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プロローグ

「これより勇者を紹介しよう!」


 国王のお言葉に、王宮の中央広場を埋め尽くす民衆が歓喜の声を上げる。


 晴れ渡る空の下、真っ白な王宮の二階から中央広場に向かって飛び出たバルコニー。そこに立った国王が後ろにいるボクに視線を送る。


 静かに頷くと、ボクは慣れない光景に臆してガチガチになりながらも歩を進める。


 王宮へ入ってからしばらく目立たないように大人しくしていたけれど、中央広場に溢れ返る民衆を前にして、急に意識がひっくり返るような感覚がした。


「今度の勇者は女か」


「歴代勇者で女は初めてだと聞くぞ」


「男より強いってことか? じゃあ、今回こそ魔王を倒せるかもしれないな!」


 国王と場所を交代して民衆の前に姿を見せると、いろいろな声が聞こえてきた。それらを吹き払うように、大きく息を吸って――


「第一三八代目勇者ヴェーベンだ! 勇者学校を首席で卒業し、晴れて勇者となった!」


 民衆が唖然とした顔や希望に満ちた表情を見せる。


 地続きでつながる人間界と魔界。対立する両者だが、魔法に秀でた魔族の力は圧倒的で、人間は数百年に及び魔族の脅威に苦しんでいるのだ。民衆の目にもその不安が窺える。悪しき存在である魔族を従える魔王を倒そうと、人間界は毎年一人、勇者を選出しては魔王城へ旅立たせた。だが、魔王を倒すことには至らず、尊い命が失われていくばかり。


 もはや人間は永遠に魔族に勝てないのか。一方的に苦しめられるしかないのか。


 いや、そんな日々は終わりだ。


 晴れ間を示すように、背中に担いでいた大剣を引き抜いて高々と掲げ、宣言する。


「民衆よ、もう魔族相手に恐れることはない! なぜなら、このヴェーベンが魔王の首を討ち取るからだ!」


 言い終えるや否や、民衆が期待の眼差しで盛大な歓声と拍手の嵐を巻き起こした。


 鳴り止まない称賛がボクのところまで真っすぐに響いてきた。これだけの民衆の後押しがあれば、魔王打倒も夢ではない。


 見ていろ、魔王。勇者の力で、その闇を断ち切ってやる!


 こうしてボク、勇者ヴェーベンは魔王を倒すべく魔界へと冒険を始めたのだ。


 母に手を振り、傷薬を詰めた荷物袋を抱えて、遠い魔王城を目指した。歴代の勇者たちは魔王城に辿り着くのに三年ほどかかっている。ボクも長い道のりになった。


 道中では、頼もしい仲間と出会い、数々の魔族を打ち破り、自然の困難も乗り越えた。時が経つにつれ仲間との信頼は強くなり、魔王城への道のりは険しくなっていく。


 歴代勇者が一人として倒せなかった魔王にだって勝てるという希望を胸に抱きながら、仲間を信じて一歩一歩踏みしめて前に進んだ。


 そして、気付いた時にはボクは魔王城を前にしていて――


 勇者になってから二年の歳月が経っていた。


   ■


「魔王様、大変です! 勇者が攻めてきました!」


 緊迫した部下からの報告を受け、我は執事と共に監視塔に向かった。


 我が魔王城のシンボルである高く突き出た塔に上ると、情報係の部下たちが声を張り上げる殺伐とした光景が広がっていた。


 頂上で様子を探る者、報告を受けて記録する者、城中に伝声管を通して情報を流す者。


 切迫した空気が我を包む。


「勇者は今どこにいる?」


「現在、魔王城の城門に接近中です」


 近くにいた部下が我の問いに答える。


「凄まじい速さでこちらに向かってきています。城外警備兵によると、どうやら女の勇者で大剣を装備しているとのことです」


「そうか」


 我が情報を確認すると、壁を向いていた一人の部下が叫んだ。


「追尾完了しました! 勇者の映像、出ます!」


 ブンッと鈍い音を立てる魔法により、城へ駆けてくる勇者の映像が壁に映し出された。


 これが勇者か……。


 魔王に就任し、初めて勇者の姿を捉えた。


 肩まで伸びた明るい色の髪を疾風になびかせ、最小限の装備を煌めかせて駆けている。女子(おなご)とはいえ、その勢いは凄まじく、気迫だけで魔王城まで果てずに辿り着いた実力を持っているのがよく分かる。


 城門を容易く突破した勇者は、木々の隙間から魔獣が容赦なく襲いかかる『魔王の庭』と呼ばれる広大な森に突入していた。ここで息絶えた勇者も多いが、勇者は足を緩めるどころか、さらに速度を上げて庭を駆け進む。行く手を阻もうとした魔獣は一振りで薙ぎ払われ、道を塞ぐ木々は布を裁つように斬られていく。


「勇者の勢いが止まりません!」


 部下の悲痛な叫びが我の耳に届く。


「このままだと、あと数分と持たずに城まで突入されてしまいます!」


「ベルシュート様、城内には警護係を配置しております。城の最奥部まで行きましょう」


 隣にいた執事が我を促す。


 我が城の危機を前に焦りを露わにする部下たち。久しぶりの勇者の襲来だ。人間界の最強の刺客に恐れをなしているのだろう。ここは魔王城の……いや、魔界の王たる我が厳然たる態度で皆を導かねばならぬ。


 監視塔に響くように我は声を張る。


「我が直接迎え撃つ!」


 その場にいた全員が我の言葉に動きを止めるなか、執事が口を開けた。


「まずは我々で勇者の体力を削ります。それまで……」


「止めてくれるな」


 執事の言葉を制止させ、我は告げる。


「父上……先代魔王は、勇者襲来の際は毎回部下よりも先に勇者の前に立ちはだかっていた。それなのに、先代から魔王を受け継いだ我が前に出ぬわけにはいかぬ」


「ベルシュート様……」執事は小さく息を整えると、頭を下げて我に敬意を示した。


「承知致しました。貴方様がそう仰るのならば」


「うむ」


 我は一つ頷くと勇者を迎え撃つべく、監視塔から下りて大広間へと向かった。


 歴史上、魔王が勇者に屈したことはない。幾度も地の底へと葬ってきたのだ。


 さて、勇者よ。


 我がこの手で分からせてやろう。


 魔王を相手にするとは、どういうことなのかを。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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