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第二章 突き刺す雨、嘲笑う魔術師①

「───この人は殺させない」


水色の髪の少女は、身の丈ほどの大剣を握りしめ、魔術師2人へその眼光で睨む。


「待ってました、あなたが来ることを。」

マリンキャップの少女は高揚した気分で言い放つ。吹き荒れる風は止むことを知らず、魔術師の浮き足立つ気持ちに同調してその空間を支配する。

「……ッ」

朦朧とする意識の中、冬夜が目にするのはその華奢な体躯にも関わらず、勇敢に立ち向かう少女の姿だった。

両者、沈黙の中、始めに動き出したのは男の方だった。

「───やれ」

その言葉通り、足元の影が凄まじい速さで水色の髪の少女を狙う。

しかし、その影は無惨にも少女の振るう大剣により効力を失う。断ち切れた影は蒸発するように空気の中に溶け込む。

男の舌打ちが響く頃、すでに大剣を握る少女は、男の眼前へと辿り着いていた。

「クッ───」横一閃と、光の斬撃が繰り出される。

男は影を出そうにも、この光が邪魔をして上手く影を呼び出せない。両腕で庇うも、瞬きを終える頃には男の腕は真っ赤に濡れていた。

水色の髪の少女は、簡単に左手を男に向ける。待ったなしで少女の掌から波紋もような空間の歪みが見えると、影を司る魔術師は教室後方の棚へと吹き飛ばされる。

遅れて、衝撃音が冬夜の耳に届く。


「ッ⁉︎……厄介ですね」

「もう、この人には近づかないで」悲しそうに少女が告げる。

魔術師の少女が、深く帽子を被り直し、軽い力で宙へと舞い上がる。


「──歪なる、神は、愚者を、拒絶する」


その文言は、不自然な区切り方をしていた。

言い終わると、魔術師の指にはめてある緑色の宝石が輝き、呼応するように圧縮された空気が音を立てて水色の髪の少女に向けて吹き荒れる。

それはあまりにも鋭く、空を裂き、直線上にある障害物全てを切り裂いて、少女の元へと届く。

大剣を軽い力で前に出し、守りの体勢に入るがその圧縮された空気の斬撃に押され、後方へと体を倒してしまう。

しかし、少ししたところで腰を捻り、力の方向を斜め後ろにいなす。

目の前で繰り広げられる戦闘を細い目で見届けるが、冬夜の意識もそう長くは持っていられない。

水色の髪の少女は、冬夜の様子を横目で見る。


「これ以上はやめて───」

少女の忠告に聞く耳を入れない、魔術師の少女ははめた指輪に力を込め、空気の弾丸を懐で収束させ、狙いを定める。

ほんの少し、息を入れる少女。

そうして。

剣先を強く教室の地面に突き刺すと、刺さった部分のタイルがバリッと音を立てて割れる。

「───もう、おしまい」その言葉と同時に計り知れない光の衝撃波が教室を包む。

轟音と閃光が駆け抜け、窓ガラスは全て粉々に砕け、ありとあらゆる教室の備品たちを木っ端微塵に吹き飛ばす。

その衝撃は傷つく冬夜には届くことなく、少女の前にいる魔術師二人に向かって放たれた。


刹那の煌めきを前にして、風を司る魔術師の少女は、影の魔術師の体に軽く触れる。

光に包まれた後、冬夜と少女の前から魔術師は姿を消していた。

二度目の光景だった。

あと少しで途絶えそうな意識にしがみつきながら、冬夜は何とか傷だらけの体を起こそうとする。

血が、止まらなかった。

少女がこちらに気付き、足早に近づいてくる。

水色の明るい髪の毛がふわり、と冬夜の前を過ぎる。

重い体が軽くなったかと思えば、少女が冬夜の肩を持ち上げ、壁へと寄せてくれていた。


壁に背を預けさせられた瞬間、冬夜の体から力が抜けた。

全身を駆け巡る緊張が一気に解け、芯の入っていない体となる。

頑張ってもどこにも力が入らない。

「だめ、動いちゃだめ…」細く、白い指先が冬夜の肩に触れる。

水色の髪の少女は、膝をつきながら冬夜の顔を覗き込む。

近くで見ると、彼女の瞳は透き通るような青い色をしていた。

以前は薄暗い路地裏の中だったため、彼女の顔はしっかりと認識することがなかったが、今は外から差し込む光でしっかりと見える。


「………助、かった…のか……?」顎や顔面の痛みから上手く呂律が回らない。

しかし少女はどこか儚い顔をのぞかせるばかりだった。

「……遅く、なってごめんなさい」冬夜を見つめる視線は下を向き、冬夜の体全体を見渡す。

それ以上は、何も言わなかった。

その沈黙がかえって、この異常な体験の現実味を帯びさせてくる。


軽く、下唇を噛む少女。

壊れた窓がラスの向こうから先ほどのこの空間を支配していた暴風とは異なり、どこか懐かしく優しい風を感じた。

一気に冬夜の元へ平穏の温度が訪れる。

「奴らは…?」

冬夜の問いに少女は短く答える。

「ううん」悔しそうでも、誇らしくもない。ただ、事実だけを伝える声色。

その言葉も冬夜にとっては二度目だった。

完全には倒せていない。まだ恐怖の根源は断ち切れていない。


少女は足元に置いてある剣をすっと指先でなぞると、その身の丈ほどの大きな剣はするりと糸を解くように光の粒子となり、この場から姿を消した。

「魔術師、ってのは本当なんだな」

冬夜の血と唾液が混ざる声を聞くと、肯定も否定もせず、少女は悲しい顔を続けるだけだった。

「あなたを傷つけるつもりはなかった」そう言って彼女は優しく冬夜の頬をその細い指で、壊さないように撫でる。

温もりがそこを通ると、以前のように傷口が塞がっていく。彼女の口から聞くことはなかったが、その温かさが冬夜の問いへの応えだった。


続けて少女は言う。

「これ以上、関わっちゃだめ」

少女の顔に目をやると、その透き通った青い瞳にはいっぱいの雫が今にも溢れそうになっていた。

その言葉を聞いて、冬夜はかすかに笑う。

「この前も言ってくれたのに、俺ってバカだよな」

「あなたは、この『世界』を知らないまま、生きていい人なの…だから──」

冬夜の肩をその温もりで癒し、そのままブレザーの裾をぎゅっと握りしめる。


その様子を眺めた後、一拍置いて傷だらけの天井を見上げる。

「でも…もう、知っちまった」冬夜のその声にビクッと肩を振るわせる少女。

唾液をごくりと呑み、再び止めていた手を動かし、冬夜の傷を治療する。

「本当なら、誰も傷つけずに…あなたを傷つけずに、終わらせたかった」

少女の声は尻すぼみに小さくなる。

そして冬夜はどこか安心したのだ。

(世界最悪の犯罪者、か……あいつら見る目ねぇな)

そして楽になった首を少し横に振る。


「謝ることじゃねぇよ。きっと他の女子高生のことも、正直事故だろうし、商店街のあの時も俺は足を止められなかった」

疲労感がどっと襲うが、体に触れている少女の指先の感覚が唯一の手掛かりとして、意識を保っていられる。

「…そうだ」


「この前は、ありがとう…な、助けてくれて」

その言葉を耳にしたとき、少女は俯いていた視線を冬夜の顔へと戻した。まるで意表を突かれたように、丸い瞳をめいいっぱい開いていた。

「今もだけど、この前…言いそびれ、ちまったからな……」

まるで小さな妹を見るような優しい目で冬夜は、少女を見つめた。


感覚がなくなりそうな指先に、ほのかに温かいものが伝わった。


彼女の微笑む顔が、うっすらとした意識の中で垣間見える。

少女はおもむろに冬夜の頬に小さな手を添える。


「…眠って……起きたらまた、いつもの場所に戻れるから」


少女がそう言い切ると、冬夜の意識はぷつりと切れる。

深い、深い場所へと冬夜の体は沈んでいった。




◇◆◇




見たことない天井がそこにはあった。

ただ真っ白く、均一で無機質、そしてやけに清潔感のある天井。

体がやたらと重い。横たわっているのだと理解したのは目覚めてから数秒経った頃だった。

曖昧な感覚が、ぼんやりとした意識の中を漂っている。


しばらくして。

「…………は、……こに……」

ゆっくり視線を動かすと、この場所はカーテンで遮られていた。

(…保健室、か。)曖昧だった意識が徐々に覚醒する。

カーテンからは天井の灯りに当てられたシルエットが浮かび上がっていた。

重い体を起こし、体を見渡すが、痛むところがどこにもなかった。

夢か現実か、朧げだったが、どこか壮絶なひと時を過ごした感覚だけが残ってた。

制服もワイシャツの姿になっており、横のカゴの中に綺麗にブレザーがたたまれている。


揺れるカーテンの向こうから、かすかに話し声が聞こえてきた。

「……だから、無理に起こさなくても大丈夫ですよ」女性の声だった。

そして。

「でも、まだ目を覚さないなんて……」震えるような声色、どこか聞き馴染みがある声だ。

重たい腕を動かし、薄緑色のカーテンを指先で掴む。

そのまま横に力を入れるが上手く、カーテンを開けられない。

傷はないが、なぜか痛かった感覚だけ腕が記憶している。


(……あ)

その時、以前感じたことある感覚が冬夜の朧げな記憶を呼び起こす。

吹き荒れる風、鋭い影、謎の二人、壊れる教室。

そして──。


「冬夜っ……‼︎??」

思わず身じろぎした瞬間、ガバっとカーテンが大きく開き、一気に明るい光が冬夜の眼球を襲う。

「うっ」思わず目を細めるが、そんな狭い視界でもこのカーテンを開けた犯人は誰だか見当はついた。


「梓…」小さな声で呟く。

あまりにも目をうるうるさせながら、凄まじい勢いで距離を詰めてくる。

「よかった……‼︎ほんとに、目が覚めて……‼︎」

声が震えていた。

肩で息をしながら、ベッドの縁に手をついたその表情はひどく安心したようで、それ以上にすぐにでも泣き出してしまいそうだった。

大袈裟だ、といつもなら一蹴しているが、あんなことがあった後だ。生きていることすら奇跡だろう。

梓が大粒の涙を浮かべるのも無理はない。

「…おう」状況がうまく飲み込めないまま応答すると、梓はぐっと唇を噛み締めながら、とてつもない気迫で言い返してくる。


「なあにが、おう、よ‼︎!!どれだけ心配したと思ってんの──‼︎‼︎」

凄まじい剣幕に耳が痺れる。

怒りと悲しみが混じった表情だ、彼女の腫れた目元がどれだけの心配をかけてしまったかが分かる。

梓の大きな声に反応し、保健室の奥から女性に先生が近づいてくる。

「古見さん、落ち着いて。…奥村くん、気分はどう?」落ち着いたトーンで梓も冷静さを欠いたことを反省し、口を紡ぐ。

「…大丈夫、です。たぶん」

その様子に呆れながらも先生は続ける。

「“たぶん”じゃ困るわ。あなた、階段の上から転倒して、気絶してたのよ」


「……は?」

転倒。

その言葉がやけに耳に残った。

「3限の授業にいつまで経っても来なくて、廊下を見に行った先生が気づいたの。」

淡々と述べる梓を見てもその疑問はかき消えることはない。

冬夜はさっきまで二人の魔術師と対峙して、瀕死の状態まで追い込まれていたのだ。

「救急車呼ぶかってなったんだけど、先生が保健室で様子見ようって…」

「奥村くん、あなたってアンドロイドか何か?落ち方的に頭からいってるぽいけど、傷ひとつなければ、骨折してる様子もなかったわ」

先生の証言に目を丸める。

そばにあった震える梓の指を一瞥して、ふと思い出す。

水色の髪の少女。そして温かい温もり。そして。


『…眠って……起きたらまた、いつもの場所に戻れるから』


意識が途絶える前に聞こえたかすかな言葉。


「なぁ、梓。化学室で授業…受けたんだよな」

「……?そう、だけど」

確かに冬夜が体験した、化学室での惨劇。割れた窓、吹き飛んだ机や椅子、魔術師たちの痕跡。

──何ひとつ、そこには残っていなかった。

「……事故だったんですか」

焦点が合わない冬夜の表情を心配した目で見つめつつ、保健室の先生は告げる。

「え、えぇ。誰かに突き落とされた形跡もないし、目撃者もいない。きっと、疲れが溜まっていたんじゃないかしら」


疲れ。

その一言で全てが片付けられていく。

「放課後までずっと眠ってたんだよ」横から梓が付け加える。

深く深呼吸をする。この動機がバレないように。

(…そう、いうことか)

窓の外を見ると、空はすっかり夕暮れ時を過ぎ、宵の時間が迫っていた。

もうすぐで沈みそうな夕日を眺める。

雲ひとつない空がやけに綺麗で、眩しく、そして儚かった。

体のあちこちが傷の記憶を覚えている。

酷く鈍く、あまりにも重い痛みだ。

(……夢じゃ、なかったんだよな)


その痛みたちが何よりの証拠だった。


「自分の足で帰れそうなら、今日はもう帰りなさい。それとも、親御さんとか呼ぶ?」

「先生、冬夜は──」

遮って。

「あー、じゃあ歩いて帰ります」

梓はその様子を見て何も言い出せそうにもなかった。

「それじゃあ、忘れ物ないようにしてね。古見さん、可能なところまで一緒に帰ってあげて。もし明日、体調悪くなったんなら顔出してもいいから」

先生の言葉に梓は、強く頷く。そして冬夜の袖を強く掴み、

「今日は私が送ってくから、絶対。」その言い方に、冬夜は小さく苦笑する。

「ありがとうな」


ベッドから起きあがろうとすると、足も上手く動いてくれず、少し蹌踉けるとその腕を梓がしっかりと支えてくれる。

しかし、冬夜は心ここにあらずの状態だった。

水色の髪の少女の行方。

その疑問だけが、冬夜の中で静かに残り続けていた。



◇◆◇



時刻はすでに19時を過ぎようとしていた。

保健室から顔を覗かせていた夕日も冬夜たちを待つことはなく、その姿を消した。

最寄駅に着いてもなお、梓の機嫌は斜めのままだった。

改札を抜けてからというもの、ほとんど会話はなかった。

肩を並んで歩いているが、どこか距離は遠く感じていた。

いつもよりも歩くスピードが速く、冬夜よりも一歩前に身を出す様子がそれを如実に表している。


(……心配、かけちまったな)

ただ黙々と自宅の方に歩いていると、梓が首を不自然に揺らしており、こちらの様子を窺おうとしているのが分かる。

この沈黙に耐えきれなかったのか、意を決して彼女は振り返る。

「…ねぇ」

冬夜は静かに視線を梓に向ける。

「…ん?」

「あ、のさ。目が覚めてよかった」

梓の放つ言葉を素直に飲み込み、冬夜はゆっくりと足を止め、彼女を見つめる。

「ごめんな、心配かけて」それだけ言うと梓も同様にその足の動きをぴたりと止める。

視線を下に向けている梓の顔は、悲しげな表情を残しつつもどこか動揺している様子だった。


「ねぇ、冬夜。もうひとつ、言うこと…あるんじゃない…?」

梓の声が、低くなる。

「え……?」ごくりと唾を呑む冬夜の喉はすでに十分に渇ききっていた。


冬夜も少し目が泳ぎ、冷静さを欠いた。

梓の視線が冬夜の足からゆっくりと、顔の方へ向けられる。

「──昨日からだよ」

心臓がどくりと鳴った。

いつもなら何ともない彼女の目が、今日は何故だか直視ができない。

「…昨日からずっと変だった。元気ないし、上の空だし、そのくせ誰にも何も言わないで、自分で抱え込んでる」

図星──冬夜の今の心情に最も当てはまる言葉だ。瞼がぴくりと動くと、梓の方から深く息を吐く音が聞こえた。

一歩、一歩と梓が近づいてくる。

「今日もそう。ずっと爪ばっか見てるし」

(……ばれていたか)

先ほどと構図が全く逆になる。視線を下に向ける冬夜の顔を覗くように、梓は下から顔を見せる。

もう視線の逃げ場はない。

「…何か、あったんだよね」断定、がそこにはあった。


「でも。何も言わないんでしょ、聞いてもはぐらかす」

何度も心臓を鷲掴みされる感覚が襲う。

(こいつ、探偵かよ……)グッと拳を握りしめる冬夜を眺め、諦めたようにまた前を歩き出す。

「そういうのは、一番嫌だよ」

街灯が二人を照らし出す。周囲の人々や車は止まらない。

今ここにいる二人だけがまるで静止した世界にいるようだった。

ただ、梓には一連のことは伝えられなかった。魔術師についても、水色の髪の毛の少女についても。

これ以上踏み込んだら、自分はおろか、彼女まで巻き込む可能性すらある。

言いたくても、口が裂けても言えない。


「悪い」

独白する冬夜。

「謝ってほしいわけじゃないよ」

冬夜は前を向くと、いつしか梓と目が合う。

少しの間、言葉を選ぶような仕草を見せる。

「抱え込まないでよ、寂しいじゃん」

夜風が吹き抜けて、梓の髪が揺れる。


「あぁ、」

冬夜はやっと彼女の心に向き合う。

「約束する──でも、」

掠れる喉を何とか振り絞り、その言葉を外界に出す。

「自分でもどうしたらいいか、分からないんだ。自分が向き合ってることが、正しいのか…そうじゃないのか分からない。だから、もう少しだけ、待っててくれ」

その真っ直ぐな瞳を見て、梓は緊張の糸を解き、安堵する。

頬を緩め。

「冬夜らしいや」

微笑む梓は冬夜の方に一歩、近づき小指を突き出す。

「無理はしないでね、それだけ。約束」彼女の無垢な笑顔を見て、心の荷が少し楽になった。

苦笑しながらも冬夜は梓の小指に自身の小指を絡める。

小さくて、それでも確かな力がそこにはあった。

「……あぁ」ようやく、そう答えた。と言うよりも答えることができた。

きゅっと結んだ指は、ゆっくりと時間をかけて徐々に解ける。

その後は、いつものように馬鹿話をして、帰路に立った。


「じゃあ、今日はここまで」

家に着くにはまだ早い交差点で梓はそう言った。あれだけ涙を浮かばせていた梓のことだ、てっきり家の前まで来るかと思っていたこともあり豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしてしまう。

「さっきので冬夜はもう大丈夫な気がしたから」

「そうか」

「あれ、ちょっと寂しかったりする?」

ふざけるようにあざとく笑う彼女を尻目に、「別に」と淡々と漏らすと、うししと言わんばかりの歯を見せる笑顔がそこにはあった。

それでも梓との約束をしっかりと胸に留める。

「家帰ったら、ちゃんとご飯食べて、ゆっくり寝るんだよ。困ったらすぐ連絡!」ビシッと人差し指をこちらに向けながら、梓は冬夜の家とは逆方向の横断歩道を渡る。

(千香みたいなことを…)

彼女が向こう側の歩道にたどり着く頃、歩行者用の信号はピッタリと赤になった。

くるりと身を翻し、梓は大きく手を振りながら、

「じゃーねー!」と高らかに叫ぶ。

周囲からくすくす声が聞こえてくる。小っ恥ずかしい気持ちは押し殺して、軽く胸の辺りで手を振り返す。

満足げな顔を見せた梓はそのまま真っ直ぐ、自身の自宅の方へと帰宅した。

「さて、俺も帰るか」

冬夜もそのまま自宅の方へと足を進めた。

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