ゼロにして無限 VOL.2
地球VS.異星文明、地球初の異星間戦争勃発!
1.星喰らいの残骸
2049年、火星軌道上。
おれたちのチームに与えられた強襲揚陸艦『カイロン』は、地表を深紅の砂塵に覆われた惑星を周回していた。艦内のメインモニターには今頃、不気味なほど完璧な真球を描く、『それ』の姿が映し出されているはずだ。直径約2キロメートル、表面は鏡のように滑らかで、一切の継ぎ目や突起物がない。
「隊長、もうすぐ投下地点です」
ヘルメット越しに聞こえてきたその声は、『カイロン』に残してきた、副官であるイブキのものだった。おれは無言で頷き、操縦桿を握りしめる。
ヘルメットの傾斜角はモニタリングされているので、いちいち声を出さなくても、おれの意思はイブキに伝わっているはずだ。
彼は長年の相棒で、いわゆるツーカーの仲ってヤツだ。
搭乗機体は偵察戦闘機『ヴァルキュリア』で、おれのキャリア中で最も搭乗時間の長い機体だった。コードネームは『ミネルバ』という。
今回、おれたちのチームに与えられた任務は、通称『星喰らい(スターイーター)』と呼ばれる謎の物体に、偵察ポッドを投下することだった。もちろん、必要なら交戦も辞さない構えだ。今回の任務で、強襲揚陸艦を与えられたのは、そういう意味以外にない。『カイロン』は、戦闘時において距離を選ばない設計になっている。もちろん、その名のとおり漆黒の真球への、一個小隊による降下作戦も展開することができる。
人類が初めて遭遇した、完全に異質なテクノロジー。この光を吸収する漆黒の真球は、数年前に突如この宙域に現れ、火星の衛星であるフォボスを『消滅』させた後、沈黙した。
機体が降下するにつれて、重力センサーが奇妙な数値を叩き出し始めた。本来なら、この程度の大きさの物体に、これほどの重力は存在しないはずだ。
しかし、『ヴァルキュリア』のセンサーは、強烈な重力波と、未知の放射線パターンを、各種検知している。
「カイロン聞こえるか。ミネルバ、投下ポイントに到達。ポッドを分離する」
おれは慎重にタッチパネルを操作し、計算されたルート上に、機体下部から切り離した小型のポッドを乗せた。ポッドは、『星喰らい』の表面へ向かってゆっくりと近づいていく。
その時だった。
「緊急事態! 緊急事態! 座標78-アルファから、未確認のエネルギー反応を検知!」
イブキの叫び声がけたたましく響く。モニターを確認すると、ポッドが接近している漆黒の真球の表面上に、かすかな亀裂が走っているのが見えた。亀裂からは光が洩れ、その範囲はみるみるうちに広がり、まるで生き物のように蠢き始めた。
「待て……あれは……」
おれはタッチパネルを操作して、映像を拡大した。
亀裂の内部には、無数の『針』のようにも、あるいは『触手』のようにも見える何かが、ウゾウゾと蠢いている。その一つ一つに、極めて精緻な幾何学模様が刻み込まれていた。
「隊長、あれは……」
イブキの声が震えている。おれは、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
『ヴァルキュリア、直ちに離脱せよ!』
『カイロン』を制御するAIからの緊急通信が入った。おれは必死に操縦桿を右に傾ける。機体も反応よく旋回を開始していたが、すでに手遅れだった。
漆黒の真球から放たれた無数の針状の光が、ポッドを、そして『ヴァルキュリア』の機体を次々に貫いた。
操縦桿が急に重くなり、全く反応しなくなる。
『ヴァルキュリア』の操縦系統が、次々と未知のプログラムに上書きされていくのを、おれはただ黙って見ていることしかできなかった。強固なセキュリティが簡単に突破されてしまったのが、にわかには信じられなかったのである。完全に操縦系統を乗っ取られ、機体が勝手に動き出した。そのまま、漆黒の真球の中心へと引きずり込まれていく。
「くそっ……!」
我に返ったおれは、タッチパネルを必死に操作して、機体の権限を奪還しようと、あらゆる方法を試みたが、入力のスピードが桁違いでまるで追い付かない。
どうあがいても無駄だと悟ったおれは、『ミネルバ』の操縦系統のシステムをダウンさせ、完全手動に切り替えた。
「目にもの喰らわせてやる」
機体は、亀裂が開いた部分へと吸い込まれていく。
おれは目を閉じ十字を切って、自爆スイッチを物理的に押した。自爆回路は、システムをハッキングされた場合を想定し、完全に独立している。
「……? 爆発しない? くそっ、何をやりやがった!」
次の瞬間、おれは見た。
漆黒の真球の内部に広がる、無数の光の集合体を。それは、まるで星々の集まり、銀河を模したかのような壮大な光景だった。そして、その光の一つ一つが、無数の情報をおれの脳へと直接送り込んでくる。
それは、宇宙の誕生、生命の進化、そして……フォボスが『消滅』させられた真実。
フォボスは破壊されたのではなかった。『学習』されたのだ。
『解析』よりは『学習』と言った方が、ニュアンスは近い。フォボスを構成する物質、その構造、そして太陽系の歴史の全てが、この漆黒の真球の中に組み込まれたのだ。
そしておそらくは、おれたちもまた同様に『学習』の対象となってしまった。
「──カイロン、応答しろ!」
カイロンからの通信は途絶えている。
イブキに別れの言葉を残したかったが、どうやらそれは無理そうだ。
おれの意識は、やがて無数の光の海の中へと溶け込んでいった──。
結論から言う……おれは、星喰らいになった。
或いは、星喰らいの一部になった。
『ヴァルキュリア』の機体は、まるでAI生成されたかのように、新たな真球となって、静かに火星軌道上を漂い始める。
遠く離れたカイロンのモニターにはまた一つ、完璧なる漆黒の真球が追加された光景が映し出されていた。
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