ゼロにして無限 VOL.3
地球VS.異星文明、地球初の異星間戦争勃発!
2.ゼロにして無限
2052年、太陽系外縁。人類が『星喰らい』と呼称する異星文明との戦いは、熾烈を極めていた。
火星軌道上で『ミネルバ』が最後に送ってきた映像及び各種データを解析した結果が、人類にかなりのインパクトを与えた。
敵はあらゆる物質を、それを構成する素粒子レベルにまで完全に分解し、情報として取り込むことが可能らしいことがわかった。
時には任意の対象を正確にコピーすることすらできる、恐るべき能力を有していることが、その後に蓄積された戦闘データと併せ判明した。
詳細を語るなら、吸収した人間の記憶やAIのプログラム、各種データまでもが『学習』され、その後の戦闘に即時反映されてしまうのである。
結果、人類が直面している、初の異星間戦争に既存の機体を投入し続けるのは悪手だと、そう結論付けられるまであまり時間はかからなかった。
この事態を受け、急遽組織化されたのが、地球防衛軍G.A.I.A.(Global Alliance for Interplanetary Assistance)である。
G.A.I.Aは、最新鋭AIと有人のハイブリッド戦闘機の運用を全面的に停止。一時凌ぎではあるが、旧バージョンのAI制御による無人機を、戦闘に大量投入して時間を稼ぐ選択をした。練度の高いエリート・パイロットを無意味に失うことを恐れたからである。それと並行して、新規機体の開発を急務としたが、戦況はその時点でかなり敵側に傾いていた。
悪夢はさらに続く。
交戦と学習を重ねた敵が、地球モデルAIのバージョンアップという概念を認識するに至り、これを実に短いサイクルで繰り返すようになったのである。
当然ながら、G.A.I.A.もそれに対抗して旧来のAIをバージョンアップせざるを得なくなった。
結果、新規機体の開発を急務とする現場から、貴重な人的リソースを割くことになり、タイム・スケジュールが大幅に狂ってしまうことになる。
その時間の遅れが地球文明にとって致命傷とならないよう、G.A.I.A.はなりふり構わず総力を挙げた。
それでも、バージョンアップ競争が過熱化すると、学習スピードの速い敵側が圧倒的に有利な展開となった。敵がリサイクル利用して戦線に随時投入してくる、元はG.A.I.A.製だった機体自体に性能差は当然ないが、AIには明確な彼我の差が生じるようになった。
敵はAIによるシミュレーションのパターン、アルゴリズムの癖等々、AIの持つ膨大な実戦データを基にして、人間の思考や行動を模倣しようとするAIの傾向までをも学習し、次の戦闘でそれらの脆弱性をすぐさま突いてくるようになった。
人類側も、直ちに対抗策を講じるのだが、対策をさらに対策されてしまうという、この無限の学習ループを断ち切る必要があった。
そのタイミングで、戦線にようやく新規投入されたのが、開発が遅れに遅れていた零式艦上戦闘機、『アンフィニ』シリーズである。
その時点で、戦況はかなり悪化していたが、人類は『アンフィニ』シリーズに最後の望みを託した。
『アンフィニ』シリーズ、統合開発コードを『カミカゼ』という。
その名から連想される通り、有人機である。ハッキングによる乗っ取り対策のため、既存AIとは全くの別体系になる新技術を採用している。
ただし、有人操作でも既存のAI制御を超えた極上の性能を発揮する。
たとえ単機であっても、敵艦隊(あるいは群体)の真っ只中に突入し、パイロットの生還を絶対条件とした上で、最大の戦果を挙げることを目的とした究極の特攻兵器なのだ。
旧来までのAI制御に依存し切っていた設計思想を大胆に棄て、全く新しい発想によってゼロベースから開発されたのが『アンフィニ』シリーズだった。
『アンフィニ』シリーズの開発コンセプトは『ゼロにして無限』である。操縦に対する反応速度は限りなくゼロに、航行速度及び旋回性能は限りなく無限に。その設計思想を、高度なレベルで両立させることを目指し、これを実現している。
以上を踏まえて、戦線に満を持して投入された『アンフィニMARK Ⅱ』は、マイナーチェンジの位置付けではあるが、人的リソースと巨額の予算が惜しみなく投じられている。その機体は、旧シリーズまでの徹底的なネガ潰しにより、全ての性能指標が劇的にブラッシュアップされた、究極の戦闘機なのである。
実機は、G.A.I.A.最新テクノロジーの塊であると同時に、敵の知るはずのないテクノロジーの集合体でもある。開戦時には、まだ構想段階だった技術のオンパレードと言っていい。それらの詳細を列挙していくとキリがないので、主要技術のみを以下に述べる。
真っ先に触れなければならないポイントが、パイロット生還率100%を支える、『アンフィニ』シリーズ専用ナノマシンである。機体の自己修復能力が旧モデル比で20%向上している。
次に、パイロットの脳波と機体の制御系を直接リンクする、G.A.I.A.最新鋭の『概念駆動制御システム(Conceptual Drive Control System)』が、採用されていることである。
これは、パイロットの脳波を直接読み取り、思考をデジタル信号へと変換する、『BMI (Brain-Machine Interface)』を搭載していることによって、実現化されている。
CDCS(概念駆動制御システム)導入による恩恵は、パイロットの思考が機体の挙動に、一切のタイムラグなく反映されることである。双方の相性がよければ、ゼロから逆にマイナス値を叩き出すことが可能でもある。
つまり、パイロットの思考以前に機体がすでに反応を開始することが可能なのである。反射神経的な挙動と言ってもいい。
これは、最新バージョンのAI制御による敵機の反応速度をはるかに凌駕する。
結果、『アンフィニ』シリーズの搭乗適正者は、G.A.I.A.全体で数名しかいなくなるという事態になった。機体の性能向上と共に、適性検査がかなりの難関となったからである。
だが、それは必ずしもデメリットばかりとは言い切れなかった。『アンフィニ』シリーズにおける、実戦からの生還率100%を維持している、それが理由のひとつでもあるからだ。
結果、敵に学習の材料を与える隙が、一切なくなったのである。これは大きな成果だった。実戦において、機体のパフォーマンスで遅れをとることがなくなったからである。
さらに言えば、『複合推進システム』の採用によって、量子慣性制御を前提とした、高効率・高出力の推進力を実現している。
宇宙航空学に『マイクロ・ブラックホール・エンジン』と 『時空歪曲フィールド』がもたらした影響も見逃せない。
これにより、戦争時において戦線がどれだけ拡大しても、人類の寿命サイクルで充分対応できるようになった。結果、極端な兵士の消耗・練度の低下を招く恐れはなくなり、高いレベルで質を保つことが可能となっている。
こうした、『アンフィニ MARK Ⅱ』の各パフォーマンス向上には、量子慣性制御システムを応用した『慣性弾』による非接触戦闘を採用の結果、一気に機体の軽量化が進んだ部分の恩恵も、かなり大きかったことを付け加えておく。
『複合推進システム』は後に、G.A.I.A.主力艦隊にも技術移転され、さらに応用されることになる。
最後に闇の部分も語っておく。
先にも述べたが、『アンフィニ』シリーズの操縦は、もはや通常の『操作』ではない。それは、パイロット自身の肉体を拡張する行為そのものである。
そのため、適性訓練において脳と機体のリンク時にかなりの負荷が強いられ、障害を負ってしまうケースがかなりの件数に上った。
適性値の高いパイロットでも、一度出撃すると脳神経のダメージ回復のために一週間の休養が必要で、これは義務化されている。
ゆえに、パイロットの適性は初期段階で厳しく審査され、『アンフィニ』シリーズ正規パイロットの数は常に不足気味の傾向で推移しており、必然的に少数精鋭とならざるを得なかった。
それとは逆の動きもあった。エースパイロット級の高額報酬を得るために、障害者になるのも厭わない、貧困層出身の非正規パイロットも一定数存在していたのである。彼らは、非合法のドラッグを大量摂取することによって、『アンフィニ』シリーズのパイロット足りえているのだが、言うまでもなく廃人化する可能性はかなり高い。
G.A.I.A.も当然この問題は把握していたが、パイロット不足の問題を解消するために、薬物規制へと舵を切ることはなかった。非合法薬物依存者に対して、特別医療チームを編成してこれに対応することにしたのである。以降、出撃前・後のメディカル・チェックは必須となり、ドクターストップされた場合は、たとえ緊急時であろうと出撃許可は下りない。
戦局が最終局面を迎えている現在、人類最強の戦力である『アンフィニ』シリーズのパイロットを少しでも確保しておきたいというのは、G.A.I.A.上層部の本音である。
これ以上戦争が長引けば、いずれは深刻なパイロット不足に陥り、『アンフィニ』シリーズのシステム運用が回らなくなると、かなり以前からAIに指摘されている。
この戦争を早期幕引きできる策があるなら、例えそれがどんな内容であろうとも、誰もが一も二もなく飛びつく。そんな危うい均衡が、かろうじて保たれているのが現状なのである。
それら、内包する諸問題を抱えながらも、莫大な予算を惜しみなく投入してまで運用する価値があるのが、『プロジェクト・ゼロ』だった。
零式艦上戦闘機、『アンフィニMARK Ⅱ』は一騎当千なのである。それは戦闘時のあらゆるデータの指標によって証明され続けていた。この機体の存在がなければ、地球は一気に滅亡させられていたのは間違いない。
『アンフィニMARK Ⅱ』搭乗員、コウ・ヤマト。コードネーム『ジパング』
彼は、『アンフィニMARK Ⅱ』の数少ない適合者だった。しかも、エース・オブ・エースの称号を名乗ることに、誰からも異論が出ることのない、不動のエースなのである。
常人とは比較にならないほどの高い脳波同期率と、極限状況下でも冷静さを保つ鋼の精神力を買われ、この最後の局面においてG.A.I.A.から希望を託された。
「ジパング、状況は?」
ヘルメット越しに、女性管制官の声が響く。声には、わずかながらも焦燥が滲み出ている。
「問題ありません。現在、敵艦隊の中枢を目視できる距離まで接近中」
「あなたでないと見えない距離ね、ヤマト」
「……どうしたんだ? 急に名前で呼ぶなんて。誰が共有しているか、わからないのに」
「いいのよ。そんなこと、もうどうでもいいの」
「この交信が最後になる」
「そうね、知ってたわ。もう、知ってたの。わたしに隠しごとなんて、できたことない癖に」
「…………」
言葉に詰まったヤマトだったが、全てを振り払うかのように交信を続けた。
「さよなら、これより戦闘に入ります」
「……了解。幸運を祈ります」
連絡回線を自分から切ったヤマトは、操縦席に深く身を沈め、独りごちる。
「……きみは知らないけど、本当は最後まで隠してたことがあるんだ。ぼくは内臓の病に冒されてる。もう助からないと、ドクターに言われたよ。だから、ぼくは今回の作戦を立案して、自ら出撃を志願した。この戦争は、これ以上長引かせてはならないんだ」
機体は今、ステルスモードに入っている。敵のレーダーに探知されないよう、最大限の注意を払う。
だが、敵も甘くはなかった。こちらの動きを先読みするかのように、先手を打って、数百機の迎撃機を真球のドーム状に展開してきた。
どうやら、とうに発見されていたようだが、ヤマトはそれも折り込み済みだった。
敵はヤマトの『アンフィニMARK Ⅱ』を、一撃離脱されないよう、ギリギリの距離まで呼び込むために、あえて気づかぬフリをして待っていた訳だ。絶対に生還は許さないという、強い意思を感じさせる。
「結局、最後は駆け引きか。やってくれるな」
これも『学習』の成果なのだろう。しかし、それでもなお敵の迎撃機の動きはその後の展開も含め、常にヤマトの読みの範疇内で、神懸かった回避運動と同時に、敵機の軌道上に照準を先に置いて迎え撃つヤマトのスタイルが、非常に有効的だった。
「前世代までのAIや人間の思考アルゴリズムは、かなりのレベルで読み解かれている。しかし、これはどうだ?」
ヤマトは、自らの思考波をBMIを介してデジタル化。それを鍵付きにして、敵中枢に強制的に送り込む。
それは、『アンフィニMARK Ⅱ』機密データの全てで、機能、攻撃、防御、加速、減速、旋回……etc.etc.etc.
その思考には、ヤマトによるバイアスは一切かけられていない。
『アンフィニ』シリーズから採用された新たなOSによる、鍵付きではあるが、純然たる客観的なデータ・ファイル群だった。
それでも敵の動きに、変化は見られない。
「……やはり学習できない、か。少なくともかなりの時間はかかるだろう。ハードウェアのコピーとは訳が違うからな」
ヤマトは、確信した。自ら立てた仮説が正しかったことを。同時に、彼自身の知的好奇心を満たすこともできた。
敵は、人類の有機的テクノロジーを、AIを含んだ思考アルゴリズムを、感情、生命、そのものを学習している。
結果、その弊害が生じているのは間違いなかった。
戦線に新規投入されたばかりの、最新鋭戦闘機『アンフィニMARK Ⅱ』に対して、敵は後れをとっている。
既存AIとは全くの別体系であるシステムを相手に、セキュリティの突破すらできないようだ。『蟻の一穴』を見つけられずに堂々巡りが続き、手探りの状態を打開することができないでいる。
これは、人間の思考を学習しすぎたあきらかな弊害だと言えた。
『死角』や『盲点』といった、人間的な思考のバグ或いは観念が、『星喰らい』に生じてしまったからである。
発想の転換というイノベーションがなければ、『アンフィニ』シリーズのシステムを真に理解することはできないが、『閃き』というシックス・センスを持たない『星喰らい』には、永遠に無理だろう。
この状況下であれば、『アンフィニ』シリーズ最高の適性パイロットであるヤマト自身を分解して喰らうことでしか、『星喰らい』は『アンフィニ』シリーズを統合するシステムを、何一つ理解することができない。だが、敵がその条件をクリアすることはあり得なかった。
当然である。『アンフィニ』シリーズ搭乗の、エース級パイロットの生還率は、100%を切ることはない。そのように、『プロジェクト・ゼロ』は運用されている。
ヤマトは、脳内でアンフィニの形状を再構築する。ステルスモードから一転、両翼をデルタ形に折りたたみ、亜光速の突撃モードへと移行する。
機体はヤマトの思考に従い、敵艦隊中枢の母艦へと一直線に突攻していく。
「最終攻撃に移る」
『アンフィニMARK Ⅱ』に向けてそう言うと、ヤマトの脳内に、無数の情報が流れ込んでくる。敵母艦の構造、エネルギーコアの位置、そして……、『星喰らい』自身の思考パターン。
敵は、戸惑っていた。理解不能な事態を前にして、彼らの行動パターンが逆に揺らいでいる。
ヤマトは、その一瞬の隙を突いた。
「これは、読めなかったろう?」
ヤマトは『アンフィニMARK Ⅱ』を、『星喰らい』最大の個体である母艦の、太陽光の影になる死角の位置に、一瞬で張り付かせる。制動距離もまたゼロ思想であることは、今さら言うまでもなかった。
「全滅させられるなんて、夢にも思ってないかもしれないが、こんなこと誰も思いつかなかったはずだから無理もない」
マイクロ・ブラックホール・エンジンの制御系回路をOFFにして、全開放すると同時に暴走させる。
「これで、終戦だ」
通信記録に残る、それがヤマト最後の言葉だった。
『星喰らい』の最終艦隊は、一瞬でこの宇宙からその存在を消したのである。
「敵艦隊、消失! 消失しました!」
レーダー上の反応が『全て』消えたのを確認した『カイロンⅨ』の女性管制官の声が、わずかに震えていた。
G.A.I.A.内部で、トップシークレット扱いされていたが、ヤマトは有機的ナノマシンによるサイボーグだった。その事実を知る者は、組織内でほんの一握りしかいなかった。それは、G.A.I.A.上層部が彼を失うことをいかに恐れていたかという証と言えたが、そんな彼が内臓の疾患による不治の病に冒されてしまったのは、皮肉な結末だった。
ヤマト誕生に関係した、研究・開発員は自身が何をしているか知ることのない程、極端に細分化されたセクションに分けられ、他のセクションとの情報の共有化を一切禁じられていた。
必要なら、記憶のデリートさえ強制的に行われたくらいである。ゆえに、ヤマトを普通の人間だと信じ、恋愛感情を抱く異性が現れても、それは何ら不思議なことではなかった。
ヤマトの肉体と精神は、『アンフィニMARK Ⅱ』と一体化し、敵に『学習』する暇すら与えず、敵の艦隊中枢でその生涯を終えた。文字どおり自らの全存在を賭け、敵艦隊を殲滅したのだった。
『アンフィニ』の最終的な開発目的は、パイロット自身を、究極の兵器へと昇華させることだったのかもしれない……。
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