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人類の罪  作者:
止まっていた時間
46/89

番外編 〜抹茶チーズケーキ〜

「ハク、ほら早くこっち来いよ。」


顔を上げると、そこにいたのは久遠と真美だった。


僕は2人の所を歩き出す。


「ハクちゃん。これ作ったのよ、よかったら食べて。」


そう言った真美は僕に笑顔でケーキを渡す。


「いや、甘いの苦手で……。」


「何言ってるんだぁ、俺の愛妻のケーキが食べられないだと〜。」


そう言って久遠が僕のそばまで来て、ケーキをフォークで掬い、僕の口の前で止める。なんだろうと見ていると、


「ん?あーんだよ。」


そう言われて僕は口を開く。


……あ、甘い。


そう思っていると、そばで真美がガッツポーズしていた。


そして、空を仰いで「ごちそうさまです。」と何やら拝んでいる。


そんな日常が僕には嬉しかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……………。」


夢か……


俺は無性に寂しくなった。


久遠も真美もいない……でも、きっと久遠はクローンを作っているはず。


俺は絶対見つけるから。


そう考え事をしていると、部屋の外に人の気配がした。


「東雲様、お目覚めですか?」


声を掛けて来たのは、研究を支援している富豪の1人。俺を引き取った人でもある。


「あー。」


ベッドの上で返事をすると、富豪が入って来た。


「東雲様、今日は何をされるご予定ですか?」


富豪のこいつは久遠の熱烈なファンだった。クローンによって娘が助かって以来、ますます研究にのめり込んでいた。


俺が答えずにいると、富豪が少し迷ったように口を開く。


「もし、ご予定がなければ、一緒に……。」


富豪が言い切る前に、俺が口を開く。


「今日も久遠を探す予定です。その後は、新しく開いた北海道のホテルに行って、視察します。帰りは明後日になるかと思います。」


そう言うと富豪は口を閉じる。そして、やっと出た言葉が、


「左様でございますか。では、せめてこれだけは持っていってください。」


そう言われて渡されたのはクレジットカード。


「いくら使っても問題はございません。必要な物があれば気にせずに使ってください。」


そう言って富豪は部屋を出て行く。


俺はその後ろ姿をただじっと見つめていた。


きっと、あの人は俺を家族として見てくれている。


そんな事は分かっている。

でも……まだ俺は止まる訳にはいかない。


富豪が部屋を出た後、俺は枕元にあるアヒルの隊長を手に取る。


本当にふざけた顔をしているな。


そう思い返すのは、これをくれた真美の事。


優しくて、少しお茶目で、姉のような人だった。その温かさで僕と久遠を包んでくれた。


彼女はもういない。遺骨もなかった彼女の代わりに、僕は……


僕はそっと、ポケットにアヒルの隊長を大事にしまう。起き上がって着替えをしていると、今度は富豪の娘がやって来た。


バン


「縛さん、これ!」


勢いよくドアを開けたかと思ったら、手にはチラシを持っていた。そして、俺を見て固まり、小さい声で「キャッ」と言った。


「穂乃果さん、前から入る時は返事をもらってから入ってくださいと言っていますでしょ?」


俺がそう声を掛けると、穂乃果さんは少し俯いて「ごめんなさい。」と謝った。


俺はシャツのボタンを締めると、その頭を撫でた。


いつの間にか、こんなに大きくなったなぁ。


思い返せば12年、あの時はまだ6歳だった彼女も、今はもう18歳。


元々母系家系に遺伝の病気があり、穂乃果さんが産まれる前にすでに2人の娘をあの富豪は亡くしていた。

だから、僕たちの研究に頼って来た。


そして、クローンを使った手術が成功し、6歳だった穂乃果さんは高い成功率の手術を行う事ができ、生き残った。


「もう、縛さん。私もう子どもじゃないですけど。」


そう穂乃果さんが怒っていると、富豪が入って来た。


「穂乃果、勝手に東雲様の所に来てはいけないと言いましたよ。さぁ、まだご飯も食べていないだろ。行くぞ。」


「だって、お父様も縛さん誘えなかったじゃない。」


その言葉に、富豪は何も言えなくなる。


……聞こえていたんですね。


穂乃果さんは俺の方を見る。


「たまには休んでくださいね。」


そう言い残し、穂乃果さんは引っ張られて行く。

俺は出て行く2人をただ見つめるだけだった。


そして、ふっと机に置いてあるチラシを見た。


『抹茶フェア開催中』


どうやらここに行きたかったようですね。

………久遠もきっと12年探している僕に休みをくれるよね。


夕方からまた仕事するから、それまで少しだけ。

そう自分に言い訳をして、俺は富豪の家を出る準備をした。


玄関へ向かうと、この屋敷を管理している家令がやって来た。


「東雲様、お出かけですか?」


「あー。」


「では、すぐ車をご用意します。」


そう言って、人を呼ぼうとしていたので、俺は止める。


「いや、歩いて行く。」


「ここから門を出るだけでもお時間が掛かります。そういう訳にはいきません。では、せめて屋敷の外まで車で送らせてください。」


「……じゃあ、ついでに最寄駅まで送ってくれますか?」


そう聞くと、


「もちろんでございます。」


と言って、車の手配をする。


すぐ車が家の前に止まり、俺は車に乗り込む。最寄り駅に着くと、俺は地下鉄で目的地へ向かう。


懐かしい。


地下鉄に乗るのは久遠達と一緒だった時以来ですね。

目的地の最寄駅に着くと、俺は降りてホームへ向かう。


その時、前のおばあちゃんがふらっと後ろに倒れて来た。


「っ!」


「あっぶなぁ!ばあちゃん大丈夫か?」


そう言っていたのは、さっきまで隣を歩いていた男性だった。


見た感じ、まだ20歳か21歳ぐらいだろうか?


爽やかな見た目をしているから、女性受けしそうですね。


「おーい、ばあちゃん?……こりゃ駅員呼ぶしかないなぁ。」


そう言って、おばあちゃんをおんぶして行く彼。


なんだか、あっという間に目の前で完結しました。


そういう日もありますよね。きっと。


そう思って、俺は今度こそ目的地に向かう。

抹茶フェアでは人が多く、意外と人気なようです。


あのケーキ美味しそうですね。


あっ、あのアイスもいいですね。


気になるものを買っては、席を探して食べた。


うん、美味しい。


あっ、あの抹茶チーズケーキ美味しそう。


俺は長い列の後ろに並び、無事に買う事ができました。楽しみです。


「え?もうないの?最後の一つさっきなくなった?本当に!?………食べたかったなぁ。……まぁ、いいや。じゃ、あの抹茶カステラください。」


どうやら俺ので最後だったみたいですね。


そう思って後ろを見ると、さっきの男性がいました。


少ししょんぼりする姿が気になりましたけど……


僕も並びましたから。


そう自分に言い聞かせ、空いている席を探す。


すると、端っこの席が空いていた。


俺がケーキを机に置くと、目の前の席にはカステラが置かれていた。


え?


と思い顔を上げると、さっきの人でした。


「あっ!ごめんなさい。ここ座ってました?」


「い、いえ、これからですけど。」


そう言うと、彼は少し申し訳なさそうな顔をする。


「席探したけど、ここしか見つからなくて、相席いいですか?」


そう聞く彼に、


「どうぞ。」


その言葉が、不思議とすぐに出た。


「ありがとうございます!」


そう言って彼は座ると、カステラを嬉しそうに食べ始める。


俺も自分のケーキを食べていると、突然彼が話しかけて来た。


「あ!お兄さんのそのケーキ、もしかしてあそこのですか?」


「ええ、そうですよ。」


「いいなぁ!俺並んでたら目の前で無くなったんですよ。」


そう言うと、じっと俺のケーキを見つめる。


……本当に表情が忙しい人ですね。


「一口いります?」


そう聞くと、彼は慌てて手を振った。


「いやいや、お兄さんもあの長い列並んだでしょ?なら自分で食べてくださいよ!俺はまた別の機会に買いに行くので。」


そう言って笑う彼の顔に、何故か懐かしさを覚える。


初めて会ったはずなのに。


昔から知っているような、不思議な感じがした。


少しぼーっと彼を見ていると、


ピロリンピロリン


彼の携帯が鳴る。


「はい?佐伯です。え?道徳?……えっ、うそ。今日約束してたっけ?えっ、本当ごめん。今から行く。」


そう言って、彼はカステラを急いで食べる。


「相席ありがとうございました。」


そう言って席を立ち、そのままフェアの出口に向かう。


………鞄忘れてますね。


相当焦っていたのでしょうね。


そう思い、俺は食べ終わったケーキの皿を片付け、彼の鞄を持って追いかける。


「そこの相席した佐伯さん。」


呼ばれた彼は「ん?」とこっちに振り向く。


俺は鞄を持ち上げて見せる。


彼は自分の手を見て、少し照れ笑いしながらこっちに走って来た。


「本当すみません。」


そう謝りながら鞄を受け取る。


すると、今度は鞄から何かが落ちて来た。


俺はそれを拾う。


社員証だった。


『佐伯 正樹』


「うわぁ、本当すみません。さっきから迷惑掛けてばっかりで!」


そう言うと、俺の手から社員証を受け取る。


「いえいえ、大丈夫です。」


佐伯さんはもう一度頭を下げると、走って行ってしまった。


何故だか。


俺は彼から目を離せずにいた。


名前も。


顔も。


その時はまだ、何の意味もないはずだったのに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


まさか……


「ん?縛?どうした?抹茶ケーキ買って来たぞ?」


そう言った正樹さんが、結愛ちゃんとケーキを持って来る。


「もう、縛さん聞いてください。正樹さんたら、このカステラも美味いよって一本買ったんですよ!この後も他の抹茶スイーツ食べるのに!」


結愛ちゃんがカステラを持って怒っている。


おっさんも買えたのか、真美ちゃんと戻って来た。


「おー、こりゃまた豪快に買ったなぁ。ほれ、抹茶シェイクとメロンシェイク。」


そう言って、おっさんは俺の前に二つ置いて行く。


「もう、流石に縛くんも二つは飲めないでしょ。」


真美ちゃんがおっさんの頭を叩く。


「あっ、大丈夫ですよ〜俺も一緒に飲むので。」


正樹さんがそう言うと、柊木一家からじっと見つめられた。


「な、なに?俺何かやらかした?ねぇ!」


「縛!柊木さん達がイジメる!」


情けない顔でこっちを見る正樹さん。


まさか、その彼が14年前の事件の被害者だったなんて……


そして、もう一度出会う事になるなんて……


あの時の僕は、きっと想像もつかなかったでしょうね。


「縛?」


気付けば正樹さんが、不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「なんでもありません。」


そう答えると、正樹さんは「ならいいけど。」と言いながら、買ってきた抹茶チーズケーキを俺の前に置く。


昔、真美さんが作ってくれたケーキ。


久遠が笑いながら食べさせてくれたケーキ。


もう戻らないと思っていた日常。


でも……


「縛、早く食べようぜ。」


目の前で笑う正樹さんを見る。


きっと、あの日の久遠達が見たら笑うでしょうね。


僕はもう、大丈夫です。


そう心の中で呟きながら、俺はフォークを手に取った。

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