18話 小さな願い事
涙が止んだ後、アンズ姉様は帰り仕度を始めました。
「今日は帰るわ。明日仕事も早いし」
「夢魔のお仕事ですか?」
「ううん、モデルの仕事。ターゲットを集めやすくて便利なの」
モデル。煌びやかな人達の名前。姉様にはピッタリの職業です。
「いい? いちご」
ブーツを履いた姉様は真剣な眼差しで言います。
「ルシル様が付けた名前、大事にしなさい。とても良い名前だと思うわ」
「——はい」
「じゃあね、いちご。ルシル様によろしく」
アンズ姉様はそう言うと、手を軽く振って出て行きました。
夜が深まっていき、私は怖くなり、寝室でベッドに潜り込み羊の人形、スリーピィを抱きかかえます。
……やっぱり、眠る事は怖い。一緒にいてくれるスリーピィは、とても頼りない。それでも私は目を瞑ります。隣の部屋で寝ている先生は、もっと怯えているのでしょうから。
ふと頭に優しい感触がありました。目を開けると、ルシルさんが頬笑んでいました。
「ただいま。いちごちゃん」
「ルシルさん……」私は安心感で少し泣きそうになります。
「友人と会ってきたんだけど、君が震えていると思ってね。帰る事にしたよ」
「ありがとう、ルシルさん」
ルシルさんはニコリと笑い、ベッドに横たわります。
「友人と言うのは、死神なんだけどね。葛城誠の引導は彼に任せる事にしたよ」
「死、神……」
「うん。死神の癖にやけに陽気な奴さ。君が説得出来なければ、葛城誠は彼の手によって優しい夢の中で死ぬ。僕はそれはそれで、人の幸せな結末だと思うけれど、君は嫌なんだろ?」
私はルシルさんの目を見ます。怒りも悲しみもない、静かな瞳でした。私は頷きました。
「はい、私はずっと食べられて死ぬことを望んでいました。だけど、アンズ姉様が作った美味しい物を食べたり、ルシルさんにいじわるをされるのがとても愛おしいのです。私は、メリーが過ごせなかった日々を過ごしたい。だから、先生には生きて欲しいと思います」
ルシルさんは目を閉じながら答えます。
「——そっか。なら明日に備えて、今日はもうお休み。グッド、ナイト」
彼は祈りの言葉を私に掛け、眠ります。
私も目を瞑りました。
あんなに眠る事が怖かったのに、今は不思議なくらい平気です。
今日こそは、夢を見れたらいいのに。
意識が落ちていく前に、私は心の中で小さな願い事を唱えたのでした。




