日常という名の襲撃(スマイル、レンドルミン、ハイマー、ヘテロ、ベル)
午前中の遊園地。
アイスクリームのワゴンは空いていた。
園内は広いので同じ商品を売るワゴンがいくつもあるし、この曇空では仕方ないだろう。
「ふぁ〜あ……」
ピンクの猫耳男スマイルは欠伸をした。
彼は遊園地の人手不足の際、いつでもどこでも便利に使われている何でも屋だが、こんなに何もしなくてもバイト代が稼げるならば、それも悪くないなと思っていた。
「あー、化け猫がサボってるー!」
そこへ青い作業着姿の男が、黄色の移動式のゴミ箱をゴロゴロと押しながら、見つけてやったとばかりにやってくる。
オレンジの野球帽を被っていて、その帽子の側頭部からは大きな耳が出ている。
彼は、レンドルミン・ナイトメア。この遊園地の清掃員である。
「げっ……めんどくさいのが来たぁ」
スマイルは思わず顔を顰めた。
「ここではそう言う顔しちゃダメなんだぞ、アリスに言いつけてやろうかな!」
「アリス言ってどうするんだよ、お前、相変わらず馬鹿ネズミだなぁ」
スマイルは呆れたように言った。
確かにアリスは有名人だが、彼女はスマイルの雇い主でもなんでもない。
レンドルミンにスマイルのサボりを告げ口されたところで困るだけである。
「馬鹿っていうな馬鹿猫」
「それじゃあ、残念だな、残念ネズミ。というか、ゴミ臭いから近づくな。アイスが売れなくなる」
スマイルは片手で鼻を抑えながらもう片方の手でしっしっとレンドルミンを追い払う。
「失礼な!今日はまだゴミ箱が空だから匂わないよ!」
レンドルミンはそう言ってゴミ箱の蓋を開けて中身を見せる。
確かにゴミ箱はまだ中身がない。
「あーじゃあ、あれだ。ドブネズミ臭いんだなぁ」
「なんだと!失礼な奴!これだから猫は嫌なんだ!」
「嫌で結構。それより清掃員の癖にサボってないで仕事しろ」
「言われなくてもそうするよ、ばーか!ばーか!」
そう言って、レンドルミンはゴロゴロとゴミ箱を押しながらその場から去って行った。
「全く……頭の足りないネズミの相手は疲れる」
スマイルはそう言って、また暇なアイスクリームワゴンの店員に戻った。
「……それにしても、アイツ。なんでパレードの時間なんかにあっちに向かうんだ?」
レンドルミンの向かう先は、この後行われるパレードのルート。
人通りが多いため、清掃員は邪魔にならないよう、パレード中はあえてそちらにいくことはしない。
多分、何かあったな。
スマイルは、すぐにその結論に辿り着いた。
しかし、今日の仕事はアイスクリームワゴンの店員だけである。自分は給料分しか仕事はしない派である。
「まぁ、いいか」
そう言って、今度こそスマイルはアイスクリームワゴンの店員に戻った。
遊園地内の大通りを移動式のオブジェに乗りながらさまざまなキャラクター達が通り過ぎてゆく。
1日に昼と夜の1回ずつ行われるパレードは、ワンダーランドの名物のひとつでもある。
そして今もまた、1台の移動式のオブジェが遊園地の中心にある噴水の前を通り過ぎようとしている。
「ハイマー様、ジャバウォック・スナッチの言ってた2人組がアリスに接近しています……片付けますか?」
うさぎの耳をつけた小麦色のクセっ毛の女は、そばにいる唾の広いシルクハットを被った男に耳打ちする。
ティーカップやティーポットをモチーフにした移動式オブジェに乗った2人は、いずれも血管の透けそうな程の白い肌に血のような赤い唇の美丈夫で乗っているだけで絵になる。
観客からはパレードの音楽のせいもあり、2人の会話は聞こえない。
「朝から小僧の命令など聞く気にならんわ。故にヘテロ、私の手足であるお前も手出しは不要だ」
ハイマーことハイマー・フェルトハットはシルクハットを日が当たらぬように被り直し、美しい笑み浮かべ周りを見回す。そして、たまに気が向けば優雅に手を振っている。
「承知いたしました」
ヘテロと呼ばれたヘテロ・ストロリースといううさぎの耳の女も、同じように周りを見回す素振りを見せながら、時々観客へ向けて軽く一礼をする。
しかしこちらは、ハイマーと比べるとあまり笑顔を作ることが上手くないらしく、仏頂面をしている。
「……既に動いている者がいるから心配は不要。それより、これが終わったら昨日届いた紅茶を飲みたい」
「用意させましょう」
そして、二人は何事もなかったかのように、またパレードの一員として、観客へのアピールを始めた。
一方、人目につかない草むらで4人の少女達が二手に分かれて隠れている。
彼女達は、いずれも赤と黒のメイド服を着た金髪のよく似た見た目をしてる。
「ベル様、全員配置に付きました」
そして、少女達の一人が通信機で誰かに伝えた。
2組はそれぞれのターゲットの背後についている。
いつでも取り押さえることは可能だ。
『なら、さっさと回収して頂戴』
通信機越しの声は、冷たく威圧感のある、まるで女王のようだった。
ベルと呼ばれた彼女もまた、今日のパレードに参加しているはずだが、華やかな音楽とは真逆の空気感が声だけで伝わってくる。
ベルの声に、4人はそれぞれ顔を見合わせて、行動を開始した。
まずは先に飛び出したチームが、背後から一人を抑える。
男は手にナイフを持っており、おそらく、アリスの警備が手薄になったところを狙って襲うことを想定していたのだろう。
急に現れた少女達に驚いた隙を狙い、片方が男を拘束し、もう片方が一撃を喰らわせて気絶させる。
男は言葉を発することもなく、沈黙した。
「こちらアルファ、ブラボー、ターゲットAの無力化完了」
男を気絶させた金髪の少女の1人が通信機で報告した。
あとは後発の2人がもう1人を確保で終わり。
しかし、思わぬ事態が起こる。
パァン!
銃声だ。
幸い、パレードの音楽で観客の耳には届いていない。
そして、通信が聞こえる。
「こちら、チャーリー!ターゲットBを逃しました!デルタが負傷!ターゲットは小型拳銃らしきものを所持してる模様!」
「なんですって」
アルファは、チャーリーの言葉に青ざめる。
『……チッ、この役立たずっ……』
それを聞いていた4人に指示を出していたベルは、不機嫌を隠すことなく舌打ちをした。
デルタ以外の3人の少女達はそれを聞いて思わずビクッと肩を振るわせる。
そして……チャーリーがターゲットBを追跡し、押さえ込もうとしたその時、ターゲットBは目の前で頭を撃ち抜かれて、倒れた。
チャーリーの顔に、ターゲットBの血液が飛び散り、思わず目を見開く。
しかし、彼女はそれでも報告義務を怠らない。
「こちらチャーリー、ターゲットBは狙撃手により死亡。おそらくトカゲでしょう」
『2人とも私が処分するはずだったのにっ!あー忌々しい!』
ベルはそう言って、苛立ちを少女達にぶつける。
そして……
『アルファとブラボーは、パレードに合流しなさい。チャーリーはデルタをアイツのところに。傷が残るようなら処分でいいわ』
「承知いたしました、ベル様」
チャーリーが他の2人の分まで返事をした。
『……はぁ、こんな最低な日でもアリス様は可愛らしいわ』
そして、そのあとベルが、4人に通信機で呼びかける時とはまるで違う声で言った。
ウットリと見惚れているのが声だけでも分かる。
しかしその声を通信機で聞いた少女達は、そんなベルの様子に少し安堵していた。
女王様のご機嫌で、作戦に失敗した彼女達の運命が決まる。
機嫌が良ければお小言だが、悪ければ首が飛ぶ。
幸い今日は、アリスのおかげで機嫌がいいので、首は飛ばずにすみそうだ。
彼女達は静かにアリスに感謝するのだった。
トランプ:
ベル・クインハートの部下。他に50人近くいる
作戦によって、アルファ、ブラボー、チャーリーなどと呼称されるがそれぞれに決まった名前はない。
全員同じ、金髪に青い瞳をしていて、顔もよく似ている。失敗すると、首を刎ねられ、「壊される」。




