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オクの事情

「逃げてきた?」

 

 穏やかじゃない話だ。とはいえあり得ない話じゃないとすぐ分かる。なぜなら同じような事をリリアは予期していた。だから俺たちは不用意にギルドへ入らないようにしていたんだ。


 オークの姿をした覚醒者。ギーウの話通りなら幻想タイプという覚醒者で俺たちと同じレアな身体という事。まだ情報が足りないが幻想タイプは間違いなくフィジカルの強さは飛びぬけている。覚醒者として強くなればその差が埋まるのかもしれないが、少なくとも今の時点であればこの差は大きなもののはずだ。



 リリアも同じことを考えたのだろう。どこか辛そうな顔をしている。オクの話からするとノエルという兎は知り合いのようだ。つまり彼女を人質にでもされて、いいように使われていたのだろう。それを隙を見て逃げていた、といった所か。




「辛かったでしょう。分かります。私たちもそういうのを避けるためギルドに入らずここまで2人できたんです」

「なに……?」



 リリアがそう零すとオクは何か驚いたような顔をした。




「もしかして君たちもなのか?」

「え、ええ。見ての通りです」



 なんだ。妙な違和感があるんだが。




「そ、そうだったのか。すまない、業界歴は長いのだがどちらの声も聴いたことが……最近デビューしたのか?」

「は?」

「ん?」




 待て。何か致命的なすれ違いが起きてないか? なんだデビューって。リリアも呆然とした顔をしている。そしてそのままロボットのように首を傾けた。



「待て、何かまた俺たちの間で勘違いが起きてるぞ」

「そ、そのようですね。あの私達は幻想タイプという覚醒者です。だからてっきりギルドに勧誘された時にそのオクさんの知り合いのノエルさんを利用してオクさんをまるで馬車馬のように働かせていたのかなと思っていたのですが……」



 リリアがそう説明するとオクは何かに気づいたように自分の顔に手を当てた。



「ああ。そういう事か。すまない。そうだな、一度僕の話を聞いてほしい。少々、……その……変な話に聞こえるかもしれないが……」

「大丈夫です。変な話はディズ君のお陰で慣れてます!」

「どういう意味だぁ!?」



 納得いかんのだが。



「ははは。……さてそうだな。何て説明するべきか。実は僕は…………」





 凄い言葉を選んでいる。そのせいか妙な緊張感が辺りを包んだ。





「僕は、声優をしてるんだ」






 うまく言葉が頭に入らない。こいつはなんて言った。





 声優? 声優って言ったか?



 

「ああああああ!!!!」

「ど、どうした!?」



 リリアが叫んだ。その小さな手でオクを指さしている。失礼だからやめてやれと言うべきだろうか。



「どこかで聞いたことあると思ったら、わかりました! オクさんって声優の逢花健吾さんです!!」

「誰!?」

「知らないんです!? 最近の作品だと薬中フェインの主人公フェイン役とかですよ」



 

 薬中フェイン。ヤブ医者であるフェインが自身が作っている薬物を使用する事で超人的な感覚を身につけ、多くの危険なギャンブルを勝ち抜いていくという有名な漫画をアニメ化した作品だ。


 アニメは俺も知っている。食器の音の鳴らす順番を合図としたトリックを暴いた時など普通に驚いたものだ。トリックに驚いたというより、薬物を打つことでその日起きた聞いたもの、見たものがまるで映像プレイヤーのように精密に思い出せるという異常な冴えに驚いた。あのアニメでの医者としての芝居と薬を打った時の狂った時の芝居は本当に同じ人が演じているのかと感心したほどだ。




「そうか。フェインさんだったか」

「ですです。他にも有名なロボット作品の主人公役としても非常に有名で――」

「頼む。そろそろやめてくれ」

「ああ! すみませんです!」

 

 

 

 それにしてもそんなすごい人がタナトスにいるとはなぁ。何かちょっと感動した。



「ん、ちょっと待て、いや待ってください。それとこれと何か関係があるんですか?」

「敬語はいいさ。ここじゃ年齢なんて関係ないだろうしね。簡単にいうと……身バレしたんだ」

「……ああ。それは……」



 リリアは何か気づいたように気の毒そうな顔をした。




「身バレって今もリリアのせいで身バレしてないか?」

「ちょ、やめてほしいです!」

「いや、君たち程度の距離感ならいいんだ。問題は……僕が入ったギルドにかなり熱心なファンがいてね……」

「それは……」



 ああ。なんとなくわかってきた気がする。




「ノエルは幼馴染なんだ。といっても彼女も社会人で偶に飲みに行く程度の関係なんだがね。お互い地元からあまり離れない場所で一人暮らしをしてて……」

「タナトスに巻き込まれた。という訳ですか」

「ああ。だからこっちで会ったときは本当に驚いた。最初は気づかなかったんだが、ノエルの方が先に気づいてくれてね。だから一緒に行動することにした。そしてあの説明会の日に僕たちは2人でギルド"ラグー"へ入った」



 ラグー。それが問題のギルドか。




「主な活動はナイトメアが落とすフラグメントの収集で攻略メインじゃない。ただ僕が入った事で攻略の方に乗り出せるんじゃないかって話になっていた」

「フラグメントの収集ですか。もしかしてオクさんってそのラグーからフラグメントを与えられた感じです?」



 リリアがそういうとオクは少し驚いた顔をした。




「よくわかったね。その通りだ。まず幻想術(ファンタズマ)を覚えるまで保管していたフラグメントを一気に与えられたんだ」

「やっぱりです。私たちと同じ時期にこの世界に来たのになんで使えるんだろうって疑問に思ってたんですよ。なるほどギルドの支援があったのですね」



 なるほど、と思う反面少し厄介な話だなと思った。



「でもそうなるとオクさんって一方的にラグーのフラグメントを奪ってしまったみたいな感じになっちゃってません……?」




 そうなのだ。事情はどうあれオクはラグーの恩恵を強く受けている。正直一方的にラグーが悪い話じゃない。向こうの厄介ファンの存在はともかく他のギルドメンバーが黙っていないだろう。




「ああ。だから僕たちはラグーに追われているんだ。さっきもその追っ手を振り切るためにノエルには先に逃げて貰ってたんだ」



 なるほど、だから分かれてたのか。そしてそこに俺たちがノエルの近くにいた。なるほどギルドの追っ手だと思ったって訳か。




「ラグー。というよりラグーの幹部であるレミレミという女性がいるんだが、彼女がどうもノエルの事を敵視していてね。本気かどうかどうか分からないが殺してリセットするって言っていた。だからノエルを守るために行動しないと、と思ってね」

「その辺ノエルさんはどう思っているんです?」

「ああ。いいとばっちりだって怒られたよ。でも僕の事情も知っているし、ノエルもこの危険な世界では出来れば気心が知れる人と一緒にいたいと言ってくれたからね。だから強引に行動に出たんだ」




 オクの事情を聴いているとリリアが俺に近づいてきた。



「何とかしてあげましょう」

「簡単に言うな。これ客観的に見てどっちが悪いかなんて言えないぞ」

「いえ。これはある意味こちらとしてもメリットのある話です」



 メリットだって。何かあるのか。




「簡単に言えば、恩を売って2人を私たちの仲間にするんです」




 そうドヤ顔でリリアは言った。






「聞こえてるぞ」




 オクが困惑したようにぼそりと呟いた。



 


 

 

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