地下通路(ベル、ビル)
※この後は不定期更新となります。
「まぁ、アリス様!おはようございます」
ベル・クインハートは、今日もアリスを見つけて日課のハグをした。
若い女子同士のハグは基本的には微笑ましいもの。
しかし、普段のベル・クインハートを知ってる者からすれば、開いた口が塞がらない様な光景である。
「あぁ、あれが借りてきた猫ってやつか」
偶然その光景を見ていたレオン・クレストがそう言った。
彼は遊園地の広報担当で、いつもライオンを思わせるような金髪をオールバックにまとめ、いかにも高級そうなスーツをびしっと着こなす色男だ。
「猫でもあんなに態度は変わらないって……」
それを聞いて何処からともなく煙の様にやってきたスマイルも、オエーと舌を出す。
そのピンクの猫耳は彼のテンションぐらい垂れ下がっていた。
ちなみに今日は、遊園地の入り口付近のお土産屋の店員の格好をしていて、相変わらず忙しくしているらしい。
「フフ、ベルは甘えん坊ね」
アリスは少し困った風にそういうが、毎日のことなので慣れている。
しかし、いつもならばぐりぐりと頭を擦りつけてくるぐらい甘えてくるはずのベルは、今日は何かを考えているのか。動きが少ない。
「…………」
「ベル?どうかしたの?」
アリスはいつもと違うベルの顔を覗き込んだ。
「アリス様、今日はいつもより寒くないですか?」
「……いいえ。夏も近いし、暑いぐらいよ」
アリスはベルの質問に首をかしげながらも正直に言った。
最近は気温も上がってきたので、衣装も半袖の夏用の衣装へと切り替わっている。
「そう、ですわよね。……変なことを聞いて申し訳ありません」
ベルはそう言ってアリスから離れた。
いつもならばもう少しくっついていてもおかしくないのだが、今日はこれで満足らしい。
「ううん、気にしないで!」
「それでは、今日もご活躍を見守っておりますわ」
ベルはアリスをこれ以上心配させまいとにっこりと微笑んだ。
アリスもまた、その顔のベルを見て、少しほっとしているように見える。
「ありがとう。ベルも無理はしないでね」
アリスはそう言って、ベルに手を振って先に遊園地へと向かっていった。
一方、アリスが見えなくなったところで、ベルは笑顔を止めて、食堂へと向かった。
そして、お茶を飲む用にお湯を入れているポットを見つけると、そのお湯を躊躇なく腕にかける。
あたりは湯気に包まれ、床にお湯がこぼれるが、ベルはお湯が腕にあたるのを見つめるばかりで、それを熱がる様子も、火傷をしている様子もない。
「お、おい、あれ……」
「放っておいて大丈夫なの?」
周りが彼女の様子に周りはどよめいていたが、彼女はそんなことは気にしない。
それよりも、彼女自身に起こっている問題のほうが深刻だった。
「……やっぱり変だわ。そうよね。私がアリス様の体温がわからないわけないもの」
ベルはその場に空のポットを投げ捨てて、その場にかまうことなくどこかへ歩き出す。
カランカランと転がる金属製のポットと、お湯、ギャラリーだけがその場に残る。
「またあのゴミ溜めに行かなければならないなんて、せっかくアリス様に朝から会えたのに最悪だわ!」
そう言って、ベルは早足でスタスタと移動していく。
周りは慌ててそれを避けるために通路の脇に移動して、道を作る。
ワンダーランドで働く者たちにとって、不機嫌な女王様の道を妨げるのは、御法度なのである。
ベルが過ぎ去った後は、まるで台風が過ぎ去ったように、皆がほっと息をついていたのを、本人だけが知らない。
ワンダーランドの地下にはあらゆる場所へ繋がる通路が血管のように巡っている。
この通路をよく使うのは、アリスのような一日中イベントで振り回されるアクター。
パークフードなどをワゴンに届けたり、グッズの在庫補充を行うサーバー。
そして、パークの点検整備を行うメンテナー。
この三役が特に使用率が高い。
もちろん他にも使用者はいるが、器用に使用する者もいれば、先導者がいなければ使用できないアレな者もいる。
所謂、方向音痴ってやつだ。
ビル・リザードマンマンは、メンテナーの1人である。普段はヘルメットとツールボックスを持って、アトラクションのメンテナンスに奔走している。
しかし今日の彼は、身長の3分の2ほどもある長方形の荷物を背負いながら、通路を歩いている。
ボサボサの白髪混じりの黒髪に、日に焼けた肌。190センチはありそうな無駄にデカい身長、針金のような体型で、猫背。
服装は、油に塗れた汚れた黒い作業着。本来首あたりまであげるチャックを胸の辺りまで下げており、白いTシャツと首筋の黒いトカゲの刺青が見えている。
そんな彼が、急に足を止める。
「こんなところでお寛ぎですか、女王様?」
通路に座り込む女に話しかけた。
低音のゆったりとした話し声は、いつも妙に落ち着いている。
一方、話しかけられた赤と黒の豪奢なドレスに身を包んだ女は、キッと男を睨みつける。
普段ならば、ベル・クインハートに睨まれれば、大概の者は縮こまるほど威圧感があるが、それも涙目ならば迫力は半減である。
「だから地下は嫌なのよっ!なんでこんなに分かり辛いのよ!!作ったやつは愚か者よ!!」
ベルはそう言ってビルの胸倉をギリギリと掴む。
ベルは15センチのピンヒールを履いているが、それでも、ビルとは15センチは身長差があるので、ビルはそれほど苦しそうにはしていない。
「いや、俺に言われてもな……。何でトランプを連れてこなかった?」
ビルは一応辺りを見回す。
トランプというのは、アリスのような見た目のベルの僕達なのだが、今日は彼女達の姿はない。
「私をアイツらがいないと何もできない女だと見くびらないでくれる?」
そう言って、女は男の首元に爪を立てた。
彼女の飾られた爪先は、美しくもあるが、人の肌を切り裂くぐらいは簡単な凶器となっていた。
「別に見くびってない。……というか、そもそも何でお前が迷うのか謎なんだが……」
「?」
「だってついてるだろ、ナビ」
ビルはそう言って自分の頭を指差した。
ベルはそれを見て暫く動きを止めた。しかしその数秒後、胸倉を掴んでいた手を離し、ビルを押し除けた。
「……忘れたわ」
「はい?」
「だって私は女王よ。そんなもの必要ないわ」
そう言ってベルはどこからともなく取り出した扇で、口元を隠し、目を細めた。
彼女がどんな表情をしているか、ビルにはわからない。
しかし、ひとつはっきりと言えることがある。
「いや、必要だろ。現に迷子なんだから」
「うるさい!!いいから、さっさとアンタの仕事場に連れて行きなさい!!」
そう言って、ベルは持っていた扇でバシバシとビルのことを叩いた。
「わかった、わかったって!!」
ビルの作業場兼自室は、地下にあるガレージのような無骨な部屋である。
辺りは散らかり、名前のわからない工具や機械が辺りに散らばっている。
唯一の寛げるスペースは、ベッドの役割を兼ねたボロボロのソファーと、何年使っているのかわからないような事務椅子だけであり、ソファーにはベルが、事務椅子にはビルが座ってる。
「……人間の飲むもんじゃないわ」
ベルはビルに用意させた顔を近づけ、すぐに離すと顔を顰めている。
「飲めないくせに用意させといて文句言うなよ。アリスは飲んでたぞ」
「あなた、こんなところにアリス様を入れたの??しかもこんな泥水を飲ませた??信じられないっ!死刑よ死刑!」
実際は泥水ではなくインスタントコーヒーなのだが、時間やシュチエーションに合わせ紅茶を嗜むベルには信じられないらしい。
「ここに来たばかりの頃、迷子になってたんだよ、どっかの誰かみたいに」
「……まぁ、アリス様も?やはり、あんな通路はダメね。作り直しましょう」
ベルは最もらしくそう言った。
「そんなことできるか。そもそも、アリスは今は迷わねぇよ」
ビルの話した彼女の話は、半年も前の話である。
流石に今は自分のテリトリーならば、自由自在に移動しているのを彼もよく見ていた。
「ご立派ですわ、さすが私のアリス様……」
アリスのこととなるとコロコロと態度が変わるベルをみて、ビルは思わず溜息をついた。
「それで……そろそろ女王様直々にここに来た理由を聞いても?」
ビルがそう言うと、ベルは面倒そうにソファから立ちあがる。
「アリス様の体温が分からなくなったから直して。お金なら出すわ」
「体温?腕を体温計にでもするのか?」
ビルは、怪訝そうにベルを見た。
「あなた馬鹿なの?温感を司るセンサーを直せって言ってるの」
「別にその体なら絶対零度からマグマまで耐久あるんだからなくてもいいだろ」
ビルとしては、生命活動に必要のない機能をわざわざ直す必要があるのかと思った。
「あなたのような独身で女の一人も抱けないような男は分からないでしょうね」
一方ベルはかわいそうなものでも見るような目でビルを見ながら言った。
「なんだよ、急に俺の心をえぐるな」
ビルは心臓あたりを抑えながら、しんどそうに言った。
「私はアリス様の温度まで感じたいの。あの人のことが大好きだから」
ベルはどこか年相応の少女のように言った。
しかしその言葉は、夢見がちなものではなく心からのものに見えた。
「……別の機能に支障がでることも、覚悟できるほど大事なのか」
真剣なベルの言葉に、ビルは聞いた。
ベルは専門家の中でも頂点の技術者が作ったもので把握しきれないほど、機能がついているアンドロイドだ。
メンテナーであるビルは、幾分か機械に精通してるが、それでもアンドロイドの専門家ではない。
修復のつもりで別の機能を失う可能性も十分にある。
「かまわないわ。私にとっては大事なの」
しかし、それを覚悟の上、ベルは修復を選んだ。
「……分かった。いつも通り壊れたトランプから部品を貰うぞ」
「えぇ、それがいいでしょう?どうせ『中身』は、私もあの子達も変わらないのだから」
そう言っておかしそうに笑う顔は、アリスに、そしてアリスそっくりなトランプたちによく似てる。
普段は化粧や服装で誤魔化しているが、ベルもしょせん、素体はトランプたちと変わらぬアンドロイドなのである。
「……そう思うならもう少し自分のトランプを大切にしたらどうだ?」
「嫌よ。アイツら、私が壊れて次の女王になるのを狙っているんだから」
「……女って機械でもおっかないのな」
ビルはまた、知りたくない真実を一つ知ってしまったような気がした。
手術台を思わせる台の上で、一糸纏わぬ姿のベルが不機嫌そうにうつ伏せに横になっている。
背中から開かれた体は人間に似た背骨や肋骨があるが、全てが金属や人工の素材でできており、本人が痛みなどを感じている様子はない。
「ねぇ、あなた今日は何で暗殺者を殺したの?」
機械に麻酔などは必要がないため、彼女は先ほどと同じような口調で話している。
その目線の先には、ビルが部屋を入るまで背負っていた大きな長方形の鞄を見ている。
「生かして何度も来られるより効率的だからな」
「ふぅん」
「そういう女王様はどうして暗殺者を殺さなかったんだ?アリスのためを思うなら、殺すのが最善だったはずだろ?」
ビルは、ベルと話しながらも器用に手先を動かし、作業を進めていく。
メンテナーの中でもこれほど迷いなく作業ができるのは、彼以外はいないだろう。
「……人殺しとして、アリス様の前に出たくないから」
ベルは、今までの中で、1番自信がなさそうに小さな声で早口で言った。
「さっきも思ったが、それは随分……人間らしい答えだな」
ビルは、一瞬躊躇したものの、なんとかそれらしい言葉を選んだ。
「でも、そのせいでアリス様を危険に晒した。次はもう、判断を誤らないわ」
「……そうか」
「私たちには代わりがあるけど、アリス様はアリス様だけの存在だから」
ベルの言葉に、ビルは何も言わなかった。
ただ、工具と金属が触れ合う音が、静かな部屋に聞こえていた。
ビル・リザードマン
首にトカゲの刺青のある、遊園地のメンテナー(整備員)。表立って仕事には出てこない。
白髪混じりのおじさんだが、若い子(アリス、ベル、レンドルミンなど)によく絡まれてる。
元暗殺者でスナイパー。
遮蔽物がなければ、1000メートル先の獲物も撃ち殺せる。
アリスのことは、年下の嬢ちゃんとして可愛がっている……つもり。
需要があればまた。




