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奴隷達

 森の中の拓けた空間。つい先日まで転がっていた無数の樹木は乱雑に一ヶ所に積まれており、切り株だらけになったその場所に6台の馬車を連れた健司たちが転送されてくる。


「はい到着。それじゃ彼らを解放しますか」


 気楽な調子ですぐ側の馬車に飛び乗った健司は、馬車の幌の中に入った瞬間外の音が一切聞こえなくなったことに気づいた。


(中の連中に余計な情報を与えないようにするための処置かな?これじゃ馬車の中にいたんじゃ外で戦闘があったことも気付かなかったんだろうな)


 そう思いながら感じる複数の視線。幌の中にところ狭しと並べられた檻の中に繋がれた奴隷達の視線だ。


 檻に入れられている数は7人。豹頭の大男に10才ぐらいにしか見えない尖った耳の少年少女。片目を失ったエルフらしき男。双子なのか瓜二つの容貌を持つ蒼白い肌の二人の男。そして最後に全身を鱗に覆われたリザードマンがこの馬車に乗せられていた者の全てだった。


 彼らから向けられる明確な敵意の籠った視線。そこに怯えの色はなく、あるのは隙を見せれば喉笛に噛みつかれそうなそんな絶対に屈指はしないと言う意志だ。


「……………………桜歌、ヘルプミー」


 これは何を言おうとも檻を明け、鎖から解放した直後に襲いかかられると直感した健司は、情けない声を上げながら馬車の外で待機している桜歌助けを求めた。


「はぁ、何をやっとるんじゃ貴様は……………………」


「いや、解放した瞬間襲われそうで、しかもこっちの話を聞いてくれるような気配もなくて手の打ちようが俺にはない。と言うわけでここは頼んだ。桜歌ならば大丈夫だと俺の感が言ってる。と言うわけでこれ檻の鍵ね」


「情けないが、まぁいいじゃろう。貴様は他の奴隷達を解放しておれ」


 入れ違いに馬車の中に入ってきた桜歌の姿に奴隷達の気配が揺らいだ。先の男ならいざ知らず、まさかそれの代わりに入ってきたのがこんな奴隷商とは似つかわしくない若い少女とであることに動揺したのだ。


「ピュルマにライナー、エルフ、ドルガー、リザードマンか。しかも全員が戦士のようじゃの」


 一同を見回した桜歌の言葉に彼らはさらに困惑した様子を見せる。何故ならば彼らを集めてここに乗せた相手がそれを知らぬはずが無いと言うのに、今気づいたとばかりにそんなことを口にしたからだ。


「勘違いしておるようじゃから言わせてもらうが、儂はお主らの敵ではない。今すぐこの檻より解放するゆえその敵意を納めてくれんか」


「……………………お前は、何者だ」


 そう問いかけたのはピュルマと呼ばれる豹頭の種族の男だった。漆黒の毛皮の覆われたその顔で探るような視線を向けられても桜歌は気にした様子を見せることなく頷き、口を開いた。


「精神守護たる月の男神ファルネ・ケネーアを祖とする心眼の血族テルケネアの末にして、今は亡き五大軍神が一柱烈火神アーデン・ファンカスの寝所たる神殿の警護を任されし一族が一つ九天二十七宿家が一つ応天宮、応天宮おうてんぐう 桜歌おうかじゃ」


「テルケネア、だと?心を読むと言われたあのテルケネアか!」


「いやそれよりもアーデン・ファンカス様の神殿警護の一族、まだ生き残りがいたのか!?」


 途端に馬車の中が騒がしくなるが、その中で桜歌を誰何したピュルマの男だけが静かに桜歌のことを見据えていた。


「その証拠があるのか、じゃな。ピュルマの神官戦士ナグアナ殿」


 ピュルマの男、ナグアナが心の内で自身について晒しているのに気付いた桜歌が苦笑しながらそう確認し、袖の中にしまっていた奏鈴杵を取りだしナグアナの方へとよく見えるように翳して見せると、ナグアナの目が見開かれて次いで考え込むように俯いた。


「同じ五大軍神が一柱疾風神ケッツァ・アトルにお仕えする貴方ならこれが何かわかるじゃろう?」


「奏鈴杵、ですか。貴女の言に嘘は一切無いようだ」


「分かっていただけたようでなによりじゃな」


 アーデン・ファンカスの神殿警護を任された証である奏鈴杵を見て微笑むナグアナに、桜歌もまた微笑を返した。


「だが、先程の男はいったい?」


 だがすぐにナグアナの表情が変わる。桜歌のことは信用できようが先に顔を見せたあの男は別の問題だと。


「桜磨 健司、父祖神が異界より招聘された……………………、本人曰く魔王だそうじゃ。

 父祖神様からお言葉を賜ったことは間違いないきちは儂がこの力でもって確認しておる」


「父祖神様が?いったいなんのために……………………」


 話を聞いていたドルガーの片割れが疑うような表情で首を傾げる。


「奴はどこからどう見ても人間だった。あんたのような我らに通ずる気配は無かった。そんな奴が例え父祖神様のお言葉を賜ったといえ信用できるものなのか?」


 もう片方のドルガーも疑問を口にするが、そうそう信じてもらえると思っていなかった桜歌はたいして気にした様子もなくそれに頷いた。


「うぬ、間違いなく信用はできよう。あれは父祖神様より我らのような人間に追われる者の助けとなる為に遣わされた存在じゃ。儂もあれに助けられた口じゃしな。

 ただ……………………、儂も助けられたと言うが助けられてまだ数日の身じゃ。あれを信用はできようが信頼できるかと問われると、まだあれをそこまでよく知っておる訳でない。信頼できるかどうかは今後のやつ次第ではあるの」


 父祖神アーサ・ヌァザの言葉を聞いた彼のことは信用できるものの、今後何が起こるかは分からない。その時彼がどこまでやれるか……………………。信用と信頼は別物と言うがまさしくその通りだろう。


「少なくとも今は父祖神様のお言葉の通り動こうとはしておる」


 それだけ告げた桜歌は目の前にある檻の扉に手を伸ばした。


「なんにしても今はこれでしまいにしておこう。お主達とていつまでも檻の中で鎖に繋がれていたくはあるまい?」


 少々話し込んでしまったと苦笑する彼女に檻の中にとらわれた彼らも確かにと苦笑を返す。


「そうだな、確かにいつまでもこんなところに閉じ込められていたくはないな」


 ナグアナの言葉に皆頷くのだった。






 そんな会話を桜歌達がしている頃、健司は別の馬車の奴隷達を解放しようとしていた。


 先に馬車を桜歌に任せ次の馬車もまた幌に覆われた馬車だった。入った瞬間外の音が聞こえなくなるのは先の馬車と変わりなく、違うのは中に檻は無く奴隷達がそのまま鎖に繋がれていることだった。


 その馬車の中にいたのは若い女達だった。下は10ほどから上は30ほどだろうか?

 獣の耳の生えた者や尖った者、四肢に鱗、尻尾を持つ者と一人として同じ種族らしき者がいないためそれがどれほど正確かは分からないが。


「……………………」


 警戒、敵意、怯え、諦めといった視線が健司に向けられる中、一人の奴隷が幼そうな奴隷達を庇うように動いた。その奴隷の見た目は普通の人間と大きく変わらないものの、肌や髪は僅かに金属質の光沢を持ち瞳はまるで水晶のよう。他の奴隷達と同じ襤褸を纏い、両手足に枷を填められながらも敵意を込めた視線で健司のことを睨み付けていた。


「アルカネデアス王国の王都まではまだあるはず。何をする気だ……………………」


 平淡な声色で問いただされ、健司はどのような勘違いをされているのか漠然とだが理解した。


「あぁ、暴力を振るいに来たって思われてるのかな?」


「は、違うとでも言うつもりか?」


 と、横から口を挟んできたのは桜歌と同じ褐色の肌に尖った耳を持つ恐らくはダークエルフと思わしき女だった。襤褸の下からその存在を主張する双丘に一瞬視線が向かうが、健司はすぐさま知らん顔で相手の顔を見る。銀糸のごとき長髪が褐色の肌よく映えるなと思いながら首を振った。


「そんなつもりは毛頭無いな。

 俺がやろうとしているのは……………………」


 他の奴隷を庇う女性の前に進み出ると、相手が慌てた様子で身構えるより速く相手の腕を拘束する枷に手を伸ばして枷の錠を、まるで木の枝を折るかのような気軽さで握りつぶして見せた。


「え?」


 急に片手が軽くなり先と変わらず平淡ながら驚きの声を上げる彼女を無視して続けてもう片方の錠を破壊する。両手を鎖で繋いでいた枷が壊れ足の上に落ちる前にそれをキャッチする健司。その場にいる全員にそれが見えるようそれを翳して片をすくめて見せる。


「こういうことさ」


 枷をすぐそばに放り捨てて足元に屈みこみ手枷と同じ要領で足枷も外す。


「俺は奴隷商でもその仲間でもない。皆を助けるために来たのさ」


「……………………信用できない。何をたくらんでいる」


 首輪を付けられたままではあるが四肢が自由になった女性は先程以上に疑念を抱いた様子で健司を睨み付ける。


「あぁ、何も企んでない、とは言い切れないけど君達に身心ともに害するようなものじゃない。まぁそっちの気持ちも想像はできるから疑う気持ちも分からなくはないけどさ。

 けど今はこっちを優先させてもらうよ。後がつかえてるからな」


 さっと馬車内を見回して手枷足枷を確認すると、パチン、と指を鳴らして魔法を発動。枷の錠だけを器用に切り落として唖然とする彼女達に背を向ける。


「いつまでもこんな場所に居たくないだろ。さっさと馬車から降りるといい」


 それだけ告げて馬車を飛び降りた。


「む、そっちも終わったようじゃな」


「枷を破壊しただけだけどね。まぁすぐに出てくると思うから詳しい説明は任せた」


「何?おい、貴様、儂に面倒ごとを全て押し付けるつもりか!?」


「いや、俺だと中々信用されないみたいだし、適材適所ということで」


 同じように馬車から出てきた桜歌と、その後ろに従うように馬車から出てくる奴隷達に視線を向けて一方的にそう告げると健司は次の馬車に飛び込んでいく。

 そんな彼を捕まえようと手を伸ばすも、伸ばした手は空を切り桜歌盛大にため息を吐くことになる。


「……………………手伝ってくれんか?」


「俺にできる範囲でよければですが」


「それだけでも十分じゃ」


 その後桜歌が馬車から出てきて奴隷達にことのいきさつを説明している間に健司は残る馬車の奴隷達の拘束を解いていった。

 今回襲撃し奪うことに成功した奴隷は馬車6台分。戦闘用奴隷として捕まったと言う7人に、労働用奴隷の男達20人に愛玩用奴隷の女達20人。それぞれ一つの頬馬車に10人ずつ拘束し乗せられていた形だ。健司は拘束を解いた奴隷達を桜歌に押し付けて自身は商隊の唯一幌ではなくしっかりとした壁や天井を持つ頑丈そうな箱馬車だった。


「さて、これだけやたらと立派なんだよな。外には紋章まで付けてあるし、あの豚が乗ってたのもこの馬車だし。こりゃ中身は奴隷じゃなくて金目の物かな?」


 馬車の後部には入り口がないことを確認して御者台へと上る。御者台の横には少々急ではあるがタラップが設けられており、御者台に上がるのは簡単だった。御者台へと上ればすぐ後ろに扉があり、健司は迷うこと無くその扉を潜った。


 馬車の内部は非常な贅沢な空間になっていた馬車の内壁は朱色に染められ金や銀、色彩鮮やかな様々な布で装飾されていた。馬車に片側には座席とも寝台ともとれる席があり、すぐそばにはお酒の入った瓶とグラスを置いた細かな装飾を施した几。席の反対側には金庫と小さなタンスのような物。試しにそれを開けてみると中から冷気が溢れだし、よく冷えたお酒や果物が納められていた。


「おいおい、冷蔵庫かよ。どんだけ贅沢な作りになってるんだこの馬車は」


 呆れながら冷蔵庫の扉を閉めた。


「にしても外から見た大きさに反して狭いな」


 そう首をかしげて朱色の壁にかけられた色とりどりの布を捲ってみると、案の定その先には扉が隠されていた。


「あぁ、いや隠してるつもりはなかったんだろうな。どう考えてもこの部屋は馬車の大きさに反して狭いし」


 隠し部屋などと言うのおこがましい部屋に苦笑して扉のノブに手を伸ばす。この先にいったい何があるのか?風呂トイレでも驚けないな、などと考えながら扉の先にある部屋へと足を踏み入れ、そこにあった予想外の存在に一瞬言葉を失っていた。


 その部屋は今までいた部屋とは真逆に殺風景な部屋だった。薄暗さを保つためのような揺らめく光を放つ4つの燭台が部屋の四方に設けられ、それがうっすらと室内を照らし出していた。

 部屋の壁際には幾つかの棚が置かれており、そこに納められているのは乗馬用の鞭や荒縄、大量の蝋燭、やっとこ、得たいの知れない液体の入った瓶、張形、クリップのようなもの、長い針等々。この部屋が何を行う為に用意されているのか一目見ただけでわかって閉まった。


「く、男としてそう言うのに興味が無いとは言わんけど、あぁ言うのはエロゲーとそういうのだから良いんだよ。現実にこんなものを見せられても気分が悪くなるだけだし」


 苛立たしげに言葉を吐き出した健司の視線が向けられたのは床に染みやら血の跡の残る部屋の中央。部屋の隅から伸びる鎖に拘束された存在に向けられていた。

 薄暗い中で判別しづらいが手入れもされずボサボサに伸ばされた赤い髪とその合間からはぐるりと捻れて前方に向けられた一対の角が生え、背には身長と代わらぬ大きさの皮膜の翼が生えており、さらにその下には鱗に覆われた一本の尻尾。それ以外は普通の人間と代わらぬ、いや人間とドラゴンのごとき特徴を持った幼い少女が目隠し以外に何も身につけず鎖に拘束された状態で部屋の中央に立たされていた。


「ぁ、ぅ~?」


 口から溢れる不思議そうななんの意味も持たぬ言葉、いや唸り声。身体には特に傷らしきものは見えず、部屋に置かれた道具が彼女に向けられた様子がないことに少し安堵するが、いつまでも彼女にこのような格好をさせておく訳にはいかぬと、彼女を拘束する物を魔法で切り刻んだ。

 拘束から解放されるも、鎖に支えられていたのかそれらがなくなると全身から力が抜けたかのように崩れ落ちる少女を慌てて抱き止める。


「あぶね、大丈夫か?」


 そう訊ねかけながら目隠しの布を剥ぎ取ってやるとその下からは紅玉のような綺麗なしかし焦点の合わぬ瞳が虚空を見つめていた。

 その対瞳が虚空を見つめていたのはごく僅かな時間だった。正気を取り戻すかのごとく焦点の合ってきた瞳が彼女抱き止める健司へと向けられる。健司のことを見上げながらも不思議そうに首をかしげる少女からはやがて生気の無いような声が零れ出てきた。


「ぱ、ぱ?」


「え?」


 思いもよらぬ言葉に健司の頭の中が真っ白に染まる。「ぱ、ぱ」つまりパパ?はてそれはなんのことだっただろうかと真っ白になった頭の中で現実逃避そのものの思考をしていると、少女は幾度か同じ言葉を繰り返す内に無表情かつ生気の見えなかった表情に感情と生気とが同時戻ってくる。


 そして……………………。


「パパ!」


 喜色満面といった様子の少女に抱き付かれて、健司は渇いた笑い声を上げる以外に何もできなかった。


「まだ使うどころか使う相手もいないのに、娘ができた?なんだそりゃ?」

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