第1話
ザガンの”勘”は、一度も外れたことがない。
雲一つない晴れの日でも、雨と感じれば雨が降ったり。
女にビンタされると感じれば、体が吹き飛ぶほどの強烈なビンタが。
パンツが見えると感じれば、パンツが見えたり(男のパンツ)。
あいつ、今日死にそう~と感じれば、日が暮れる前に死んでいた。
初めのうちは偶然だと思っていた。
だが、月に一度、多ければ三度以上の頻度で”勘”が囁き、そのことごとくが現実になる。
十年も続けば、信用する以外になかった。
幸い、ビンタなどで怪我や骨折はあれど、死に直結することはなかった。
今朝までは……。
―これから、”人生最悪の展開”が待っている。
*
「俺、今日死ぬんか?」
戦場のど真ん中で、ザガンはぽつりと呟いた。
霧の向こうでは剣のぶつかる音と騎士たちの怒号が交錯し、奴隷たちが魔族相手に命を削って戦っている。
そのすぐ脇で、ザガンは死体の山に腰を下ろし、ゴブリンの腕にかぶりついていた。
ゴブリンの肉は相変わらず不味い。
生臭く、泥臭く、噛むほどに口の中が苦くなる。それでも空腹には敵わなかった。顔をしかめながら何度か噛み砕き、無理やり喉へ流し込む。
ザガンは死体の山に背を預け、赤ん坊のように両手両足をバタバタと振り回す。
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁー!」
崩れた死体の山から、骨と肉片が周囲に転がり出た。
白い骨が一本、コロコロとザガンの足元へ滑り落ちてくる。
「死にたくねぇー!ビンタの方がマシだぁー!」
人生最悪の展開……考えられるとすれば、自分が死ぬことだろうと、ザガンは思う。
魔族に喰われるか、味方の流れ矢に当たるか、はたまた事故か。
戦場にいる限り、死因など地面の石ころほどに転がっている。
かと言って、この場から逃げ出すこともできない。
現在参加している遠征軍の目的は、魔王城周辺の下見と、魔族の動向を王都へ持ち帰ること。
いずれ控える魔王討伐戦……その下準備というやつだ。
「もうすぐ帰れるってのによぉ~」
道々に湧いて出る魔族どもを斬り伏せながらの遠征は、もう何週間も続いていた。
その間、奴隷に与えられる飯は乾いたパンの切れ端、干し肉と、底の見える水筒一つ。
この地獄も今日をもって終わるはずだった。帰ったら、脂の滴る豚の肩肉に雑に塩を振って食べ、薄いエールで流し込む。
それだけが、ささやかな望みだったのだ。
今朝のたった一筋の勘で粉々になってしまったわけだが……。
ザガンは頭をブルブルと振り、両手で頬をパチンと張る。乾いた音が霧の中で妙によく響いた。
「クソッ!こうなったら、死ぬ前に絶対にやりたいことを整理するぜ。俺あったまいィー」
死を受け入れたわけではない。これは保険だ。
そう自分に言い聞かせ、ザガンは死体の山の上で胡座をかき直す。
脳内をフル回転させた。
「まずは、おっぱいを揉みしだく!」
その為には女だ!と言わんばかりに前方を見渡す。
しかし、目に入るのは男、魔族、男、魔族……。
「まっ、まぁ……いい。次だ」
舌打ち一つで切り替える。
「次は――童貞を、卒業する!」
念じながら、目を皿にして後方を見渡し、懲りずに女を探す……。
男、魔族、男、魔族。
その奥にも、男、男、男。
オスオスオスオスオス。
ダンッ。
ザガンの拳が、足元の死体の腹に叩き込まれる。
腐りかけた肉が湿った音を立てて沈み、青黒い体液が裂け目から滲み出た。
「女がいねぇーーー!!」
絶叫が戦場に響き渡るが誰一人、振り返りはしない。
「何だこの戦場、男湯ならぬ男場か!?マジで女が、一人もいねぇ!」
他には、そうだな~そうだな~と頭を捻ってみても、やりたいこと全てに、女が絡んでいる。
「次は……」
「ザ……ガン」
掠れた声が、すぐ近くで聞こえた。
振り返った先には、半分になった男が転がっている。
腰から下が、ない。
引き千切られたような断面から折れた肋骨が白く突き出し、潰れた臓物が泥と血を撒き散らしながら零れ落ち、地面にじわりと湯気を立てていた。
ザガンの、パートナーだ。
名前は覚えていない。たかだか半月ほど組まされていただけの男で、互いに身の上話をするほど親しくもなかった。
口の端から、軽口の気配がすっと引く。
それでも、いつもの調子で頬を緩めてみせた。
「人が大事なことを一生懸命考えている時によぉ~。調子狂うぜ」
「……ゴッヂに来い」
彼はザガンの話に聞く耳を持たず、荒い息吐きながら手招く。
頭を掻き「仕方ねぇな」と言いながら近くへと飛び降りた。
「襲ってくる魔族は俺が殺す、もう少し耐えてろ。医療班が近くに……」
「ザガン……はや、く喰らってくれ!」
「……いいのか? まだ核は無事だぜ?」
勿体なさそうに、ザガンが言う。
胸の奥に宿る、宝石じみた核――
魂核。
これを砕かれない限り、
【 この世界の生物は”死ねない” 】
彼のように下半身がぐちゃぐちゃになろうと、首を斬られようと、肉体が灰と化そうと、魂核さえ無傷であれば、意識は闇の中で灯り続ける。
痛みも、恐怖も、永遠に。
「イダイイダイイダイ! だのむがらばやくじでぐれ!」




