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娯楽の国のアリス〜記憶喪失の少女は危険な世界の住人に執着される〜  作者: 烏間


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アリスを求める世界(ジャバウォック、スマイル)

娯楽の国ファンタビット


私が迷い込んでしまったイカレた国の名前だ。


砂漠のオアシスをリゾート化してできた国は、歴史も浅く、目立った特産品もない。


しかし、ファンタビットの人口は年々増え、技術の発展や経済成長は近隣諸国と比べてもめざましいものがある。



この国には、人を惹きつける魅力がある。

様々な国を行き来する鉄道を有し、その中間地点となっている点。

そして、他国では類を見ないほど、エンタ-テイメントが溢れている点である。


……もちろん、華やかな面に隠れて、様々な違法イレギュラーが許されているからというもあるが。



そんな場所に、ある日突然記憶喪失の状態で放り出された私。

右も左もわからない私を男は「アリス」と呼んだ。


ファンタビットだけではなく、この世界ですべての人が待ち焦がれていた人の名前なのだそうだ。

聞けば、私は言い伝えられた「アリス」の見た目そっくりらしい。


もちろん、私はそんな大層なものではない……と思う。

だから初めは、男に「アリス」と呼ばれるのは拒否した。

けれど、この華やかだけど危険な国で生きて行くのがどれほど大変なことか私にたっぷり教えた男は、「アリス」になれば、十分な食べ物と安全な寝床を保証し、給料まで出してくれると約束した。


そして結局、私は生き延びるためにサインをした。

私と男……もといジャバウォック・スナッチだけが、この契約の詳細を知っている。


「これでいい?」


私はサインをした書類をジャバウォックに渡した。

片付いた飾り気のない部屋は、窓から見えるカラフルな遊園地の景色と対照的に、暗い落ち着いた色でまとめられている。

彼は大きなオーク材の書斎机を前に、ゆったりとした椅子に座っており、私の渡した書類を改めて上から下まで確認している。


ジャバウォックは、黒髪に一部紫の毛が混じる不思議な髪、顔の額から目元を覆う仮面、そこから少し覗く蛇のような鱗、それに縦に瞳孔が長い紫色の瞳をしている。


服装はどこかサーカスの団長のような燕尾服のようで、首までボタンをしっかりと留め、黒い手袋をしているため、ほとんど肌が見えない。

その独特な姿は、人らしくない部分を無理に隠しているように見える。


「ふっ……」


不意にジャバウォックは噴き出した。


「なによ?」


私はジャバウォックの馬鹿にするような態度に苛立ちながら言った。


「自分がアリスであることを否定しながら、サインにはアリスと書くんだな」


「仕方ないでしょ!私は記憶喪失で自分が誰かも分からないんだから!」


自分の名前もわからないのに、何か書かなければならないのだ。

それならアリスと書く他ないではないか。


「それじゃあ、お前の最初の仕事は、自分のサインの練習だ。なにせ、字が汚い」


男は改めて私のサインを見て顔を顰める。

失礼な男だ。


「……そもそも誰が私のサインなんて欲しがるのよ?」


「誰だってほしがるさ。この世界はアリスを切望している」


ジャバウォックがそう言って、指を鳴らせば、書類はどこかへとあっという間に消えてしまった。


「……本当、変な場所」


「その感覚は、非常にアリスらしいな」


ジャバウォックは興味深そうに笑って見せた。


「はいはい、そうですか……」


一方アリスは、全く覚えのない人物らしいと言われても、まるでピンときていなかった。


コンコンコンッ


その時、部屋にノックが響く。


「ジャバウォック様、カバリーです」


「入ってくれ」


ジャバウォックの了承で、卵のような体形の小柄な眼鏡をかけた初老の男性が入ってくる。

彼はカバリー・エッグマン。

ジャバウォックの秘書だと言っていた。


「お待たせいたしました、アリス様の部屋のご用意ができました」


「手間をかけたな、カバリー。さて、アリス。お前も今日は部屋でゆっくりするといい。明日からは嫌というほど忙しくなるからな」


ジャバウォックのにやにやと笑う顔は気になるが、私もひどく疲れた。

今日はさっさと部屋に案内してもらおう。

これからどんな日々が始まるかは、始まってから考えることにしよう。







◾️◾️◾️1年後……◾️◾️◾️



ファンタビットの毎月1日は仕事にならない。

これは、ここ1年で言われるようになったことだ。

毎月1日には、国内各所にある抽選所に人が殺到する。

宝石や大金を手に入れる抽選ではない。

遊園地のチケットを手に入れる抽選を行う為だ。


「チケットの抽選の列はここか?」


帽子を目深にかぶった男が既に列の最後尾にいた男に聞いた。


「そうだが……あっおい!何だ、お前は!」


既に並んでいる男が帽子の男の言葉を肯定すると、帽子の男は他の者を押し除けるように列に割り込んでいく。


「おいっさっさと退けろ!俺はビンゴ男爵の使いだ!お前ら平民と同じ列になど並んでいられるか!!」


やがて帽子の男は、抽選券を配るカウンターの前までやってくる。


「いらっしゃ〜い」


カウンターの向こうにいる男は間延びした声で言った。

ピンク色の猫耳が目立つ獣人の男が、笑顔で帽子の男を出迎える。


「抽選券をマルク・ビンゴ男爵の名前で100枚寄越せ」


帽子の男はそう言ってカウンターの男に銃を向けた。


「マウス・ビンゴ男爵?」


「マルクだ!無礼者!!」


「別に何でもいいけど。それよりお客さん初めて?本人以外の抽選券は委任状が必要だよぉ?それに、抽選券は1人1枚。これは平民でもお貴族様でもおんなじなんだ。そもそも……」


カウンターの男がそこまで言ったところで、帽子の男が持っていた銃を発砲した。


銃弾を受けたピンクの猫耳男は、大きく身体をのけ反らせて、そのまま大きな音を立てて椅子ごとカウンターの向こうで倒れ込んだ。

顔は見えないが、ぴくりとも動かない。


「おいっ!銃で頭を撃たれたぞ!!」


「ひっ!!死にたくない!!」


一部始終を見ていた前列の者達が悲鳴や大声をあげ、パニックはどんどんと後ろの方へ、波のように広がる。

その場から逃げようとする者も少なくない。

あたりの騒がしさに痺れを切らした男は、持っていた銃を真上に撃つ。


「うるせぇ!死にたくなかったら早く抽選券を寄越せ!!」


帽子の男は他の窓口にいる受付を、怒鳴りつけた。

他の窓口の者は顔色を変えるどころか、男の方を見向きもしない。


「っ!お前ら全員皆殺しに……」


「誰を殺すって?」


カチャリとハンマーを引く音が男の耳元で聞こえた。


聞き覚えのある声に、帽子の男は正面を見る。

カウンターの向こうにあるはずの男の死体がない。

まさかと思いゆっくり後ろを振り返れば、カウンターにいたはずのピンクの猫耳の男がいつのまにかそこにいて、おまけに男に銃を構えている。


「な、なんでっ!」


帽子の男は目の前のことが信じられず、震えていた。


「お客さん、困りますよぉ?順番は守らない、受付に無理を言う、必要書類はない、発砲する、おまけに口は臭い。あーこれ完全にカスハラのビンゴできちゃうなぁ」


「な、私は貴族の使い……」


「だぁかぁらぁー?」


今度はピンクの猫耳男は男に銃を向けたまま言った。そして続ける。


「お前がマウス・ビンゴ男爵の使いだか何だか知らんけど、ここは貴族も平民も並んで券もらうわけ。ルールを守れない奴はここで死ぬか出禁なの。わかるぅ?言っとくけど、俺は使いどころか貴族でも殺すよぉ?」


ピンクの猫耳男はそう言って帽子の男の額にグリグリと銃口を突きつけた。

あとは引き金を引くだけの銃に、殺気を纏った猫耳男。帽子の男は完全に気圧されていた。


「ひっひぃっ!!」


結局、男は帽子をその場に残し、ヨロヨロと逃げていく。足元がおぼつかず、いろんなものにぶつかっては転び、またよろけながら立ちあがるを繰り返す男の逃走はあまりに滑稽だった。


「全く、これだからマウス(ネズミ)は嫌いだよぉ」


ピンクの猫耳の男はそう言って、欠伸を一つする。


「あのピンクの猫耳、スマイルじゃないか??」


「カメリア地区で子守から殺人まで請け負う何でも屋の??」


「何でこんなとこにいるんだよ……」


その場にいるものが口々にいう。

そして……


「あっなんかそれ聞いたぞ、なんかオーナーのジャバウォック・スナッチに借金があってコキ使われ……」


男が全てを言い終わる前に、急に背筋が寒くなる。

見れば、スマイルと呼ばれた猫耳男は銃を器用に回しながら殺気を飛ばしている。

その顔が妙に笑顔なのと、何も言わないのか余計に怖い。

男はそれ以上続きを紡ぐことはなかった。



そして、それを確認したスマイルは、鼻歌混じりに体を煙のように変えてそのままカウンターの向こう側に戻っていく。


帽子の男に気づかれず移動した時も同じ魔法を使ったのだろう。

そして、散らばった書類などを集め、倒れていた椅子を戻して座る。


「はい、次の人ぉー」


彼は何もなかったかのように仕事に戻った。


それを見たその場にいる誰もが、なんかよくわからないけど、余計なことは言わんでおこうと心に誓ったのだった。





スマイル:

娼婦街に拠点を持つピンクの猫耳の男。

ジャバウォックに借金があり、ワンダーランドのあらゆる場所で働くアルバイター。

体を煙のように変えて、移動することができる。

手先が器用で、どんなことでも平均以上にこなすが、けして一番になれない。

アリスのことは、友達以上恋人未満くらいで好き

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