母は強し
「明日の夕方に飛行機で行こう!」
パーティールームに響く柊木さんの声。その声を聞いた真美ちゃんは立ち上がって、柊木さんの頭を叩く。
「いたっ、なにすんだよ真美ちゃん〜。」
「明日はだめ。結愛ちゃんの学校にも休むって連絡してないし、冷蔵庫の食材も残ってるし、何より、明日はゲーム買ってくれる約束でしょ。」
そう真美ちゃんは言いながら、俺らを見る。
「佐伯くんも、東雲くんも先に行ってはだめよ!行くなら皆で行きましょう。」
そう言われて、俺はうんうんと頷くが、縛は返事をしない。だからなのか、真美ちゃんが縛に近付く。
「返事は?」
最初は真美ちゃんの視線を避けるように顔を逸らしていた縛だったが、じぃーっと見られている事に耐えられなかったみたい。
「……はい。」
大人しく返事してるわぁ〜でも、指の動きを止めないのも縛という男だよ。
「よろしい。」
そう言いながら真美ちゃんは、縛のiPhoneを取り上げる。びっくりした縛は、何かを言いたそうにしていたが、何も言わずに黙ってしまった。
ごめん、俺も助けられない。と心の中で縛に謝った。
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目の前で落ち込む東雲くんを見て、流石にやり過ぎたのかなぁと少し反省。でも、この子止めないときっと、チケット見つけたらすぐ1人で行ってしまうタイプだと思うわ。
落ち込む東雲くんの隣で、ラーメンを食べながらドンマイと言っている佐伯くんを見る。
今日は正志さんから、いつも店に来てる客が結愛ちゃんと同じ事件にいた子達だったから、ご飯を食べに行くって聞いていた。
それなら一緒にと結愛ちゃんとお寿司屋さんに行ったら、まぁ、イケメンな事。
正志さんからは聞いていたけど、一瞬2人とも芸能人かと思っちゃった。しかも、2人とも周囲の目には気付いてない感じ。
軽く自己紹介をすると、佐伯くんと東雲くんの性格が少し見えたわぁ。
佐伯くんは何でもすぐ笑顔で受け入れるのに、自分の領域にはしっかり線を引いてる。東雲くんはワイルドな見た目の割に、1人になるのが怖い。
んー、チグハグな2人ね。
席に座って、お寿司を食べていると、時折感じる東雲くんの目線。誰か知り合いにでも似ているのかしら?
と、さっきの店前での会話を思い出す。
「正樹さん、これどうやって注文するんですか?」
そう言った東雲くんに、佐伯くんは
「んぁ?ここ押してカゴに入れて、注文。」
「便利ですね……。」
タッチパネルを見て悩んでいる東雲くんに、佐伯くんは言う。
「ん?ツナマヨと海鮮サラダとハンバーグもあるぞ。」
そう言って、タッチパネルを触ってどんどん入れて行くが、東雲くんが反抗する。
「別に食べたいって言ってないですよ……。」
「あらっ?東雲くん苦手なの?」
「そんな事ないですよ。お子ちゃまな舌をしているので、多分全部好きなはずです。」
佐伯くんが当たり前のように話すけど、この子達まだ会って数日なのよね?
と思わず不思議に思ってしまった。
まぁ、その後はポケベルの事でバタバタしたけど、佐伯くんがこっちの車に乗って一緒に行く事になったから、色々話が聞けるわね。
「佐伯くんは、一人暮らしなの?」
「いや、縛と住んでます。」
「東雲くんって、何のお仕事してるの?」
「多分デリバリー配達員です。」
「じゃあ、もし事件が解決して、東雲くんが引っ越しするって言ったら?」
「そしたら、家は貸し出ししないともったいないですね。ん〜でも、引っ越ししようとは言われない気がするんですよね。」
「じゃあ、東雲くんが1人で引っ越したら寂しくなる?」
「ん?ないない。縛に関しては1人で引っ越しする事ないですよ。」
と笑う佐伯くん。
寂しいとか口に出さないのね。
店に戻ると東雲くんがいた。どうやら佐伯くんがラーメンを食べられなかった事に気付いていたみたい。
お茶菓子を用意してキッチンから戻ると、佐伯くんは少し寂しそうな顔をした。その隣で、異変に気付いた東雲くんがティッシュを出して気をつかう。
あー、この2人はきっとお互いの事を、知らない間に家族として認識しているのね。
北海道に行く話になった時、2人とも自分が先に行くと言い張っていたけど、きっと今まで自分で全部解決して来たのね。
「ねぇ、佐伯くん。東雲くん。」
私が声を掛けると、2人は同時にこっちを見た。
こういう所も少し似てるのよね。
「もう一回言うわよ。北海道に行くなら、必ず皆で行くこと。勝手に先に行かないこと。何か見つけても、一人で抱え込まないこと。」
「え、俺そんな事しませんよぉ〜。」
「……。」
佐伯くんは笑って誤魔化し、東雲くんは目を逸らす。
……つまり、するのね。
「返事は?」
さっきと同じように言うと、佐伯くんは困ったように笑った。
「はい。」
「……はい。」
少し遅れて東雲くんも返事をする。
まったく、手のかかる子達だわ。
「あなた達はもう大人だけど、それでも心配されていい年齢なのよ。」
その言葉に、佐伯くんの笑顔がほんの少しだけ固まった。東雲くんは、私の手の中にあるiPhoneをじっと見ている。
「それに、きっと正志さんが泣くわよ。」
「それは……ちょっと見たいかも。」
「佐伯くん?」
「すみません。」
佐伯くんが慌てて頭を下げると、東雲くんが小さく笑った。
初めて見たわ。
東雲くんが、ちゃんと年相応に笑う顔。
私はその顔を見て、胸の奥が少しだけ痛くなった。
この子達はもしかしたら、あの日に何かをどこかに置いてきたままなのかもしれない。
子どもだった時間も。
誰かに叱られる時間も。
誰かに待ってもらう時間も。
「はい、スマホ返すわ。」
そう言ってiPhoneを差し出すと、東雲くんは少し驚いた顔をした。
「……いいんですか?」
「約束したでしょ?」
「……はい。」
東雲くんは大事そうにiPhoneを受け取ると、画面を見る前に、ちらりと佐伯くんを見た。佐伯くんは、その姿に気付いていないのか、ラーメンの残りをすすっている。
……気付いてないのね。
でも、それでいいのかもしれない。
今はまだ。
北海道に行けば、きっと嫌でも知ることになる。
この2人が何を失って、何を探しているのか。
そして、自分達が何者なのか。
「正志さん。」
「ん?」
「明日はゲーム。北海道は明後日以降。いいわね?」
「はい……。」
さっきまで勢いよく北海道と言っていた正志さんが、しゅんと肩を落とす。
その姿を見て、結愛ちゃんが笑った。
「お父さん、怒られてるー。」
「結愛、これは怒られてるんじゃない。家族会議だ。」
「完全に怒られてるよ。」
そのやり取りに、佐伯くんが笑う。
東雲くんも、少しだけ口元を緩める。
私はその光景を見ながら、心の中で決めた。
北海道へは、絶対にこの子達だけで行かせない。
この子達にはきっと、真実を知る人だけじゃなくて、帰って来る場所を作る人間も必要だから。




