希望の10分
「そうそう、あのボッーとしている綺麗な子!」
そう話していたのは、売店前で寛いでいる二人のおばさん。二人共患者服を着ているので、この病院の患者のようだ。
人の話を盗み聞きするのはいけない事だけど、……ちょっとだけ……足を少し、ほんの少しおばさん達の近くで立ち止まる。
「あれボッーとしている訳じゃないわよ〜」
「そうなの?でもいつ話しかけてもお返事がないじゃない。」
「あれはもう、心が壊れちゃっているわよ。」
そう言ったおばさんは周りをキョロキョロして、何かを確認すると、もう一人のおばさんの耳に手を当てて何かを話した。…え!気になる!さっきまでめっちゃ声大きかったじゃん!聞こえない!でも、これ以上近付くとバレる……どうしよう〜
そう悩んでいると、正樹は机にある物に気付き、売店へ駆け寄った。目当てな物を見つけると、おばさん達の所へ行く。
「お姉さん達。さっき売店に行ったら、店員さんがお姉さん達が買った靴下を一足入れ忘れてしまったみたいで、お詫びの届け物頼まれました。」
そう言うと、おばさん二人は顔を上げて、俺の手に持っている物を見て
「あら〜まぁ〜わざわざごめんね。」
「こっちに置いて頂戴。」
そう言って、自分達の机を指差す。言われた所に置くと、おばさん達の顔を見てさっきの話について聞いてみた。
「さっき持って来る時に、お姉さん達の話が少し聞こえてさぁ、実はあの子の事入院した時から気になってて。僕にも教えてくれると嬉しい。」
俺の言葉を聞くと、おばさん達は顔を見合わせて、少し慌ててた。
「あっ、これもよかったらどうぞ。」
再度机の上に出したのは、今この病院で人気などら焼き。なんでそんな事知っているのかは内緒。頭に浮かぶのは縛がまとめていたあの子資料の端っこに、病院No.1どら焼きと小さく書いてあった。あれは多分自分用だったと思う。
「「あら〜そんな〜じゃ遠慮なく頂きましょう〜!どうぞ座って!」」
勧められた席に座ると、おばさん二人は椅子を近付けて来る。
「でっ!どんな所が気になっているのよ?」
肘で肩をツンツンとされながら
「可愛いなぁ〜と最初は思っていたけど、何回か見ている内に気になって、声を掛けたいのに……なかなか勇気が出なくて…………」
そう言った俺にもう1人のおばさんが肩を思い切り、バシッと叩き
「やだぁ〜かわいいじゃない〜!」
とおばさん二人でキャッキャッしてた。…病院は娯楽が少ないからなぁ……気持ちは分かる。うん。
しばらく二人で眺めていると、1人のおばさんが少し気まずそうに言った。
「……でも、あの子は諦めた方がいいわぁ。」
「え!?なんでですか?」
自分の太ももを思い切りつねって、痛みで目尻に涙らしき物が浮かんだ。
「あらっ、泣かないで。あなたが傷付くだけだと思うから言ったのよ」
「…な、なんでそんな事言うんですか?」
そんな俺の表情を見て、痛々しい表情をするおばさん達。我ながら演技派である。
「そうね……もうちょっと頭こっちに寄せられる?」
おばさんに手招きされながら、顔を近付けると、耳元で小さな声で話される。
「あの子、14年前の人身売買に関わっているとされた事件の被害者でね。
保護された時は、そりゃ酷かったらしいわよ。片目は腫れて前が見えてなかったし、左腕から先は骨折やひび。そして、足首もね……筋を切られていたから、歩けないのよ。
体のあっちこっちで、すごい傷だらけで、もう話してたらきりがないぐらい。
でも、何より一番ひどいのは、保護された時服着てなかったのよ……破れた服が近くにあったらしいわぁ。」
おばさんの口から出た言葉に思わず、吐き気を覚える。信じられず、おばさんの顔を見ていると、なんとなく心情を察してくれたのか、おばさんが背中を撫でてくれる。
「ほらっ、あの綺麗な顔でしょ。きっと信じられないぐらい酷い目に遭ったのよ。だから、あの子は心を壊したじゃないかと思うの。泣かないで、これ使っていいから。」
おばさんに言われて初めて、自分の目から涙が出ている事に気付いた。ティッシュを受け取ってお礼を言うと、その場を離れ、無意識に病院の中庭へ向かい、ベンチに座る。
………心を壊した………
おばさんの言葉が自分の中で何度も繰り返される。
トントン
背中を軽く叩かれて、考え事から意識を戻す事ができた。後ろを振り向くと、そこにいたのはメガネ先生だ。
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上司から中庭に3時間いる男に注意して来いと言われ、中庭に来て見れば。あの怪しい男じゃないか。
昨日に続き、今日も希空に近付こうとするし、なんなら14年前の事件について聞いて来るし、タチ悪すぎでしょ。
苛立つ気持ちを抑え、男の肩をトントンと軽く叩く。
「中庭にずっーといたら業務妨害なのですが?」
そう声を掛けると、男は急に話し出した。
「メガネ先生は知っていたのですか?」
はぁ?なんの話だよ。てかメガネ先生で誰だよ。さらにイラッとすると、勢いに任せて言葉が出て来る。
「メガネ先生じゃない、田中という名前が…………」
男がこっちを振り返り、その顔は血の気を引き、今にも泣きそうな表情をしていた。
「………知ってますよ。医者ですから。」
そう言うと、男はポツリポツリと勝手に話し出す。
「俺実は昨日自分が14年前の事件に関わっている事を知って……その時にあの子も被害者だと偶然知りました。同じ被害者だったら、何か知ってるかも、分かり合えるかも………そう軽く思っていました。」
その話を聞いて、14年前の事件を思い出す。日本中が驚愕した事件の被害者が今目の前にもう1人。でも、あの子とは違う。なんであの子は…………
「…………………俺、それでもあの子に会いたい。」
考え事してたら、話結構聞き流してしまった。
「どうすれば俺あの子に会える?話す事ができる?」
真剣な表情で話す男に嘘を付いているようには見えなかった。だから、男を試す事にした。あの子が変わるきっかけを……
「あの事件は……きっとあの子にとっては思い出したくもない傷です。それでも、会いたいと言うのは、あなたのエゴですよ。」
「そんな事は知っている。これは俺のエゴだ。でも、それでもあの子と話したい。」
まっすぐ見つめる男の目を見て、この可能性に賭ける事にした。
だから、男には条件を出した。
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「あなたも被害者だったと言う証拠を持ってくれば、10分だけ面談できるように、主治医と相談します。いいですか?相談ですからね。」
そう言ったメガネ先生の言葉に希望が見えた。
「はい!今すぐ持って来ます!メガネ先生ありがとう!!」
そう駆け出すと後ろから
「メガネ先生じゃないですぅー!田中です!」
と叫ぶ声が聞こえた。




