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(008) 最善の選択

 

   7


 後日、マッカが竜型機動兵器(ドラグーン)の機体調整を行っていると、後部座席にセーナが現れた。

「こっちは俺がやるって言ってんだろ」

「……信用できるか、最終調整は私が行う」

「あんたは他の仕事があるだろうが」

 具体的に言うと、修理不可能なはずのジャンプ・ドライブを修復し、反応炉の一基を爆弾へと改造し、ベルゼブルの航路を特定しなければならない。

 悔しいが、このうち唯一マッカにも手を出せるのが、ドラグーンの機体調整だけだった。

「言っとくが、メインパイロットは俺がやるからな」

「私が」

「だから、あんたには他に仕事があんだろうがよ!」

 この女は、どうしてこう何もかも自分一人だけの力でやろうとするのだろうか。

 そんなに他人のことが信じられないのだろうか?

 無理もないと言えば、そうかも知れない。

 確かに彼女は普通の一般人たちとは、まったく別の生き物だから。

 彼女にとっては当たり前のことでも、ほとんどの一般人には実行不可能なことが山ほどあるだろう。そんなものを信用できるはずもない。

 思えば、マッカ自身もあまり他人を信用したことってなかった気がする。実際、周りにいた人間のほとんどがバカばかりだった。

 つまり、いまのセーナは自分のことをそんな風に思ってるのだとわかって、マッカは非常に腹が立った。

「舐めんな。本気で助かる気があるなら、ここでベルゼブルを殲滅するしかないってことくらい、俺にだってわかる」

 後部座席の様子をモニターに映すと、セーナは何故か不満そうに頬を膨らませていた。

「本来、パイロットは私一人で充分だ。……おまえは必要ない」

「信用できねえな。だから、俺も行く」

 マッカは、わざとらしく嫌みっぽく言い返してやった。

 セーナは後部座席から身を乗り出し、「むっ」とした様子で言い返した。

「無駄におまえまで危険を冒す必要はないと言ってるんだよ」

「無駄じゃねえだろ? たとえ、本当にあんた一人で全部が可能だったとしても、作業を分担した方が時間が早く済む。重要なのは、そこだ。ベルゼブルの繁殖範囲が一定を超えれば反応炉を使っても殲滅できなくなっちまう。ヘンな意地張ってるわけでも、あんたへ同情してるわけでもねえ。俺はただ最善の方策を言ってるんだ。メインは俺がやる。これが最善、何処か間違ってるかよ?」

 セーナは眉根をきつく寄せて、ますます不満げな顔になったが、何も言い返さず後部座席へ座り直した。

「……ふんっ」

 たぶん、いまのが彼女にとっての最大級の承諾の返事なのだろう。

 可愛くない女である。

「……確かに、何処も間違えていないよ。それが最善の答えだ。だが、おまえにわかるとは、思わなかった」

 実際、〈クリスティナ〉の乗員の九割以上がセーナの提案に反対している。〈クリスティナ〉の損傷はひどいし、乗員の半数以上が素人なのだ。それで攻撃を仕掛けに行こうなんて、賛成する方がどうかしているのかも知れない。

「俺は、特別なんだよ。そのヘンのザコと一緒にすんな」

「……そうか、特別か。……おまえも」

 セーナはかぼそくつぶやき、視線を伏せた。

 なんだか、らしくない反応である。

 何か考え込んでる風だが、声を掛けるのも彼女のことを気にしてるみたいで癪なので、構わず作業を続けることにした。

「おい、おまえ……、その……、なんだ」

 急に座席が蹴られる。何事かとモニターへ視線を向けると、セーナは何故か落ち着かない様子で何かを言おうとしていた。

「……彼女とかいるのか、おまえは」

 なんだその質問。

 いきなりわけのわからないことを言われて、マッカは頭が真っ白になった。

「いたら志願なんかするわけねえだろ」

「……そうか。……そうだな」

 セーナは、「ほっ」と溜め息を吐いて頬を緩めた。

(なんだよ、それ。なんでちょっと嬉しそうなんだよ)

 意味がわからない。

 いや、わかるが。

 わかるから、わからない。

 いや、わかるのだが、そんなはずはないというか。

 意味はわかるが。その解釈は間違ってるだろうということもわかるというか。

 わかるが、わからないが、わかるというか……。

 つまり、なにがなにやら、サッパリなのだ。

 混乱しているマッカを他所に、セーナはまたいきなり勝手なことを訊いてきた。

「共同で犯罪を行った二人が捕まった。このとき、二人ともが黙秘したら二人とも懲役二年。もし二人ともが自白したら二人とも懲役十年。だが、おまえだけが自白したらおまえだけは刑を一年に減刑される。ただし、共犯者だけが自白したら、おまえの方は懲役十五年だ。……最善の選択はどちらだ?」

「今度はなんだ、いきなり」

「いいから、答えろ」

 意図はよくわからないが、質問の内容は知っている。

「囚人のジレンマ」という奴だ。

 もし、共犯者が黙秘した場合、自分が自白すると一年、黙秘すると二年。

 もし、共犯者が自白した場合、自分が自白すると十年、黙秘すると十五年。

 つまり、どちらの場合でも自白した方が得ということになる。

 だが、実際には共犯者も同じように自白を選ぶから、結果は懲役十年になる。

 最適な選択を選んだつもりが結果としては最善の結果が得られないというジレンマだ。

「……黙秘だ」

「理由は?」

「看守は敵だ。それがわかれば、黙秘しかねえだろ」

「質問の何処に看守なんか出てきた! 勝手に問題を改造するな!」

「なら、問題が敵だ。初めから自白させようって問題だろう。底にあるのが蟻地獄だとわかっていれば、無駄だと思ってもあがくしかねえ。だから、黙秘だ。俺はぜったい自白なんかしねえ」

「バカめ……。問題に敵も味方もあるか。話をすり替えるな」

「そういうあんたはどっちだよ?」

 セーナは、忌々しげにこちらを睨み付けて、呟くように答えた。

「……黙秘だ」

「理由は~?」

 ちょっと嫌みっぽく聞き返してやる。

 セーナは、「おまえとは違う」という風にそっぽを向いて答えた。

「私も共犯者も最善の答えを選ぶと仮定した場合、当然、二人の答えは一致することになる。このとき、自白が最善の答えだと私の懲役は十年。黙秘が最善の答えだと私の懲役は二年。ならば、答えは当然、黙秘だ」

 論理的な答えに聞こえるが、根本のところに間違いがある。ある意味、例題の上でのみ成立するが。 

「一致するとは限らねえだろ」

 人間の感情とか浅慮さをまったく考慮に入れてない解き方だ。たとえば、感情を持たない電子頭脳や彼女の作ったエルが相手なら成立するかも知れないが、普通の人間では、それほど完璧な答えを出せるわけがない。

「そうだよ。人間が危機的状況で二つの選択を迫られたとき、選ぶのは『最善』ではなく『無難』だからな。決して、私の選ぶ答えとは一致しない。誰も」

 セーナは何処か遠くを見つめ、呟く。

 一つ息を呑み、モニターへ視線を合わせる。

「……だが、おまえは……」

 何故か頬を赤らめ、恥ずかしげに視線をそむける。

「……おまえは、一致した。……思考の過程は、ともかく」

 マッカは何とも答えられず、黙ってセーナの話を聞くしかなかった。

「……初めてだ。こんなことは」

 ガッコン! と、いきなり座席が倒され、仰向けになってしまう。

 起き上がろうとする肩を押しとどめられ、顔をじっと覗き込まれた。

 逆さに見上げるセーナの顔。

 綺麗だが、普段と比べるとちょっと歪んでいて。

 すこし表情が硬いというか、上気しているというか。目頭は潤んでいるようにも見える。

 はかなげなのだ。

 いつも自信たっぷりで、世界中のすべてを敵に回してもビクともしないとでも言うような不敵な顔をしているくせに。いまは、ほんのすこし触れ方を間違っただけで壊れてしまいそうに頼りない。

 ところで、いま、自分の方はどんな顔をしているのだろう?

 ひょっとすると、自分も同じような顔をしているのかも知れない。

 マッカは、意識して感情を顔に出さないように気をつけた。

 動じずに、ただまっすぐに見つめ返す。

 徐々に、セーナの鼻の先が近づいてくる。

 中指ほどの距離から、人差し指ほどの距離。薬指ほどの距離。そして、小指ほどへの距離へと。

 徐々にだが、――そして。

(や、やる気なのか……)

 覚悟を決めて、まぶたを閉じる。

 だが、いつまで待ってもその瞬間はやって来なかった。

 ちらりとまぶたを開けると、セーナは顔を真っ赤にして身体を引き、思い切り前部座席を蹴り飛ばした。

 ガッコン! と、いきなり座席が元に戻ってマッカは正面のモニターに頭をぶつけてしまった。

「なんなんだよ! いきなり」

「シャ、シャワー……、浴びてなかった」

「はぁ?」

「……迂闊だった。私はこの三〇時間ずっと再設計をやってたんだ……。くっ……。……に、に、におったか?」

「別に」

「肌も荒れてる! 髪の艶もない。(くま)だって出来てるだろう!」

「だから、そんなの別に」

「黙れ、黙れ! 何も言うな。いま一言でも余計なことを言ってみろ! おまえを殺して、私も死ぬ!」

 セーナは懐からビームガンを取り出すと、素早くマッカの後頭部へ突き付けた。

 そうとうな興奮状態のようだ。本当に撃ちかねない。

 マッカは渋々両手を挙げて、ホールドアップした。

「お、お、お、覚えていろ……。いつか、復讐してやる……」

 セーナは何故か、いまさらノートパッドで顔を隠して、キャノピーを開きドラグーンから降りていった。

(……なんのことやら……)

 たぶん、寝てないせいだろう。明日になれば、正気に戻ってるはずだ。

 ……たぶん。

 マッカは都合良く勝手に結論付けて、作業に戻った。

 

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