川での告白
ふたりで並んで川を見ている。
川は私が最初見た時と同じでただ静かに流れていた。
「スーは貴族になりたくないから俺を振ったのに…。」
リックがそう言いだしたので私は戸惑った。
リックはどうやら私が貴族になりたくないから断ったのだと思っているらしい。
「違っ」
「俺は無理だ。諦められない。」
リックが私の身体を抱き寄せた。
馬糞がふたつ飛んで来て背中に当たった。
私はまた無理だと思った。
馬糞が飛んでくる私に貴族の結婚生活は無理だ。
「何もしなくていい。」
そう言って強く抱きしめられる。
「スーが嫌なことは何にもしなくていいから。」
切れ長の瞳から涙が流れた。
水面と同じように涙がキラキラ光っている。
薄い茶色の髪は綺麗に光っている。
リックをじっと見つめて息を飲んだ。
「俺だけのものになって。」
「…はい。」
気がついたらそう言っていた。
結婚するのは無理でもリックのものになるのは簡単だと思った。
「…リックのものになる。」
リックの瞳が大きく見開かれた。
「…本当に?」
リックの瞳が不安そうに揺れていた。
私の心はもうとっくにリックのものだった。
「…うん」
リックの顔がパッと明るくなり真っ赤になる。
引き寄せられ力強く抱きしめられる。
(あ、馬糞が飛んでくる)
そう思ったがなぜか馬糞は飛んでこなかった。
(あれ?)
私は後ろを振り返るが馬糞は来ない。
私の動きでリックも気付いたようで私たちは顔を見合わせた。
「…馬糞は?」
「…きてない…」
驚愕して私たちは何度もくっついたり離れたりを繰り返した。
馬糞は飛んでこなかった。
私たちは慌てて元の場所に戻ってリックが素肌にタキシードを着た。
抱きついたがリックの服がパンっとならなかった。
「呪いが消えてる!」
私たちは衝撃で言葉が出なかった。
私はリックのタキシードの馬糞の跡を見つめていた。
リックと目が合う。
そして喜んだ。
意味のない言葉を発しながらふたりで手を繋いで踊った。
リックはタキシードを脱ぎ捨てて川に入った。
私も母のヒールを脱ぎ捨てて走って川に飛び込みドレスの馬糞跡を落とした。
リックが私の手を取った。
「スー、愛してる!」
「私も!」
リックは真っ赤になった。
私はそれが嬉しくてふふふと笑った。
そしてリックからまたキスが落とされた。
嬉しすぎて涙が流れた。
馬糞はこのための奇跡だったんだと思った。
それから私たちは聖母像の奇跡ではないかと話し始めた。
「昔、聖母像に願ったんだ。
スーを俺のものにして下さいって。」
そう言ったリックの顔は真っ赤だった。
「私も冬の終わりに祈ったよ。
リックと結婚させてくださいって。」
リックは赤い顔で手の甲を口元に当てるいつもの癖をした。
「馬糞が飛んでくるからリックとは結婚できないと思ってた。」
「貴族が嫌だったんじゃ…?」
「貴族の社交界を馬糞だらけにできないもん…」
「ははっ」
リックは笑った。心から嬉しそうだった。
「そういえば私が願った日から私に飛んでくる馬糞がふたつになってた。」
リックのタキシードで受け止めた馬糞の跡も4つある。
リックは困った顔をしている。
「俺のせいだ…」
リックがそう言いだしたので首を傾げた。
「俺あの日、馬糞で転けたスーを見たときずっと一緒にいたいと思った。
それから聖母様に願ったんだ。」
そういえばあの日、川で洗ってくれたリックは上半身を脱いでいた。
私もあの日は楽しかった。
「リック…」
私が呟くと困惑した顔のリックがこちらを見た。
「このままスーを俺のものにして下さいって願った。」
「ふっ」
私は吹き出した。
リックはぽかーんと私を見つめている。
「ふ、っ、だって、それで、馬糞が飛んでくるってっ」
リックは最初力なく笑っていたが、すぐに大きな声で笑い出した。
「はは…あはははは
っ、今までの俺の上の服返してくれ!」
「あはは、私のドレスも!」
私たちはとにかく爆笑した。
とんでもない聖女の奇跡に笑ってしまった。
私はこの奇跡に感謝した。
私たちはびしょびしょの身体で川から上がり聖母像に手を合わせる。
聖母像がまた少し笑った気がした。
*****
それから私とリックは婚約した。
家族は喜んでくれ馬糞が飛んでこなくなったことと婚約を祝ってくれた。
「スーザンおめでとう!」
アンは私と同じ白いドレスで自分のことのように喜びそう言った。
私とリックは17歳でまたデビュタントすることになった。
リックは会場に行くこともなく抜け出していたらしい。
私たちはあれからいつもくっついて過ごしている。
私の部屋は茶色から青色になった。
ただただこの奇跡に感謝した。
「スー、俺のものになってくれてありがとう。」
「…こちらこそ、ありがとう。」
リックは私にキスをした。
「…もう聖母様に願わないでね」
私は恥ずかしくなって茶化すようにそう言った。
「スーが俺から離れないならね。」
笑顔でそう言われたので私も笑った。
「私もリックが離れたら祈りに行こう。」
「次は下半身も脱がす?」
「あは」
私たちはあれから服の消費が少なくなった。
私は青色のドレスを着て、嬉しくていつまでも笑っていた。