ベルの願い
「ベル!?」
「詳しい話は後です! とにかく今は、アタシの後に着いてきて下さい!」
敵との戦いが不完全燃焼に終わってしまったことは、気掛かりではあるが、今はベルゼバブの指示に従った方が得策だろう。
「グギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!」
センティピーターの攻撃。
2人の獲物を見下ろしたセンティピーターは、今度は更に数を増やした水の槍を振らせてくる。
武器精製、武器強化、能力付与、という相性の良い3つの能力を組み合わせた攻撃は、驚異的であった。
「ラヴ! アタシとユート様を乗せて、安全地帯まで一直線!」
「グモオオオ!」
ベルゼバブの呼び声と共に現れたのは、体長2メートルを超える大男。魔人ラヴである。
魔人ラヴのファインプレイによって、悠斗とベルゼバブは、ひとまず敵と距離を取ることに成功する。
「なあ。ベル。ここは一体どこなんだ?」
一体、何がどうやっているのやら。
落ち着いたところで悠斗は、ベルゼバブに向かって質問を開始する。
「ここは、魔界の最深部、通称《深淵の穴》と呼ばれる場所です」
この時、悠斗にとって知る由もないことであったが《深淵の穴》とは、以前まで邪神が封印された次元の裂け目のことである。
かつて、魔族たちの長である《七つの大罪》は、《深淵の穴》の中にエネルギーを最大まで貯めた《死戒の宝玉》を収めることによって、邪神復活を目論んでいたのだった。
「ごめんなさい! ユートさまを呼び出したのはアタシなんです! 非常事態だったので能力を使って、ユートさまのことを召喚しちゃいました!」
「なるほど。そういうことだったのか」
ベルゼバブの能力《暴食》は、あらゆる願いを叶えることができる魔人を呼び出すチート中のチート能力であった。
この能力を使って、魔界の最深部に呼び出したのだとしたら、悠斗の中でも今回の不可解な展開に一応の納得がいくことになる。
気になることは他にもあるが、詳しい話は、安全地帯に到着してから聞いてみることにしよう。
ベルゼバブの助けによって、窮地を逃れた悠斗は、そんなことを思うのであった。
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それから。
謎の強敵、センティピーターの猛攻を掻い潜った悠斗は、魔族の少女ベルゼバブに連れられて薄暗い洞窟の中に足を運んでいた。
「この場所は……?」
「アタシの仲間が見つけてくれた避難所です。何もない場所ですが、外にいるよりは、安全みたいです」
どうやらこの洞窟は、思っていた以上に小さなものだったらしい。
あっという間に最深部に到着した悠斗は、そこでベルゼバブから詳しい事情を聞いてみることにした。
「……事情を説明するためには、アタシたちの仲間だったルシファーという男について話をしなければなりません」
ベルゼバブ曰く。
魔族たちの中でも最強の力を誇るルシファーという男は、《七つの大罪》の中でもリーダーとしてのポジションを務めていたらしい。
(……ルシファーか。そう言えば以前に街ですれ違ったことがあったような気がするな)
あれはまだ悠斗が異世界トライワイドに召喚されて間もない頃の話である。
何時ものようにクエストに向かう途中、悠斗は謎の魔族、ルシファーと遭遇したのである。
今にして思えば、あの日以来、悠斗は魔族と邪神の復活を巡る戦いに巻き込まれることになったのかもしれない。
「ここから先はワタシが説明をしよう」
年季の入った男の声が聞こえたかと思うと、突如として悠斗の目の前に身長2メートル近い大男が現れる。
(ぬおっ! なんがこのオッサン!?)
とてもではないが堅気の人間には思えない。
全身が傷だらけで、縦にも横にも大きなその男は、迫力満点の外見をしていた。
アスモデウス
種族:悪魔
職業:七つの大罪
固有能力:絶倫 金剛 再生 魔力精製 戦力分析
絶倫@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
(使い果たした精力を瞬時に回復させる力)
金剛@レア度 ☆☆☆☆☆☆
(斬撃・刺撃・打撃に対する耐性を上昇させる力)
再生@レア度 ☆☆☆☆☆☆☆☆
(自身の心臓が残る限り、傷付いた体を瞬時に再生する力)
魔力精製@レア度 ☆☆☆☆☆☆
(体内の魔力の回復速度を上昇させるスキル)
戦力分析@レア度 ☆☆☆☆
(対象の戦闘能力を数値化するスキル)
疑問に思った悠斗は、すかさず魔眼のスキルを発動して、目の前の男の情報を確認してみる。
(……!? 絶倫のスキルが羨まし過ぎる!)
5つの固有能力を持っているのも珍しいが、何より悠斗の目を引いたのは《絶倫》のスキルであった。
最近の悠斗にとって大きな悩みであったのは、同時に複数人の女の子たちと性行為に至るとき、思ったよりも性欲が持続できないということである。
このスキルがあれば、夜の生活を更に豊かなものにできるに違いない。
初めて《絶倫》のスキルの存在を知った悠斗は、これから最優先に獲得したいスキルの1つとして、記憶に焼き付けていた。
「紹介が遅れたな。ワタシの名前はアスモデウス。七つの大罪のうち《色欲》を司る魔族で、そこにいるベルの保護者役を務めているものだ」
強面の外見に寄らず、アスモデウスは、物腰柔らかく礼儀の正しそうな男であった。
(このオッサンが《色欲》の魔族で、ベルが《暴食》の魔族なのか……。どう考えても逆だろう。いや、逆であって欲しかったぜ……)
直接的に口に出してしなかったものの、身長2メートルを超える巨大な中年男が《色欲》を司る魔族であるという事実は、悠斗にとっては何故だか受け入れがたいものがあった。
それから。
アスモデウスを紹介された悠斗は、事の経緯を事細かく聞いてみることにした。
「ルシファーは、誰よりも忠義に厚い魔族だった。しかし、ハーディスに裏切られてからは邪神の力に取り憑かれて変わってしまったのだ」
曰く。
直属の上司である悪魔宰相ハーディスに裏切られて、《深淵の穴》の中に突き落とされてからはルシファーの人格は豹変することになる。
通常、《深淵の穴》に入った生物は、二度と地上に這い上がることができず、最終的には邪神の復活のためのエネルギーに変換されてしまうことになる。
だが、ルシファーは違った。
穴の中で眠っていた邪神を殺すことによって、奇跡の生還を果たしたのだ。
「邪神を殺した存在は、その力を受け継ぎ、次の邪神となって現れることがあるという。おそらくルシファーは、邪神を殺した際に『闇の力』に取り込まれてしまったのだろう」
邪神を殺しても、第二、第三の邪神が現れ、際限がなく世界を蝕み続ける。
それこそが《闇の勢力》が途絶えることなく現世に留まり続けた最大の理由だったのだ。
(なるほど。いきなり魔王城が現れたのには、そういう背景があったのかもしれないな)
そこまで聞いたところで悠斗は、今回起こった一連の事件についての大まかな推測をつけていた。
伝説の英雄、アーク・シュヴァルツの話によると、この世界が闇に飲まれるまでには、まだ50年もの猶予が残されているはずなのだ。
もしもルシファーの取ったイレギュラー行動が、闇の浸食に拍車をかけるものだったとしたら?
突如として魔王城なるものが現れたのにも納得が行くものがあった。
「ん……? 待てよ。その、ルシファーってやつが、ここに突き落とされたのと、ベルが今ここにいることにあるんだ?」
「アハハ……。そこはまあ、色々と事情があったのです。ラヴ。アタシの記憶をユートさまに見せてあげて!」
ベルゼバブが命令を下した次の瞬間。
突如として、何処からともなく現れた出現した魔人ラヴは、悠斗の視界を両手で塞ぎ始める。
「…………!?」
次の瞬間、悠斗の視界は、再び闇の中に包まれて行くのだった。