#Fin 純喫茶ごーすてらへようこそ
白と黒が入り混じるバーのような場所で、のるんは目を開ける。
随分と懐かしい光景だ。昔はよく、此処で気の知れたお客人を相手にしていることもあった。
のるんが座っている席は、昔と違い、お客人側の席だった。
眼の前には、白黒入り混じった頭髪の男性が、眉を下げ、困り顔でこちらを見ていた。
「なるほどね。ニュクスが、チラチラとボクに干渉してたのは想定外だったのね?」
「まぁ……そうですね。この様な結末になって、ボクも申し訳なく思います」
言葉上での謝罪を受け、のるんはきょろきょろと見回す。
自分が居た頃と、何も変わらない。物の配置や、出している飲み物の種類まで。
「ねぇ、ネメシス。ボクはコレで良かったのかな?」
「ボクの描く、理想の物語には程遠いですが……後悔はされていないのでしょう?」
白黒混じりの男──ネメシスは一冊の本を取り出す。
表紙には「姫宮なしろ」の文字。やはり、あの子も此処のお客人として立ち寄っていたのだ。
だが、もう終わったことだ。姫宮のるんの人生は既に幕を下ろした。
(あれ、じゃあ……なんで、今、此処にいるんだろ?)
まだ、何か自分に残されたものがあるのだろうか。
名を捨て、全てを投げ売って、なしろを守るために死んだ。それが全ての筈。
「それで?なんで、死んだ筈のボクが此処に呼び出されてるのかな?ニュクスは?」
「実は……」
ネメシスは、のるんを呼び出した理由を簡潔に述べた。
内容はとても酷いものだった。誰かに伝えるのも馬鹿らしい程に。
生きていれば、きっと怒りに打ち震えて、殴り込みに行っていてもおかしくない程だ。
「へ〜。それをわざわざボクに見せつけるために。キミは呼び出した訳?」
「いえ……。そういうつもりはなかったのですが……」
話していても、埒が明かない。
最早抜け殻となった、自分に利用価値なんてある訳がないのに。
「もういいよ、分かった。じゃあ見ようじゃないか。その後の彼女達を」
「……恐縮です」
ネメシスが取り出したのは、現世を映し出す宝珠。
いつも、彼らはコレを使って、様々なものを見ていた。
今映し出されてるのは、もう見慣れてしまったとある一つのお店だった。
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「ふぁあああ……。もうこんな時間なのね……、起きなきゃ」
昨晩も遅くまで営業していたからか、身体が随分と重い。
身体を起こし、時計を見る。何年経っても、この時間に起きるのは辛いものだ。
ふかふかのベッドに、もう少し身体を預けたい欲求に抗いながら、ベッドから這い出る。
二階が居住区、一階が店舗になっている「私」の店は、気がつけば五年程、時が経っていた。
「今日のシフトは……、あぁ、朝からみつきに……フカ叔母様も居るんだ、珍しい」
カウンター裏にあるシフト表には、見慣れた名前も多い。続けてくれるメンバーが居るのは有り難い。
営業開始時から居たみつきは、既に学校を卒業し、正規のメンバーとして活躍している。
あの時みたいな喋り方は、常連のウケが良いせいか、未だにサービス感覚で披露したりもする。
(多分、歳とギャップがウケてるんだろうなぁ。あの歳で初心だもんね)
まずは、お湯を沸かし、その間に簡単にフロアの掃除をする。
夜のバー担当が、昨晩の間にある程度は片付けてくれているが、これはもうただのルーティンだ。
人間、誰しも……決まった動きをした方が、調子が良くなると言うだろう、そういう物である。
カランコロン、と扉の開閉を知らせる鐘の音が鳴る。「私」が扉の方を見ると、フカが立っていた。
「おはようですわ、なしろさん」
「ん。おはよう、フカ叔母様。今日も早いね」
私が丁寧な挨拶をしたにも関わらず、フカは嫌そうな顔を見せる。
そんな顔見せるから、最近の常連には「小姑系メイド」と呼ばれるのだと、何度も言ってるのに。
「あのですね、わたくし、まだ参拾代後半なんですわよ?オバサマ言われる筋合いは無いんですのよ?」
「いや……、でも、私を引き取って育ててくれたんだから。叔母様でいいと思わない?」
腕を組み、むむむと考え込む仕草や、色々なものはまだ若々しい。
フカは、企業努力が功を奏し、「生足疑惑のサーメイド」は一躍、大人気店となった。
他にも事業展開をしている彼女は、非常に多忙な身の筈なのだが、週一程度、此処で働いている。
(おかげで、出勤日は大盛況なんだよね。嬉しいんだけど、ちょっと複雑)
開店まで、後一時間ぐらいある。フロアの掃除も終わり、みつきも出勤して準備をしている。
なしろは、豆の詰められた瓶から適当に一つ取る。マンデリン。昔懐かしいお気に入りの豆だ。
お湯が湧き、気温や湿度などを鑑みてから、慣れた手つきで、珈琲を一杯淹れる。
香りは抜群に良い。昨日仕入れたばかりで、鮮度が良いものを選んであるからだ。
(うん、ちゃんと美味しい。今日のおすすめにしておこっと)
他にも、細々とした作業をこなしていると、フカがメイド服を着て降りてくる。
昔は衣服自由にしていたが、今はエプロンを付けたカジュアルなものでお願いしている。
「も〜〜〜、また歳に合わない格好して!割烹着着なきゃダメでしょ?」
「別にわたくし、還暦まで行ってませんけど!?怒りますわよ!?」
フカはもう既に怒っている。顔真っ赤で腕をブンブンしている。うわぁ、痛いわぁ。
ちゃんとした格好でお願いと言っているのに、未だに言うことを聞いてくれない。
そのせいで、若干メイド喫茶じみた様子になるのだけは頂けない。
「も〜。なしろちゃん!フカさんを虐めちゃダメだよ?知らない?あーしの真似して、ゲキイタオバサンってあーし目当てのお客さんに言われてたの……」
「みつきさんもメイド服を着させてやりましょうか……!」
手をワキワキさせながら、迫りよるフカからみつきは嫌だぁああ!と店内で逃げ回っている。
開店前から暴れ回らないで欲しいなぁ、となしろは苦笑いしながら、見守る。
何気ない日常、変わらない面子とこうしてほのぼのと喫茶店を営む。
これ程、幸せなことは早々ないだろう。今は「店主代理」としてなしろは店を切り盛りしている。
「店主」は時折、ふらっと現れては、ふらっと仕事をし、ふらっとまた行方を眩ませる。
昔からそうだったせいで、今となってはすっかり慣れてしまった。
(今日は、私が此処に来てから丁度五年になるんだから、帰ってきてもいいのになぁ)
でも、期待してはいけない。期待するだけ損なのだ。
毎回毎回、居て欲しい時に居て、居ないで良い時に限って居るのだ。
「そういえば……、今日はなしろさんが来てから、ちょうど五年ですわね。早いものですわ〜。五年前のわたくしは、まだまだ若くてぴちぴち……、いえ、今もぴちぴちなんですけども!?」
「私、まだ何も言ってないんだけど……。でもそうだね、長いようで早かったね」
なしろが二階の方を見ると、フカはあぁ、となにかを察したような素振りを見せる。
「やっぱり、あのバカ店主の事が恋しいんですの?」
「べ、っべべべべつに!?恋しくなんて無いし!?会いたいなぁとか思ってないし!?」
泳ぎまくった目、あたふたとしている手の動き、何処からどう見ても図星だと言わんばかりだ。
そりゃあそうだ、最愛の人が返ってくるのを心待ちにしない伴侶なんて居ない。
いつだって心では、帰りを待っている。ノルンが帰って来る日はいつだってお祝いみたいなものだ。
「っと、もう開店の時間じゃん。そろそろ、お店開けるよ〜」
「はいですわ、今日も今日で荒稼ぎしてやりますの」
そういう店じゃない、というツッコミは一旦置いておく。ツッコんだらきりがない。
なしろが店を開けるべく、ドアの掛け看板を「OPEN」に変えようとした矢先だった。
扉の先に、「店主」の姿があった。いつだって帰りの待っていたノルンの姿が。
「やっほ〜〜。開店に間に合った〜?って、なしろ!?なんで泣いてるのさ??」
「ひっぐ……、だって。いつも大事な時に居ないんだもん。でも、今日は居てくれた」
白と黒が混じった髪を二つに纏めた「純喫茶ごーすてら」の店主、姫宮ノルン。
ふらりふらりと、何処かに消えたかと思えば、いつの間にかお土産を持って、店番をしている。
そんな自由人が、この節目の日に。なしろの前にいる。コレを泣かずして、何時泣くのだろうか。
「あはは、ただいま。なしろ」
「うん、おかえり……ノルン」
惑星ハルファのセントラルシティの外れには、知る人ぞ知る喫茶店がある。
純喫茶ごーすてら──時代錯誤の外装と、最新のトレンドやニーズを取り込んでいるお店だ。
数千年前に建てられた古民家をベースに、内装をリフォームした店内は、出来てから五年になる。
物珍しさがウケ、一過性のブームになるかと思いきや、常連客が多く通い詰め、人気店になった。
「さっ、ノルンも一緒にお店番しよ?」
「も〜しょうがないなぁ。今日は張り切っちゃいますかぁ〜」
木製の重厚な扉を開くと、そこには教科書に乗っているような、古めかしい内装がお出迎えする。
ガラスの瓶に詰められた珈琲豆、もはや誰が使っているのか分からない豆を粉砕するミル。
フローリングにはワックスが掛けられ、手入れがきちんと行き届いている。
店内には、何処か懐かしい苦く深い香りが立ち込めており、カチカチと古時計が時を刻んでいる。
カウンターの端には、仲間たちと撮られた写真が複数枚、飾られている。
此処は純喫茶ごーすてら。
一時の安らぎを求める客人が尋ねる、最後のオアシス。
よろしければ、一杯の珈琲を飲みに来てみては如何でしょうか。
BADEND──、もう誰も、彼女のことを覚えてはいない。




