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友情の証

 私は慌てて来た道を戻っていた。

 お気に入りのボールペンをさっきの特別教室に忘れてきたのだ。

 さっきの授業は今日最後の授業で、この後は掃除がある。

 ゴミと思われて捨てられでもしたら大変だ。


 あのボールペンはインクが切れてもう書けないけれど、仲良しの子とお揃いで買った大切な物で、絶対に無くしてはならない。

 逸る気持ちが駆けだしたい気持ちを煽るけど、学校の廊下は走ることを禁止していたし、私は走るのも得意じゃない。

 なるべく早く足を動かして、理科室を目指す。


 すでに掃除を初めている生徒達が、掃除そっちのけで遊んでいる男子達が、私の行く手を遮る様に現れてはぶつかりそうになる。

 この人たちが掃除を始めているということは、特別教室の掃除だって始まっているかもしれない。

 私はついに堪え切れなくなって、得意ではないけど走って理科室へと向かった。


 理科室では、すでに掃除が始められていた。

 下級生の子達が一生懸命掃除をしている。

 私は息切れを整えながら、ゆっくりと自分が使っていたグループテーブルに向かって歩き出した。

 理科室へ入った瞬間にテーブルの上は確認した。ボールペンは――無い。


 あとはグループテーブルの下にある、実験中に教科書やノートを避けておく小さな棚の中にあるかもしれない。

 テーブルの下にある棚を確認する。ボールペンは――ここにも無い。


 そうなると、あとは床に知らぬ間に落してしまった可能性だ。

 私は、膝が床に付かないようにしゃがみ込むと、目を皿のようにして周囲の床に転がっているであろうボールペンを探す。

 ボールペンは――無い。どこにも無い。


 理科室に到着した時、すでに掃除は始められていた。

 もしかしたら、この下級生の子達が見ているかもしれない。ゴミと間違えて捨ててしまったかもしれない。

 あまり初対面の人と話すのは年下でも苦手なんだけど、私なりに気合を入れて問いかけてみた。


「あ、あの、ボールペン落ちて、な、にゃかった?」


 噛んだ思いっきり噛んだ。しかも言い直したにも関わらず噛んだ。

 下級生達は堪えられないようにクスクスと申し訳ないような顔をしながら笑いだしていた。

 一人の子が一歩前に出て、私の質問に答えてくれた。


「落ちてましたよ。ボールペン」

「ほ、ホント!?」


 私は見つけた! と気持ちが落ち着いていくのを感じた。

 そして、その子が続けた言葉に絶句した。


「プラスチックの部分が割れてるボールペンだったし、試しに書いてみたけどインクが出なかったので、ゴミだと思って捨てちゃいました」


 私はそれを聞いた瞬間、ゴミ箱に飛びつくように覗きこんだ。

 何一つ入っていないゴミ箱。ビニール袋すら掛かっていない。つまり――


「もう当番の子が焼却炉に持っていっちゃいましたよ?」

「ま、まだ掃除終わって無いじゃない!?」


 私の声が思いの外大きい物だったので、少したじろいだように後ろにいた子に視線を向ける下級生。

 視線を受けた子が代わりに答えた。


「掃除が終わってから捨てに行くと、時間が掛かってしまうので、目に見える大きなゴミだけ集めたら、先に捨てに行っちゃうんですよ」

「ワタシ達も早く帰りたいですからね」


 言葉を引き継いで最初の子が補足を加える。

 別に彼女たちを責めたいわけじゃない。同じ状況なら私も同じようにするだろう。


「そ、そうだよね。あり、ありがと!」


 私は下級生達に軽く頭を下げて、焼却炉に向かって走り出した。

 燃やされでもしたら取り返しがつかない。

 昇降口から外履きに履き替えて、焼却炉に向かう。


 焼却炉では、何人かの生徒が次々とゴミ箱の中身を焼却炉に放り込んでいるのが見えた。

 理科室と書いてあるゴミ箱のゴミ袋を取り出している生徒が目に飛び込んでくる。

 その生徒は慣れた手つきでゴミ袋の口を縛り、振り子のように勢いをつけて焼却炉の口へと放り込んだ。


 声を掛ける暇も無かった。


 轟々と燃える焼却炉の炎を呆然と見つめる。

 友達とお揃いで買ったボールペンは、きっと視線の先にある炎にさらされている。

 パチっという炎で何かが弾けるような音を最後に、私は自分の教室へと戻っていった。


 教室には掃除を終えて談笑するクラスメイトが、帰りにどこに寄っていくかと言った楽しそうな話をしていた。

 ホームルームが終了して、重たい気持ちを引きずるように立ち上がると、目の前にお揃いのボールペンを買った女の子が立っていた。

 私は、早く謝らなければならないと思って謝罪の言葉を絞り出した。


「あ、あの、私……ボールペンね……」

「手、出して」


 私の小さな謝罪の言葉を遮る様に言う、彼女の言葉に素直に従って掌を弱弱しく差し出す。

 すると


 コロッ


 私の触覚には、馴染みのあるプラスチックの感覚があった。


「コレ……どこに?」

「理科室に忘れて行ったの見えたんだ~。だから回収しておいた! いつまでも帰ってこないから中々渡せなくてさ」


 私は思わず、彼女に抱きついていた。


FIN

お題

「触覚」

「ボールペン」

「理科室」

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