25話 ありふれた少女の微笑み
職員室に戻り目を閉じた。
悪魔に誘われて見た光景は、今も脳裏に焼き付いている。
帰ったら早速課題に取り組もう。まずは……そうだ、生徒の将来の夢をプリントに書いてもらおう。「……夢か」
僕が担当する子供たちも、みんな夢を見ているんだなとふと思い、口元が緩んだ。
「葛城先生、今大丈夫ですか?」
声の方へ振り返ると用務員が僕に声を掛けた。
「葛城さんへお客様が来ています」
「僕に? わかりました。今向かいます」
こんな時間に一体誰だろう? 僕は職員室を出て客室に向かいドアを開けた。
「大変お待たせいたしました。二年二組担任のーー」
「やぁ葛城先生」
「君は――、ルシルさん」驚いた。
悪魔でありいちごの保護者? のルシルが優雅な様子でソファーに座っていた。ティーカップを口をつけ、ニッコリと微笑んだ。
「ここの事務員さんはコーヒーを入れるのが上手いね。いちごちゃんに見習わせたいくらいです」
「どうしたんですか、こんな所に」
「なに、野暮用ついでに貴方の様子を見に来ようと思いましてね。どうです、また夢を見ませんか?」
彼は妖しく笑みを浮かべる。
「今度はシンプルに楽しい夢でも可能ですよ? お金も、権力も、女性も用意してご覧いれましょう。如何でしょうか?」
夢。
僕が見たのは旧懐の夢。ノスタルジーと残酷さが混ざった夢。とても辛い事を知った夢だった。
今度見るなら、確かにそう言った夢を見る事も良いのかもしれない。――だけど。
「いや、せっかくですが、辞めときます。今は、現実でやる事が多いですので」
僕が答えると、ルシルはまるでその答えを待っていた様に微笑む。
「でしょうね。もう俺たちは必要ないでしょう」
「貴方はいつも人を試す様に言いますね」
「あはは、これは失礼。俺の悪い癖です。さて、もう一つの要件を伝えましょう。ーーいちごちゃん。もう入ってきてもいいよ」
悪びれた様子が無いルシルの声でドアが開く。そこには夢の中で着ていたセーラー服では無くここのブレザーを着たいちごが微笑んでいた。
「先生。似合うでしょうか?」
いちごはスカートを持ち広げて見せた。僕は思わず可憐だと思ってしまった。
「いやぁ実はいちごちゃんを葛城先生のクラスに入れて頂こうと思いましてね」
「……はい?」
「前にも言った通りこの子は世間を、いや何もかもを全く知らないのですよ。性知識だけはやけに詳しいですがね。ですから誠先生が直々に教えて頂きたいのです。という訳で、さっそく明日から宜しくお願いしますね」
「ちょ、ちょっと待ってください! この時期に転入の話なんて、聞いた事が無いですよ」
「それならご安心を。この学校の貴方以外の職員にいちごちゃんが明日転入してくると夢を見て頂きました。何も問題は起きませんよ」
そう言ってウインクを見せるルシルに、僕は何も言えなかった。
会話をしていると忘れてしまいそうになるが、彼らは夢を見せる悪魔だ。しかし、それでも僕達人間には出来ない魔法の様な物を見せられると、どうしても戸惑ってしまう。
「先生。私、もっといろんな事、沢山の事を知りたいんです。駄目……ですか?」
いちごは上目遣いで僕に聞く。年齢に合わず、セクシーな印象だ。
「……ルシルさん。貴方は強引だなぁ」
「えぇ。悪魔らしいでしょう? いちごちゃんにもいじわるとよく言われますよ」ルシルは嬉しそうに目を細める。
僕は少しだけ息を吸って、答えた。
「改めてよろしく――いちご。」
「――はい! 先生!」
そう答えた彼女の笑顔はいつもとは違い、とてもあどけない、どこにでもいる、ありふれた女の子の表情だった。
一部完結です。ありがとうございました!




