復活の堕天使
一方、時刻は悠斗が因縁の宿敵、アーク・シュヴァルツを打ち破ったのと同時刻。
ここは世界に3つしかない《冥府の扉》を開けた先にある『魔界』と呼ばれるエリアである。
魔界の中でも最も立派な建築物である《アインヴィッシュの城》という場所がある。
今現在。
邪神アスタロスの復活を控えて、《アインヴィッシュの城》の中には、4人の大物たちが集結していた。
「ふぉふぉふぉ。この反応、もう直ぐじゃ。もう直ぐ邪神様が目覚められる……!」
邪神の眠る《深淵の穴》の前に立ち、不敵な笑みを零す男の名前は《悪魔宰相》――ハーディスである。
かつて七つの大罪を指揮する立場にあったハーディスは、魔界の最高権力者として魔族たちの中でも頂点に君臨していた。
「なあなあ。ジイチャンー。邪神様の復活はまだなのかよー? オイラ、待ちくたびれちまったぜ」
プカプカと宙を漂いながら、不満そうに口を尖らせているのは火の精霊、イフリートである。
半袖半ズボンの少年風の外見に騙されてはならない。
希少種族《精霊族》のイフリートは、この世界を3000年以上も生き長らえた存在であり、世界最強の火魔法の使い手として知られていた。
「はあ。アンタってば、本当にガキね。黙って待てないのかしら」
熱心に手鏡を見つめながら、化粧を続けているのは、水の精霊、ウィンディーネである。
外見だけで判断するなら、十代の少女にしか見えないウィンディーネであるが、実のところ齢5000年を超えており、世界最強の水魔法の使い手として知られていた。
「お前たち。邪神様の御前であるぞ。少しは慎みを持たないか!」
自由奔放な2人の様子に異議を唱える男は、風の精霊、シルフである。
長身痩躯。質実剛健。
精霊族の中でも最年長と目されるシルフは、齢10000年以上の時を生き長らえた傑物であった。
火、水、風。
3つの魔法属性において、それぞれ最強と呼ばれる3人は、《精霊王》と呼ばれて、魔界の中でも最高クラスの戦闘能力を持った実力者であった。
「とうとう闇の時代になるんだな。オイラ、待ちくたびれちまったぜ!」
「はあ? 何を言っているの? アンタは別に闇の周期を経験していないじゃない! まあ、アタシもそこは同じなわけだけど……」
多少のバラつきこそあっても、光の時代と闇の時代は、それぞれ10000年を周期に入れ替わるという法則があった。
精霊族の中では、比較的、新しい時代に生まれたイフリートとウィンディーネは、闇の時代を過ごした経験がなかったのである。
「静かに。2人とも。どうやら邪神様が目覚められたようだ……」
4人の中で最も早く邪神の気配を感じ取ったシルフは、周囲に向かって注意を促した。
部屋の中に緊張の空気が走る。
邪神アスタロスの眠る《深淵の穴》から、未だかつてないほど強烈な闇の気配を感じ取った4人は、座して復活を待つことにした。
「ウガガガガッ! ウワアアアアアアアアアアアアアアア!?」
異変が起きたのは、その直後であった。
唐突に奇声を発したハーディスは、表情を苦痛に歪めると地面の上に膝を突くことになる。
それは殺気だった。
穴の中から『それ』の放つ、強烈な殺気を一身に浴びることになったハーディスは満足に呼吸をすることすらも難しい状態に陥ってしまったのである。
「お、お主は……! 一体何故……!?」
目の前で起こっている現実を受け止めることができない。
深淵の穴から這い上がってきたその男は、ハーディスにとって予想外過ぎる存在であった。
「ど、どうして貴様がそこにいるのだ!? ルシファー!」
その男、ルシファーは《七つの大罪》と呼ばれて、かつてハーディスの右腕として働いていた男であった。
ハーディスの裏切りにあったルシファーは、邪神の復活を早めるための『生贄』にされたはずであった。
「ハハハ……! ついに……やったぞ……。オレは地獄の穴から生還を果たしたのだ……!」
ハーディスの疑問に男が答えることはない。
虚ろな表情を浮かべたルシファーは心此処にあらずといった感じで、その場に立ち尽くしているようであった。
(グッ……! ここは殺るしかあるまい……!)
色々と尋ねたいことはあったが、何より優先するべきは自分自身の安全を確保することだろう。
目の前の男を《深淵の穴》に突き落としたのは、他でもないハーディス自身だった。
何よりもルシファーの復讐を恐れるハーディスに残された選択肢は、1つしか存在していない。
「やれ! お前たち!」
この状況を千載一遇の好機と捉えたハーディスは、精霊王たちに命令を下すことにした。
「らじゃ」「仕方ないわねえ」「御意」
ハーディスの命令を受けた《精霊王》たちは、それぞれ、火・水・風の魔法をルシファーに向かって使用する。
シュオオオオオオオオオオオオオオオオン!
ドガガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
世界最高峰の魔法能力を誇る《精霊王》たちの攻撃がぶつかり、周囲の景色は一面の焼野原に変わっていた。
いかにルシファーが強力な魔族であっても、精霊王たちの攻撃を食らって生きていられるはずがない。
少なくともハーディスは今この瞬間まで、そんな風な確信を抱いていた。
だがしかし。
白煙が引いて、視界が開けたものになると、そこにあったのは、俄かには信じ難い光景であった。
「ふんっ。こんなものか」
驚くべきことに退屈そうに呟いたルシファーの体は、傷一つ付いていない状態であった。
「さあ。今度はこちらの番だ――!」
不敵な笑みを零したルシファーは腰に差した剣を抜く。
「ぐぎゃっ!?」
最初に体を切り裂かれたのは、イフリートであった。
順番には特に理由はない。
偶然、一番近くにいたからという、たったそれだけのことであった。
大きく体を横に引き裂かれたイフリートは、カエルが潰れたかのような悲鳴を漏らす。
「えっ……!?」
返す刀によって斬り付けられたウィンディーネは、間の抜けた声を漏らしていた。
自分が『斬られている』ことすら気付くことなく絶命したウィンディーネは、そのまま体を縦に裂かれることになった。
「ぬわあああっ!?」
精霊族最強と呼ばれたシルフに関しても同様である。
ルシファーの持つ圧倒的な力を前にしたシルフは、一歩も体を動かすことすらできずに斜めに体を切り裂かれることになった。
「き、貴様……。その力は一体……!? 邪神様を何処にやったのだ!?」
立ち上がろうとしても思うように体に力を入れることができない。
ハーディスは湧き上がる恐怖心に抗いながらも、やっとの思いでそんな言葉を口にする。
「ああ。邪神ならオレが食ったよ。この力は奴から授かったものさ」
「き、貴様……。何を言って……」
次の疑問を口にしようと瞬間。
ハーディスの視界は回転して、宙に向かって首が飛んでいくことになった。
魔界最高の権力者と目されたハーディスの唯一の誤算――。
それは地獄に追いやられて、生きようとするルシファーの執念が、休眠中の邪神の力を上回ったことであった。
邪神を食らい、力を取り込むことに成功したルシファーは、最強の力を身に着けて、地獄からの生還を果たしたのである。
「ふふふ。素晴らしい。全身に力が溢れてくるぞ……! これからはオレが、この世界を統べる王となるのだ……!」
全ての生涯を薙ぎ払ったルシファーを止められるものは存在しない。
新たな力を手に入れたルシファーは独り、暗闇の中で呟くのだった。




