第45話 乾杯と旅立ち
宴もたけなわとなり、少しだけ喧騒から離れたアリエラが、静かに夜空を見上げた。
彼女は木製の杯に透き通った果実酒を注ぐと、胸の高さまでそっと持ち上げた。
(……ショーヤン)
脳内に、優しく、そしてどこか照れくさそうなアリエラの声が響いた。
〈ん?どうした、アリエラ。唐揚げの揚げすぎで疲れたか?〉
(違うわ。……乾杯よ)
彼女は心の中で、俺に向かって杯を掲げた。
(今日、この場所にこんなにもたくさんの人が集まって笑ってくれているのは……全部、あなたのおかげよ)
〈よせやい。俺はただ、飯を美味くするコツをちょっと教えただけだ。お前が勇者として、みんなを惹きつけた結果だろ〉
俺が照れ隠しにそう返すと、アリエラはふふっと小さく笑い、首を横に振った。
(でも、あなたは失敗しても、それを美味しいものに変える方法を教えてくれた。完璧じゃなくてもいい、弱くても誰かに頼っていいんだって。私を縛っていた重い鎧を脱がせてくれたのは、あなたよ)
(私が『万象宝典』で召喚したのが、完璧な大賢者ではなく、あなたで本当によかったわ)
その真っ直ぐな感謝の言葉に、俺の魂が大きく揺さぶられた。
ただの定食屋の店員だった俺が、異世界で最強の勇者の魂を救うことができた。
その事実が、たまらなく嬉しかった。
〈……ああ。最初は料理しか取り柄のない俺なんかが勇者の役に立つわけないって腐ってたけどな。でも、不器用なお前が少しずつ仲間と笑い合えるようになっていくのを見て、俺はこの世界にいる意味を見つけたんだ。最高の勇者を支える専属料理長になれて、俺もここに来てよかったって心から思ってるぜ〉
(ふふっ、お互い様ね。……ありがとう、私の最高の料理長殿)
物理的な杯を交わすことはできないけれど、俺たちの心は確かに触れ合い、同じ未来を見つめていた。
+++
宴の翌日。
帝都の空は青く澄み渡り、新たな旅立ちを祝福しているようだった。
ゼルギウスを討ち果たし、『万能の霊髄』を手に入れたとはいえ、魔王軍との戦いが終わったわけではない。
残る三人の四天王、そして常世の魔王ディザスターの脅威は未だ世界を覆っている。
そして何より、俺を受肉させるための『神の肉体生成ポーション』の素材集めの旅も、まだ始まったばかりだ。
『千年白樹の樹液』『始源の粘土』『世界樹の湧水』『深層湧水』……どれも一筋縄ではいかない伝説の素材ばかりである。
「準備はいいにゃ、アリエラ様!」
「お薬の補充も完璧です!」
真新しい旅の装備に身を包んだチェルシーとリコが、元気よく声を上げる。
足元では、クロワッサンが「早く行こうぜ」とばかりにワンッ!と吠えて尻尾を振った。
「ええ、行きましょう」
アリエラが力強く頷く。
その背中に、かつて全てを一人で抱え込み、死に場所を探すように戦っていた「孤独な処刑人」の姿はもうない。
彼女の隣には、どんな罠も解除する頼もしい斥候がいて、どんな傷も癒やす天才薬師がいる。
少し離れた場所には、最強の盾となる重盾士がいて、いつでも物資を支援してくれる豪商や神官たちがいる。
そして、彼女の頭の中には――この俺がいる。
(ショーヤン。私たちの旅は、まだまだこれからよ)
〈ああ。どんな過酷な場所でも、俺が最高のレシピで胃袋を満たしてやるから安心しろ!〉
アリエラは白銀の大剣を背負い直し、帝都の巨大な門を見据えた。
その瞳には、未来への希望が満ち溢れている。
(早くその身体を手に入れて、私の目の前で腕を振るいなさい。あなたが作ってくれるという究極の『テイショク』……私、すごく楽しみにしているんだから)
〈おうよ!俺の最高傑作の生姜焼き定食を食わせてやるから、首を長くして待ってろ!〉
「ふふっ……ええ、約束よ」
アリエラは口元に柔らかな笑みを浮かべ、誰に言うでもなく呟いた。
彼女は、俺と共に歩む未来へ向けた力強い第一歩を、迷いなく踏み出した。
美味い飯と、かけがえのない仲間たち。
異世界に転生して最強女勇者の脳内居候になった俺の、最高に美味しくて賑やかな冒険は、これからもずっと続いていく。
第1章 完
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