第十二話:安堵 -Relief-
「滅びの竜と祈りの唄」をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は二話、一気に公開します!
前回シエナを救ったイヴリス。その後、旅の一行がどうなって行くのか、ぜひお楽しみ下さい!
イヴリスがシエナを救出している頃、レックスはまだ二人を捜索していた。
「くそ、一体どこに行ったんだ…!」
レックスは苛立ちを隠せないまま、焦燥に駆られていた。
その時、夜の静寂を引き裂くかのような、不気味な断末魔が響いてきた。
「なんだ?」
レックスは眉をひそめ、耳を澄ませた。だが、その声はすぐに聞こえなくなった。
「何が起きている…」
レックスは得体の知れない不安に駆られ、声が聞こえた方向へと向かって行った。
~盗賊のアジト~
「こ、これは…!」
森にひっそりと佇む廃墟に足を踏み入れたレックスは絶句した。彼の目に飛び込んできたのは、異様な光景だったからだ。
壁や床、天井がまるで大きな炎に包まれたかのようにあちこち焼け焦げ、その中央には真っ二つに胴切りにされた盗賊らしき男の死体が転がっていた…。
――魔物か、あるいは…何か、それ以上のものだろうか?
レックスはこの場に残された凄惨な痕跡に、ただならぬ気配を感じ取っていた。
「残してきた彼らも心配だ。一度、引き返して様子を見に行くか…」
そう呟くと、彼は迷うことなく廃墟を後にした。
焚火の灯りが揺らめき、祈るように俯くヴェルトールの顔を静かに照らしだす。
「シエナ…」
不安が入り混じった弱々しい声が、彼の口から漏れる。
その時、ヴェルトールの耳に聞き慣れた声が響いた。
「お兄ちゃーん!!」
夜の暗闇の中にシエナの声が聞こえた。
「……っ!シエナ!!」
ヴェルトールは顔を上げ、声が聞こえた方向を凝視した。
すると、暗闇の中から二つの小さな人影が、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。
二人は手を繋ぎ、シエナはもう片方の手を振りながらゆっくりと歩いて来る。
そしてヴェルトールの姿が見えてくると、嬉しそうに一目散に走り出した!
その姿を見たヴェルトールは涙を浮かべ、痛む足を引きずりながら歩き出す。
「お兄ちゃんっ!!」
「シエナ!」
二人は互いの無事を確認するように、しっかりと抱きしめ合った。
「本当に…無事でよかった…」
ヴェルトールはそう呟くと、安堵のあまりその場にへたり込んだ。
「ごめんなさい…」
シエナが申し訳なさそうに俯きながら答える。
そこにイヴリスは腰に手を当て、やれやれといった顔で、
「シエナが謝ることではない、おぬしは何も悪い事などしとらんのだからな」
バデロンのすすり泣きが聞こえてくる中、そう呟いた。
それからイヴリスはヴェルトールに、かいつまんで事の次第を説明した。
「そんなことが…」
シエナの無事を再確認するように見つめながら、彼は言った。
「じゃ・か・ら、あの様な手合いに関わるなと言ったのじゃ」
腕組みしながらイヴリスが不機嫌そうに言う。
「でもあの時は…。いや、そんなことより、イヴリス!」
ヴェルトールは彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、真剣な眼差しで言った。
「本当にありがとう!お前は俺たち兄妹の恩人だ!」
彼は心の底からの感謝を込めて、深く頭を下げた。
「ふん、手の掛かる兄妹じゃ」
イヴリスは、照れ隠しをするようにそっけない口調でそう言った。
彼女の不器用な優しさに、みんなは温かい笑い声を漏らした。
するとそこにレックスが風のように駆けつけてきた。
「二人とも!そうか、無事だったのか…」
二人の無事を確認し安堵するレックス。
「レックスさんも、ありがとうございます!」
ヴェルトールは深々と頭を下げた。
「…?何かあったのか?」
「いや、知り合ったばかりなのに、こんなに親身になってもらって…」
「あぁいや、それは構わないさ」
レックスは、ヴェルトールの言葉を遮るように真剣な表情で話し出した。
「そこの森になにか得体のしれない強力な魔物がいるかもしれない。疲れているところを悪いが、長居は危険だ。少し休憩したらすぐに発とう」
彼の言葉に、それまで和やかだった一行の空気が一変し、張り詰めたような緊張が走った。だが、イヴリスはまるで他人事のように、ただ目を逸らしているだけだった。
「夜の移動は危険ですが…。致し方ありませんな」
バデロンが不安そうな表情で言った。
「俺は夜目が効く。心配しなくても大丈夫だ」
レックスが安心させるようにバデロンに声をかけた。
その時、
ードサッ
突然何の予兆もなく、糸が切れた人形のように、イヴリスがその場に倒れてしまった。
「イヴリス!!」
「イヴちゃん!!」
ヴェルトールとシエナの声が同時に響き、皆は一斉にイヴリスの元へ駆け寄った。
ヴェルトールはイヴリスの体を起こし、その尋常ではない熱に驚愕した。
「…!すごい熱だ…!」
服の上からでも、触れるのがためらわれるほどの熱を感じる。
彼女の体温は、明らかに異常なまでに上がっていた。
「一体どうしたっていうんだ…」
ヴェルトールはイヴリスの体を揺さぶりながら、何度も彼女の名を叫んだ。
「イヴリス!イヴリス!!」
しかし、彼女から返事はなかった。
「と、とにかくすぐに出発して街に向かいましょう!ポルナへ行けば医者がいます!」
バデロンは動揺を押し殺すようにそう言って、急ぎ準備を始めた…。
ーゴトゴト…
静寂に包まれた夜の街道を馬車の荷台に揺られ、港町ポルナを目指す一行。
レックスは荷台の上に座り、鋭い視線で警戒するように辺りを見回していた。
一方、荷台の中では……
「イヴちゃん…」
シエナは不安そうに、イヴリスの顔をじっと覗き込んでいた。
するとその時、
「…う、ん…」
意識を失っていたイヴリスが、ゆっくりと瞳を開いた。
「イヴちゃん!!」
「イヴリス!」
ヴェルトールとシエナの喜びの声が、馬車の中で同時に響いた。
「…えぇい…二人揃って大きな声を出すでない、頭が痛うなるわ…」
イヴリスはか細い声でそう不満を漏らしたが、その変わらない態度に二人は安堵の表情を浮かべた。
「突然倒れたから心配したんだぞ?一体どうしたんだよ?それにあのすごい熱…」
ヴェルトールがそう尋ねると、
「ふん、大した力も戻っておらぬのに、少々張り切って力を使い過ぎただけじゃ」
イヴリスは、まるでつまらないことだと言うように不満げに答えた。
「…少し休めば元に戻る。街に向かっておるのだろう?おぬしらも今のうちに休んでおけ…」
彼女はそう言い残すと、また静かに目を閉じて眠りについた。
「ふふ、イヴちゃん、いつも通りで安心したね」
シエナはイヴリスの寝顔をそっと見つめながら、声を小さくし笑顔でそう言った。
「そうだな」
ヴェルトールは、痛みと疲労の滲む顔に笑みを浮かべ、
「よし、じゃあ俺たちも少し休んでおこうか」
と優しく言った。
そうして三人は互いの存在に安堵するように、馬車の中で川の字になって眠りについた…。