桜姫
「まだ孵って間もなかったみたいだな」
拓けた森に並ぶ馬車の前でさすがに裸は不味いと健司のコート羽織わされながら、彼のズボンの裾を掴んで離さない少女を見てナグアナがため息とともに呟いた。腰を屈めて目線を合わせようとする豹頭の男に少女は怯えたように健司の背後へと隠れて裾を掴む手に力がこもる。
「それってつまり生まれたばかりってことか?」
「そう言うことだ。ドラゴニュートは卵から孵って最初に目にした相手を親だと認識する。人間達はそれを利用して卵を強奪し、生まれたドラゴニュート視界を遮ることで買い手を親と認識させる。そこからさらに奴らに都合のいい教育を施して都合のいい戦力として育て上げるのだ」
「早い話洗脳ってことか。酷い話だけど随分と回りくどいのな。手間がかかりすぎな気もする」
「そうするだけの価値があると言うことだ。ヘドの出るような話だがな」
「ドラゴニュートは一人で人間の軍隊でいう大隊規模相当の力を持つ。手練れの者ともなればその上の連隊、師団規模、いや小国や中堅どころ程度の国なら一人で滅ぼせると聞く」
ナグアナの言葉を青白い肌をしたドルガーの片割れが補足する。
「それほどまでの力だ。どこの国もドラゴニュートの奴隷を個人で持つことを禁止しているほどだ。
たしか北方の国でドラゴニュートの奴隷を所有している国はアルカネデアスの南ヘルナートだけだったはず。列強三国に囲まれながらもそれのお陰で生き延びているんだったか」
「それだけにアルカネデアスにいや列強三国に売り込めば相当な額で買い取ってもらえそうだな。くそが」
実際どうかは分からないが近隣種と思われるリザードマンが苛立たしげに悪態をつき、少女が余計に怯えて健司にしがみつく。なんとか放してもらいたい彼にしてみれば逆効果になる行動は慎んでもらいたいところだった。
「でもそれだけ強いならいくら子供でもそう簡単には捕まらないような。ほら、親もいるんだし」
「親の隙を突いたのだろう。ドラゴニュートは卵生だ、難しくとも親の隙を突くことさえできれば卵の一つぐらい持ち出すことも可能だろう」
健司に質問に、だからさら先に話した方法で洗脳することができると吐き捨てるようにナグアナは語る。
「ふぅ、この子に何が起きたのかをここで話しても仕方があるまい。今はそれよりも今後のことを話すべきじゃろう」
開いた鉄扇で口元を隠しながら頭を撫でる桜歌を、少女は呆けた様子で見上げて首をかしげる。
「それもそうだな。とりあえずその話は置いておこう。
じゃ、桜歌から話はあったと思うけど俺の名前は桜磨健司。異世界からアーサ・ヌァザ様の手で召喚された者だ」
一応桜歌からその辺の話を聞いてはいるはずだったが、改めてそう口にすると周囲からざわめきが起こる。だが健司はそれを無視して言葉を続ける。
「皆これからどうなるのかと思ってるけど、皆はどうしたい?
俺は今後も皆のように奴隷として捕まってるやつを助け、保護していくつもりだ。ここはアーサ・ヌァザ様が用意してくれた人の手の届いていない場所だ。俺はここに人間、いや逆神のせいで追われたり迫害されることになってしまった奴等を集めようと思ってる。一応皆がその第一号って訳だけど」
「集めてどうするのだ。国でも作ろうと?」
「それ正解。逆神と逆神を奉ずる連中全てと敵対する国だ。
俺はアーサ・ヌァザ様にそういった奴等を助けて欲しいと言われて召喚された。そういった理由で召喚されたからな、いろいろとどうやってそういう連中を助けるべきかと考えて、思い付いたのが国を作ることだったんだ。
俺はアーサ・ヌァザ様のお陰で強い力を手に入れたが、結局それも個の力でしかない。これで助けられるのは一度に手の届く範囲だけで、それ以外のところにいる奴等を助けることができない。だから国を作って、少しでも手の届く範囲を拡げていきたいんだ。
皆俺に力を貸してくれないか?もちろんこれは強制ではないから皆それぞれの意思で決めて欲しい。俺のことが信用できない、故郷に、仲間のところに帰りたいと思うのならできうる限りその希望に沿うようにしようとも考えてる」
周囲から届く困惑の声。それはそうだろう。例え健司がアーサ・ヌァザによってそういう理由で召喚されたのだとしても、彼は人間だ。逆神の庇護する人間の一人なのだ。
「仲間のもとにか、不可能だな。我らの首にこれがある限りはな」
エルフの男が自分の首に、そして皆の首に填められた首輪に忌々しそう触れながら言うと、周囲から落胆の声が響く。
「あ、そう言えば。桜歌に渡した鍵の中に首輪を外す鍵はなかったのか?」
「無かった、と言うよりあの『奴隷の首輪』を外すための鍵は存在せん。あれは人間達が奴隷に落とした相手から反抗を受けず言うことを聞かせるための魔道具じゃ。幸い今は上位権限者が登録されておらぬゆえ問題はないが、このまま解放したところで心得あるものに襲われればたちまちその奴隷に落とされることになるじゃろうな」
「マジか、それは不味いな。先ずは首輪を壊す方法を探すべきか」
「あれは魔術が数種類かけられており見た目以上に強固じゃ。生半可な力で壊せる代物ではない」
「そう簡単に諦めるわけにはいかないさ。
とりあえずそういう理由なら解放については少し待ってもらうしかないか」
他に取りうる選択肢もなく仕方なさそうに頷く皆を見回して健司は話を続けた。
その後話した結果、桜歌と色々と話をしていたナグアナの説得などもありしばらくは健司の指示に従うと言うことで話は決まった。
健司、桜歌を含めて総勢50人、当然今ある食料では足りないため何人かが健司の眷属であるヘカトンケイルを護衛兼案内として森に食料の調達へ向かった。
そして残る健司達は、無造作に積み重ねられた木の前に集まっていた。
「取り合えず寝る場所をどうにかしないとだよな。あの小屋じゃどう考えても全員は寝れないし」
「だがろくな道具もなくては確りとした家を建てることはできんぞい」
健司に言葉に答えたのは労働用奴隷として捕まっていたドワーフだった。
「まぁそうだよな、建築の経験は?」
「無いが知識はある。ワシは木工が専門なんじゃ」
「俺は故郷では大工に棟梁をやってた。道具さえあれば家は俺が作れる」
ドワーフの答えた後、他の皆の中から前に出てきたのは全身を毛に覆われた巨躯の男、熊の頭を持つ獣人だった。
「本当か?」
「こんなことで嘘はつかん」
思わぬ答えに嬉しそうに訊ねられ、熊の獣人はどこか呆れたような雰囲気でそう答えて木の山に視線を向けた。
「そうか、それもそうか。二人とも名前を聞いても?」
「俺はバルダダ・カルダダだ。バルダダでいい」
「ワシはヒッポタイト・テンジンじゃ。よろしく頼む」
名前を聞いた二人と握手を交わした健司は視線を一ヶ所に固まる愛玩用奴隷として捕まっていた女性人に向けられる。彼女たちに中にはまだ幼い子供の姿もある。
「ぶっちゃけ年食ったようなのはいないし、男連中はしばらく外でいいだろ。けどせめて女子供は屋根の下で寝かしてやりたい」
「そうじゃな。だがあの小屋では女どもだけでも入りきれん」
「かといって今手元にあるには剣や槍、弓矢。剣はなんとか道具に代わりになるかもしれんが、あれではあばら家すらまともに作れん」
「だよな。大工道具は俺がなんとか調達してくるから、それまでは取り合えず他の連中も使ってできることをやって貰ってていいか?」
「それは構わんが?」
「それじゃそっちは頼んだ、お~い桜歌」
男衆の固まっている場所にバルダダとヒッポタイトの二人が向かうのを横目に見ながら、健司は女性陣と話している桜歌へと声をかける。
「なんじゃ、……………………はぁ、用があるなら口で言わんか」
「いやぁ、これって便利だよね」
振り返った桜歌が見たのは自分に頭を指差す健司の姿、何かと思いつつも、まさかと心を読んでみれば用件を口にせず心の内に思い浮かべており、その雑とも言えるやり方に軽く頭痛を覚える。
「金庫に入っておる金がいくらあるか調べておけばいいんじゃな?」
「おう、後で必要なものを買いにいくから」
衣類とか大工道具を、と続く彼に言葉に桜歌も頷いて見せる。個に場にいる健司と桜歌以外全員は着ているもには服と言うのもおこがましいような襤褸ばかり。ドラゴニュートの少女にいたってはなにも着ておらず、健司のコートを羽織っているぐらいだ。
今は大丈夫だがいつ天候が崩れて雨が振りだすかも分からないため、せめて雨を防げる場所を早急に用意する必要もある。
「儂も一緒に行った方がいいんじゃな?」
「相場がどれくらいか分からないからな」
「儂とてそう人里に訪れることのできる身ではなかったからそこまで詳しい訳ではないんじゃが……………………。今出歩けるのは儂らぐらいか、仕方がないの」
健司一人で行くよりかはマシかと了承した桜歌は、健司の脚にしがみつくドラゴニュートの少女を見る。絶対に離さない都ばかりにしがみついているその少女、彼女も他の皆同様に外を出歩けるような身ではない。出掛けるためには彼女をどうにかする必要があるだろうがそれの難易度は非常に高いように感じた桜歌は、その仕事は本人に任せてしまえとそれについてはなにも言わずに踵を返した。
桜歌からなにも言われなかった健司だが、彼女が何を考えていたのかはその視線を辿って十分に理解できた。
「あぁ、えぇとだな」
それを後回しにするわけにもいかないと彼女に放してもらうために声をかけようとする健司だったが、何かを感じ取ったのか涙目になって見上げてくる少女に「うっ」とたじろぐ。
直感的に何か一つでも言葉を間違えれば大声で泣き出すだろう理解する、いや理解してしまいどうすれば正解なのかとそれ以上に言葉が出てこなくなってしまう。
「あぁ、えぇと、だ、な……………………」
完全に途方にくれてしまう健司とそんな彼を涙を滲ませながら見上げる少女。周囲の皆も触らぬ神に祟りなしとばかりに距離をとってその成り行きを見守って、いや観察しており助けは期待できそうになかった。
(くそぉさっきから後回しにしてたけどこれ以上はどうにもなら無いぞ。かといってこの子を連れていくわけにもいかんし……………………)
「ぱぱ?」
心細そうに発せられた少女の言葉がぐっさりと健司の胸に突き刺さる。理由など関係ない、ここでこの少女を泣かせたら間違いなく悪者扱いされる、というかもし自分がこれを外から見ている立場なら絶対に悪者扱いすると焦る健司にいい加減見かねてきたのか、女性陣の中から一人の女性が進み出てきた。
「桜磨、健司様、でしたね」
その女性は薄く透き通ったような水色の髪を足元まで伸ばし、見る人を安堵させるような柔らかな笑み浮かべた女性だった。慈母に溢れた笑みを浮かべる彼女は、身に纏った襤褸の下に暴力的なまでな母性の塊を揺らせながら彼の名を呼んだ。
「あざ、えっと貴女は?」
「失礼しました。川神デュサ・ゴーヌ様を奉ずる種族ウィーネ族のアリアーネ・スノンと申します」
自己紹介をして優雅に頭を下げたアリアーネは健司の足元にそっと片膝をついて屈むと優しく少女の頭を撫でた。優しく落ち着けるようにと無言で頭を撫で、少女の目から滲んでいた涙の気配が無くなると、ニコリ、と笑みを送ってから健司を見上げる。
「この子は今とても不安なんです。生まれてから今日まであのような境遇におかれていた彼女にとって貴方と言う存在だけが自分をこの世界にあると感じさせる存在なんです、自分自身ですらなくあなたの存在だけが。だから少しでも貴方と離れることにこれ以上無い不安を感じている、いえ恐怖すら感じています」
「あぁ~、そう、なのか」
そういう機微全く分からないと困った表情を浮かべる健司に、アリアーネは確りと頷き自分の名とそして健司の名前を呟いた。
「健司様、この子の名前は?」
「え、いや。ナグアナ、の話の通りなら卵の内に拐われたはずだから、この子自身も知らないと思う」
「健司様、この子に名前を付けて上げてください」
「えぇっ、俺が?」
「はい、貴方が、です」
今まで慈愛に満ちた笑みを浮かべていた表情を真剣なものに変えたアリアーネの言葉に狼狽えるが、彼女はそんなことお構いなしに言葉を続けていく。
「今この子に必要なのは自分を確かなるものとして認識するための自分だけの物です。名前とは自分と言うものを世界に存在するものとして縛る鎖のようなもの。私達はそれが無くては確かなる存在として自分を認識することはできず、この世界とても不安定なもにとして感じるようになってします。
この子は今、貴方と言う存在を通してこの世界にしがみついているような状態です」
確かにしがみついてるな、などと脚にしがみつく少女の姿に馬鹿なことを思い浮かべた健司の後頭部にゴツッ、石がぶつけられる。痛みに声が漏れるのを我慢しながら背後を見れば、馬鹿なことを考えるなとばかりに睨み付けてくる桜歌の姿があった。
「つまり、名前をつけることでその不安を解消してやれば良いってことか」
「その通りです」
「そうは言うけど、俺なんかが付けちゃって……………………。この子の親だっているはずなのに……………………」
「ですがその人達は今ここには居ません。
そして何より、今この子が親と慕っているのはの貴方です」
狼狽える健司に向けられる少女の瞳に再び涙が滲んで来たのを見て……………………、
「あぁ、もうっ!」
「きゃっ……………………」
「あ、すいません」
頭を掻きむしって突然しゃがみこんだ健司に驚いたアリアーネが尻餅をつく。一度彼女に謝罪を入れた健司は自分のコートを羽織った少女の肩を掴み目線を合わせた。
目線を合わせて改めて少女の姿を観る。ボサボサに伸ばされた赤い髪は手入れされた様子は見えないが、それでもまるでルビーやガーネットと言った紅い宝石をそのまま髪にしたかのような光沢を持ち、その合間か伸びる捻れた角は暗くも力強さを感じさせる朱金色。怯えを含んだ瞳は澄んだ淡い赤色だった。大きくつぶらで、しかし成長すれば鋭く美しくなるだろうと予想させる瞳だ。人間のものより僅かに尖った耳には僅かながら鱗に覆われている。
視線が少女の顔から背後の翼に移る。皮膜の翼は薄紅色で、その皮膜を支える部位は深紅の鱗で保護されていた。コートの下から姿を見せる尻尾はその半ばまでを鱗ではなく幾つもの血のように赤い甲殻で保護されており、先端部はやはり細かな深紅の鱗でびっしりと包まれていた。
『赤』を思わせる幼い少女。不安に満ちた瞳で自分を見る少女に、健司は吸った息を大きく吐いてから笑いかけた……………………
(不味い。俺のネーミングセンスってどうなんだろう。今まで考えたことも無かった。どうするどうするどうする!ここで変な名前を付けてしまったら?一生物だぞ、名前なんて!す、すくなくとも竜探しの5の親父のようなあきらかにおかしな名前を付けることはない、と思いたいが俺の感覚で良くても向こうの感覚では可笑しいとか不吉とかってなったらどうする?どうするどうするどうする!!)
……………………そんなことを考えながら。
「……………………桜姫、はどうだ?」
「さく、ら、ひめ?」
「そうだ、桜姫だ。桜は俺の故郷の花で俺の姓にも入ってる。その名前、『桜姫』が今らお前の名前だ」
「さくら、ひめ。さく、らひめ。さくらひ、め……………………」
与えられた名前を幾度か繰り返した少女、いや桜姫は呟きながら伏せ気味になっていた顔をバネ仕掛けの玩具か何かのように跳ねあげると先程まで目尻に涙を滲ませていたとは思えない満面の笑みを浮かべていた。
「ぱぱ、あたし、さくら、ひめ!」
嬉しそうに叫びながら抱きついてくる桜姫を抱き締めて、健司は苦笑しながらその頭を撫でてやった。
「桜姫、良いお名前ですね」
アリアーネが再び浮かべた微笑とともに立ち上がり、ことの次第を見守っていた人達もほっと安堵の笑みを溢していた。
桜姫抱き締めたまますぐそばで立ち上がったアリアーネを見上げていた健司は襤褸の下で豪快に揺れ動く母性の塊に釘付けになっていた。
「った……………………」
再び走った後頭部の痛みに今度こそ声が漏れるのだった。




