるして〜よ! お許し〜〜〜〜!!」
「なんでもするんだな!?」
「ハァイ!!」
「なんでも!?」
「ハァ!!」
「なんでもだな!?」
「ハイッッ!!」
「じゃあ──」
それから八時間後、猟銃を持った地域の自警団れんじゅうが木に吊るされ首をくくっていた総一郎を見つけた。
自警団のれんじゅうは「マジ?」と思いつつそれを木からおろした。
「ヒィ〜〜助かっただよ、せんせ」
「なんで生きてんの?」
「人が首くくったくらいで死ぬわけなくない? っつーかあんたら何者? 銃砲持ってっけど、通報していい?」
「殺人脳違いモンキーが出たって通報があったからブチ殺しに来たんだよ。見なかったか?」
「おしっことうんち我慢するのに忙しくて見てなかったっす」
「そうか」
「しかし、なるほど……殺人脳違いモンキーか。猿ってたいていクソだけど、殺人脳違いモンキーとなるとこわいぜ。山から降りられたら困るな。俺この山から近いんすよ、家。俺も探すの手伝うよ! だって、あんたらこの俺の『恩人』だもん!」
「いいのか! ありがたいッッ!」




