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第33話 真のクライマックス(2)


 マシューの魔法に撃たれた脇腹が身をねじるように痛む。


 当て損ねた一撃ではあらぬ。あれは完全に我を狙っての攻撃だった。明らかな殺意を感じたのだ。だからこそ、とっさに急所を外させることができたのだが……。


 なぜだ? なぜマシューが我を? 幼少期から良好な関係だったはず。


 脇腹を押さえながら思考を巡らしたが、一つ思い当たる節に出くわす。


 ――我が頼りないからだ。


 勇者を容易く葬ることもできずにもたつき、今さら決心したかと思えば、わずかに勇者に押されていた。


 そんな魔王が存在していることに深い憤りを感じたのだろう。


 いくら幼い頃からの仲だといっても魔王が務まらぬと判断されれば、これも当然か。


 ズキッと大きく傷が痛み、思わず呻く。


「「ベルシュート様!」」


 ほとんど同時にハバとビュシーが駆け寄ってきてくれた。


「申し訳ございません。わたくしがいながら……」


「お怪我は大丈夫なのですか?」


 こんな情けない魔王を気遣ってくれるとは。お主らは優しいな。


「我はなんとか大丈夫だ。致命傷は避けてある。それよりも……」


 二人に答えてから、我は大広間にその身を顕現させた真っ黒な魔物に目をやった。


「あの魔物は何なのだ?」


 魔物は言葉を操っていた。言語を扱う魔物となれば危険だ。そんな魔物が城に近づけば情報班が感知するはずなのだが。どうやって感知の網を掻い潜って我が城に入り込んだのだ?


 その答えはすぐに魔物の口から知れた。


「計画デハ、魔王ト勇者ガ戦イアッテ疲レ果テタトコロヲ、マトメテ殺スツモリダッタガ、コイツガコレホド使イ物ニナラナイトハナ」


 コイツと言って、魔物は足元を見た。


 マシューのことを言っているのか? つまり、マシューは操られていたというのか?


「ダガ結果的ニ魔王ヲ負傷サセ、勇者ニモ傷ヲ負ワスコトガデキタ。アトハ操ル魔族ノコトヲ考エズ、タダ殺シテシマエバ良イダケダ。ソウスレバ、魔界ハ我ガ物トナルノダ」


 魔界の転覆が狙いか。


 魔王である我と危険因子である勇者も葬れば魔界の覇権を手にできる、という魂胆。


 だが、我が魔王城を侮ってもらっては困る。


 座したまま契約書とペンを取り出し、我は痛みに耐えながら魔法を発動しようとするが……。


「契約ハ使ワセナイ」


 霧状の魔物の腕が荒れ狂う蛇のように伸び、我を捕らえようと迫る。


 二人に強がってはみたものの傷はひどく、避けることもできず魔法も間に合わぬ。


 だが、なんとかせねばならぬ!


「無理はしないで下さい」


 必死で体を動かそうとした我の肩に、優しく手が添えられる。


「ベルシュート様に危害を加える者は、このビュシーが許しません」


 ビュシーの目は暗く染まっていた。怖気を抱くほどに。


「二人の愛を引き裂こうだなんて、おこがましいわよ」


 スッと立てたビュシーの人差し指から球状の魔力がとてつもない速度で放たれる。


 それは斬り裂くように霧状の腕を飛散させ、魔物の胴体にめり込むと、無残にも爆散した。


 お、恐ろしい……。


 我は隣に立つビュシーに震えながら、上半身のない魔物の悲惨な姿を眺めていた。


「…………コレハ危険ダ。即刻、始末シナケレバ」


「どうして……!」


 ビュシーの驚く声。怪我をしていなければ、我も同じ言葉を発していただろう。


 無残にも散り散りになったと思えた魔物の上体は、霧散した状態から再び凝集し始め、先程までと何ら変わらぬ姿を形作ろうとしていたのだ。


 どういうことだ? 攻撃が効かぬというのか?


 戸惑っている暇もなく、魔物の脅威がビュシーに目を付けたことに我は焦燥を募らせる。


 絶対に始末などさせぬ。


「ビュシーよ、ここから退避してくれぬか」


 視線を魔物から離さずに、我は伝えた。


 魔物は我と勇者を狙っている。そこにビュシーを巻き込むわけにはいかぬのだ。


「しかし、それではベルシュート様が……」


「我なら問題あらぬ」


 痛みを誤魔化して、我は立ち上がる。


「魔王たる者、ここで倒れるつもりは微塵もあらぬ」


「でも、ビュシーは何のお役にも立てておれません。このままベルシュート様を置いて立ち去ることなどできません!」


 すがるようにビュシーは叫んだ。


「盾にでも、身代わりにでも何にでもお使い下さい! せめて最後まで、お傍にいさせて欲しいのです! お願いです!」


 これが愛というものなのだろう。我のためになろうと心に決めてくれているのは嬉しい。


 だが、ビュシーの気持ちを汲むことはできぬ。我には魔王としての義務があるのだ。


 亜麻色の髪の上に優しく手を置き、我の覚悟を聞いてもらった。


「一生を賭けて誓おう」


 綺麗な瞳を見つめ、告げる。


「我が隣にいる以上、ビュシーを危険な目には遭わせぬ」


 魔王として、全ての魔族を守る義務が我にはあるのだ。誰一人として、この魔王城で死ぬことは許さぬ。もう父上が去った時の悲しみを味わうのは嫌なのだ。


「さすがに我はお主を守りながら戦えるほどの状態ではないのでな。一刻も早く安全な場所へ身を置いてほしいのだ」


「……はい」


 気の抜けた返事が返ってきたが、ビュシーはしっかりと我の目を離さず頷いた。


「ハバよ、ビュシーを連れてお主も安全な場所へ避難してくれ。あの種の魔法を使わぬ魔物相手ではお主は不利であろう。後は我に任せておれ」


 そう言って魔王としての威厳を見せ、我は魔物へと……。


「こさえた……ということで、よろしいですね?」


 向かおうとしたら、ハバからの突拍子のない言葉にフリーズした。


「昨晩こさえたということですね? きっちり次期魔王をこさえたのですね?」


「な、なな何を言っているのだ! それは、その……だな……」


「そうよ、ハバ。ビュシーとベルシュート様がそんなムフフな……ムフ、ムフフなことを婚約前にするはずがないでしょう? まあ昨晩は同じベッドで寝ましたけれど」


「ヘタレ……」


 む? 何か今聞き捨てならぬ言葉をハバが言ったような……。


「ハア、次期魔王はいないのですね。それにも関わらず、一人で戦うおつもりですか?」


「あの魔物は我を狙っているのだ。我が戦わずしてどうする?」


「序列の者を呼べば良いでしょう? わざわざ貴方様が危険を負う必要はないのです」


「だからといって、他の者にその危険を負わせるわけにもいかぬ」


「貴方様は魔王なのですよ! 他の者とは……カァッ」


 急にハバが力なく倒れた。いったい何が!


「いけないわよ、ハバ。ベルシュート様に身を案じてもらっているのよ。従いなさい」


 倒れるハバを支えるようにしてビュシーがニッコリと微笑む。


 怖い……、な、何をしたのだ?


「ベルシュート様。全てが落ち着きましたらビュシーと婚約いたしましょうね!」


「いや、それは……」


 不吉な言葉を放って気を失ったハバを抱えたビュシーが大広間をスキップして出ていく。呆然としながらも退避したことを確認すると、我は契約書とペンを手にして魔物に向き直る。


 目の前には、あのビュシーの魔法が全く効かぬ魔物。


「これは……まずいのではあらぬか?」


 今更になって、我は婚約の圧よりも強い圧を前に一人になったことを後悔した。


   ■


 いざ生贄の魔物を前にして、ボクは怖気づいていた。


「タダ殺シテシマエバ良イダケダ。ソウスレバ、魔界は我ガ物トナルノダ」


 やばいやばいやばい。


 生贄をくれないからって魔界を渡せって言ってるんだ。


 これが、魔王が恐れるほどの魔物。


 霧状の体は常に輪郭を曖昧に保ち、不気味に腕を伸ばして魔王たちを攻撃している。


「ヴェーベン、傷は大丈夫?」


「ラーム!」


 ボクの隣にラームがやってきた。見守ってくれているだろうと思っていたけど、実際に駆けつけてくれると思わず名前を叫んでしまう。それが……友達。


「うん。痛いけど、なんとか立てるよ」


「ちょっと待ってて」


 そう言うと、ラームは素早く応急処置をしてボクの足に包帯を巻いてくれた。


「ありがとう」


「上手くできてないけど、これでマシにはなったでしょ」


 笑顔を見せるラームを見て、ボクは思い出した。


 友達を守る。


 そう誓ってボクは魔物を倒すって決めたんだ。その標的が現れたっていうのに、怖がってちゃダメだ。ボクが戦わないと!


「あれ、なんで?」


 不意に苛立ちを込めた声をラームは上げる。「幻覚が効いてない」


 魔物にラームも対抗しようとするが、霧状の目が特殊なのか魔物は幻覚に陥らないらしい。さっきはビュシーのとんでもない魔法も効いてなかった。いったいどうなってるんだ?


 疑問に思いながらも、ボクは駆け出していた。


「はあッ!」


 飛び上がり、魔物の胴体を大剣で振り抜くが、感触はなかった。


 空を裂いただけでまるで倒れる様子もなく、魔物は霧散させた体を凝集させると、ボクに腕を伸ばしてきた。


「くうッ!」


 宙に浮いた状態で身を捻って大剣を振り回すと、魔物の手は霧散。でも、ボクが着地する頃にはまた新しい手を再現していた。


「ごめん、ヴェーベン。大した戦闘能力のない私じゃ力になれない」


「そんなことないよ。手当てしてくれたおかげで動きやすくなった。ラームは気負わずに避難してて」


 戸惑った様子で見つめるラームに、ボクは友情的なセリフを口にする。


「ボクなら大丈夫。君を守ってみせるから!」


「……うん」と申し訳なさそうに小さく頷くと、ラームはボクの言う通りに退避してくれた。


 気づくと大広間にはボクと魔王だけになったらしい。


 一度魔物から距離を取り、ボクは考える。


 魔法も物理的な攻撃も効かない魔物か。


 どうしよう……、どうしようどうしよう! どうやって倒すの? 無理じゃない?


 あれ、もしかしてボク…………終わった?


 カッコよく言ったのに、体がガタガタと音を立てている。冷や汗もびっしょりだ。


 ボクは、なぜだか助けを求めるようにして、視界の端で堂々と立っている魔王を見た。


 ……あれ? 魔王の顔、真っ青になってない?


ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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