対決! ナンバーズ!
「さあさあ。ユート君。早く席に着きなよ。今日はキミの歓迎会を開くために皆に集まってもらったんだからさ」
そう言って悠斗に、気さくに声をかけてきたのは、ナンバー【01】の男、シンであった。
異様な雰囲気を纏った人間が多いナンバーズの中にあって、シンだけは、ごくごく平凡な少年の外見をしていた。
「ほら。せっかくの料理が冷めちゃうよ」
せっかくの誘いなので指定された席に座ってみる。
会議室の中にあった唯一の空席には、背もたれにナンバー【08】という文字が書かれていた。
この時、悠斗にとって知る由のないことであったが、今回のイベントに呼ばれたのはナンバーズという組織が『入れ替わり制』を採用しており、メンバーの欠員が出た場合、その人物を倒した人間が組織に招かれるという制度を採用していたからであった。
(お~! なんだか知らないが、うまそうな料理がたくさん並んでいるなー!)
テーブルの上に並べられていたのは、パスタ、ピザなどを主食にした所謂、イタリア料理っぽい雰囲気の御馳走であった。
ただし、そのどれもが悠斗の知っているイタリア料理とは少し違う。
微妙にアレンジが施されている、いかにも手間がかけられていそうな品々であった。
「はいはい! 皆、注目! ナンバーズの規定により、ユート君を新しいメンバーに加えようと思います。皆の中に反対意見の人はいますかー?」
「「「…………」」」
シンが語り掛けた次の瞬間、会議室の中の雰囲気は一気に静まり返る。
それぞれの胸の内は分からないが、ただ1つ確実に言えることは、悠斗の加入はあまり歓迎されている雰囲気ではないということであった。
「ハッ……! 異論だとぉ? そんなもん、あるに決まっているだろうが!」
沈黙の空気を最初に壊したのは、金色の長い髪を持った人相の悪い男、ジャレット・ジャクソンである。
ナンバーズにおいて、ナンバー【04】の地位を与えられる実力者であり、前世では天才料理人としての記憶を持った男であった。
「グレゴリーの能力は、そもそもタイマン向けのもんじゃねえ。アイツを倒したくらいで、図に乗ってもらっては困るぜ……!」
同じ無法者同士、ジャレットにとってグレゴリーは、組織の中で最も気の合う仲間であった。
悠斗の存在は、友の仇に他ならない。
最初からジャレットの中には、悠斗のことを快く迎え入れる気はなかったのである。
「テメェは器じゃないんだよ!」
激昂したジャレットは、テーブルの上に置かれた鉄板を素手で取り、勢い良くひっくり返す。
瞬間、ジュウジュウと熱気を帯びた料理が、一斉に悠斗の頭の上に降り注ぐことになった。
「ハハッ! 出直してきな! お前にはオレ様の作った料理を食らう資格はねえよ!」
上機嫌に高笑いをするジャレットであったが、不意に違和感を覚える。
「なにっ……!?」
降り注ぐ料理が悠斗の頭上に接触する寸前。
ぶちまけられた料理は、重力を失ったかのようにプカプカと宙を漂うことになる。
ラクト
(対象の重量を下げる魔法)
物体の重量を軽くする効果のあるラクトの魔法は、悠斗が使用する《飛行魔法》に応用されているものであった。
この魔法と《風魔法》を組みわせることによって悠斗は、飛んできた料理が床に落ちる前に回収することに成功していたのである。
「やれやれ。自分の作った料理を無駄にするとは、料理人の風上にも置けないやつだな」
悠斗の使用した《浮遊魔法》によって、プカプカと宙に漂うパスタは、まるで意思を持ったかのように皿の上に戻っていくことになる。
「ハハッ……! このクソガキが……!」
自らの内より湧き上がる殺意の感情を抑えることができない。
料理人として高いプライドを持ったジャレットにとって、悠斗の挑発は許容できないものであった。
「決めた……! お前は今この場で、オレ様が調理してやるよ!」
懐に仕舞っていた出刃包丁を手にしたジャレットは、即座に臨戦態勢に入る。
瞬間、ナンバーズのメンバーの間に緊張が走った。
ジャレットの能力に巻き込まれることを警戒したものたちは、素早く席を立って、安全地帯に避難を始めていた。
「バカ! やめろ! ジャレット!」
「沈めっ! チョコレートの海へ!」
ジャレットが高らかに叫んだ次の瞬間。
悠斗の足元はグニャグニャと覚束ないものになって行き、バランスを取ることが敵わなくなってしまう。
(ぬおっ……! な、なんだこれ……!?)
ドロドロとした茶色の液体が、悠斗の体を少しずつ地面の中に引き吊り込んでいく。
足掻けば足掻くほど足を取られて、底なしの沼に沈んでいくかのようであった。
自らがチョコレートの中に沈んでいると気付いたのは、既に頭が半分沈んでいる時のことである。
「おーい。ジェネット。だから、アジトの中で能力を使うのは禁止にしていたろ? キミの力で食材に変えたものは、もう二度と元の状態に戻せないんだからさ」
「ほえ~。後で修理する人間のことも考えて欲しいんだなぁ」
地上に取り残された人間たちが何か喋っているような気がしたが、チョコレートの沼に全身を取り込まれた悠斗の耳では聞き取ることができなかった。
(な、なんじゃこりゃー!)
悠斗は絶句していた。
頑張って泳ごうとしても全く浮かび上がることができない。
ジャレットが作り出したチョコレートの沼には、動けば動くほど対象を地の底にまで沈める効果が存在していたのである。
(それなら……!)
自力で浮かぶ上がることが困難と考えた悠斗は、あえて体の動きを停止させて、沈下のスピードを抑えることにした。
次に悠斗が使用したのは、自宅の風呂場の中で編み出したオリジナルの魔法である。
ズゴゴゴゴッ!
悠斗は水魔法ウォーターを使用して自らの口の周りに小型の渦潮を発生させる。
口の中から伸びた渦潮は、まるでストローのようにして悠斗と元いた部屋を繋いでいく。
最後に風魔法を使用して渦潮の中の空気の循環を活性化させれば、《潜水魔法》の完成である。
(よし。これで冷静になれた……!)
大きく深呼吸した悠斗の思考は、次第にクリアなものになっていく。
脳に酸素が行き届かない状態が長く続けば、必然的にパニックが起きるリスクが跳ね上がってしまう。
人間の呼吸と精神状態というのは、それだけ密接に関わっているのである。
だがしかし。
いかに酸素を得られるようになったからと言って、のんびりしているわけにはいかない。
今こうしている間にも悠斗の体は、刻一刻とチョコレートの沼の中に沈んで行っているのである。
(――《飆脚》!)
そこで悠斗が使用したのは、風魔法による高速移動術《飆脚》であった。
足の裏に風魔法を発生させて、爆発による衝撃で移動するこの技は、異世界に召喚されてから編み出した悠斗のオリジナル武術でもあった。
足元で風のエネルギーを素早く貯めた悠斗は、一気にそれを爆発させる。
ドガッ!
シュオオオオオオオオオオオンッ!
瞬間、轟音。
風の力を借りることに成功した悠斗は、一気に沈みかけていた体を浮上させる。
最初の頃は自傷ダメージが気になる《飆脚》であったが、風耐性のスキルが向上してきた今となっては、気軽に使用できるようになっていた。
「ふう。助かったー」
無事にも元いた部屋に戻ることに成功した悠斗は、ホッと一息を吐く。
危なかった。
事前に《潜水魔法》の開発に成功していたからこそ窮地を逃れたが、もしも酸素を吸えない状況が長く続いていれば、そのまま底なしの沼に沈んでいたかもしれない。
「なにっ……!」
ジャレットは戦慄していた。
未だかつて能力を使って奈落に沈めた人間が浮上してきた人間がいただろうか?
必殺の一撃を返されたジャレットは、益々と警戒心を強めることになっていた。
「お前の能力かこれ?」
指に付着したチョコレートを舐めとりながらも悠斗は言う。
「顔の割に可愛い能力を使うんだな。お前」
「――――ッ!?」
強面の男が使用する能力がチョコレートというのは、あまりにもミスマッチに過ぎる。
素直に思ったことを口にすると、ジャレットの顔がグニャリと歪んでいくのが分かった。
「ハハッ! 面白れえ! お前、よほどオレ様に調理されたいらしいな!」
額に青筋を浮かべたジャレットは、包丁を手にして、今にも斬りかかってきそうな圧力を醸し出していた。
「まあまあ。その辺にしておきなよ。2人とも」
一触即発の雰囲気の中で、二人の仲裁に入ったのは、ナンバー【01】の男、シンであった。
「困ったね。オレとしては、皆に仲良くして欲しいんだけど……」
微塵も困った様子のない平然とした表情でシンは続ける。
「けれど、ジャレットの言うことにも一理ある。どうだろう? ここは1つ、新入り君の覚悟を見るためにテストをすればいいんじゃないかな」
「テストだと……?」
「うん。ルールは簡単。新入り君とジャレットが2人で戦って、勝った方が負けた方の言うことを聞くんだ。どうだい。シンプルだろう?」
「ハハッ! 流石はリーダー。話が分かるじぇねえか!」
シンの言葉を受けたジャレットは、上機嫌にギザギザとした歯を鳴らす。
この場に集まった人間の中に反対意見を唱えるものはいなかった。
ナンバーズ最強と謳われたシンの言葉は、個人主義者の多いグループの中でも大きな影響力を持っていたのである。
(う~ん。なんというか、面倒なことになっちまったな)
悠斗としてはルーシーのような美少女とお近づきになれれば、と思って、引き受けた話だったのだが、成り行きによって厄介な決闘を申し込まれることになってしまった。
だがしかし。
悠斗の中にはここで断ると言う選択肢はなかった。
仮に勝負を断ったところで、無事で帰らせてもらえる雰囲気ではない。
ナンバーズを脱退するにしても、悠斗がこの場所を訪れた最大の目的である『情報収集』が済んだ後からでも遅くはないだろう。




