「貴方の財力です」
いつもと作風がガラッと変わっておりますが、この人こういうのも書くんだなー程度に思って、お楽しみください。
アメリー・ライヒ男爵令嬢は、成金である。
そりゃあ、社交界では色々言われてる。
成金。
貴族かぶれ。
金だけの男爵家。
祖父の代で商売を当て、爵位を買い、貴族社会に滑り込んだライヒ家は、伝統ある家々からあまり好かれていない。いや、嫌われている。
だからアメリーにとって、令嬢たちとの戦いも慣れたものだった。
「あら、ライヒ様。なんて眩いドレスなんでしょう! とってもお似合いでしてよ」
(宝石ギラギラさせやがって。まぁでも、そんな成金趣味なドレスがピッタリだよね、成金なんだから!!)
「斬新で、想像力を掻き立てられるお姿ですねぇ。私のように伝統的なドレスばかり着ている者には、少々刺激が強すぎますわぁ」
(なぁに、そのだっさい格好。そんなのが流行ってるって言うの? イタタタタ)
そんな日常に、アメリーは微笑む。
「まぁ、嬉しい! 貴方のような歴史あるお方にそう言っていただけると、私の新風もようやく宮廷に定着したのだと安心いたします」
(もう流行りに乗れないあんたらには、私の最先端が理解できなくてもしょうがないね!)
にこやかに返せば、相手は肩透かしを食らった顔をする。
その日もそうだった。
王都で開かれた夜会。
淡い金色の髪を結い上げたアメリーは、いつものように笑って流そうとしていた。
しかし。
「本当にお気の毒」
三分の二ほど開いた扇子で、優雅に口元を隠した令嬢が言った。
「周囲に聞こえないように秘密の話をしています」というふりをして、「聞こえよがしに悪口を言いますよ」というサインだ。
「カルク伯爵令息は極上の額縁として買われていくのですね。中身の絵がどれほどお粗末でも、彼の名前さえあれば、立派な名画に見せかけられますもの」
(あんた自身には教養が一切ないから、カルク伯爵家の名前をお金で買うんでしょ? あーあ、カルク伯爵令息が可哀そう!)
小さな笑い。
周囲の視線。
慣れている。
——ヴォルト・フォン・カルク伯爵令息。私の婚約者。
彼の家、カルク伯爵家は歴史ある名家だ。けれど、最近は財政が苦しい。
ライヒ男爵家は金を持っている。けれど、名がない。
カルク伯爵家は名を持っている。けれど、金がない。
だから互いに補い合う。
私たちの婚約は、そのためだけに結ばれたものだった。
そんなことは、アメリーは昔から理解していた。
「成金が伯爵家を買った」
「伯爵家も落ちたものだ」
それも、事実ではある。
しかし、それでもアメリーは、ヴォルトとの婚約に満足していた。
ヴォルトは口数が少ない。
感情も見えづらい。
だけど、夜会では必ず歩幅を合わせてくれるし、長時間立てば休憩を勧めてくれる。紅茶はアメリーが好む茶葉を覚えていて、甘い菓子が苦手なことも知っている。
言葉は少ないのに、行動だけやたら細かい。
だからアメリーは思っていた。
――好かれてはいないかもしれないけれど、嫌われてもいない。
それで十分だと。
アメリーが何も言わずにいると、令嬢はさらに続けた。
「けれど、婚約されてからというもの、カルク伯爵令息のお召し物も随分と華やかになりましたねぇ」
(まぁ、その婚約だって、衣装代くらいしか価値ないでしょうけどね!)
周囲からくすくすと笑いが漏れる。
アメリーは口角を上げた。
「ありがとうございます。ヴォルト様は何をお召しになっても素敵ですので、服の方が張り切ってしまうのです」
(そうですか。羨ましいなら言えば?)
令嬢の笑顔が引きつる。
しかし、今度は別の令嬢が口を挟む。
「カルク伯爵令息ほど、慈善活動に熱心な貴族もいませんわ。身分のない哀れな方々に、ご自身の高貴な苗字を分け与えて差し上げるのですから」
(買われた男ってことよ)
どう返したものか。考えていた、その時だった。
隣から低い声が落ちる。
「訂正してください」
黒髪。
淡い灰青の瞳。
冷たく見えるほど整った横顔。
夜会の光さえ引き締めるような静かな佇まい。
ヴォルト・フォン・カルクだった。
彼は令嬢を見た。
淡々と。
怒鳴りもせず。
けれど、一歩も退かない目で。
「侮辱されたのは私の婚約者です」
令嬢が目を見開く。
ヴォルトは続けた。
「私は、ライヒ嬢とは自分の意思で婚約しています」
静まり返る。
誰かが息を飲む音がした。
令嬢が笑顔を保とうとする。
「まぁ、そんな……私、侮辱だなんて」
「侮辱でないのなら誤りですね。訂正してください」
声は低い。
静かなのに逃げ道がない。
令嬢は耐え切れず扇子を閉じた。
「……失礼いたしますわ」
去っていく。
ざわめき。
ヴォルトはアメリーを見る。
「こちらへ」
いつも通りの短い言葉。
でも、彼は自然にアメリーを人混みから逃がそうとしている。
アメリーは一歩遅れて歩き出す。
胸が少し熱かった。
それはきっと、驚きのせい。
今まで、
椅子を引いてくれる。
人混みから守ってくれる。
寒ければ上着を貸してくれる。
そういう優しさはたくさんあった。
けれど、こんなふうに言葉にしたのは初めてだったから驚いた。それだけのこと。
テラスへ出る。
夜風が涼しい。
先に口を開いたのはアメリーだった。
「……ありがとうございました」
ヴォルトは首を振る。
「当然です」
「でも、私のために言い返してくださるなんて珍しいですね」
珍しいだなんて、ちょっと失礼だったかな。
心配になるアメリーに対し、ヴォルトは少しの間考えていた。
「放置する理由がありません」
アメリーは笑った。
それから。
本当に、軽い気持ちだった。
聞いてみた。
ほんの少しだけ、期待して。
「ヴォルト様」
「はい」
「先ほど、“私の意思で婚約している”と仰いましたけれど……」
ヴォルトの瞳にアメリーが映る。
「それは「好き」という意味だと解釈して良いのでしょうか」
こくり、とヴォルトが頷いた。
アメリーの鼓動は、明らかにいつもより速くなった。
それを隠すように冗談めかして笑った。
「ちなみに、私のどこがお好きなんですか?」
少し沈黙。
ヴォルトは考え込んでしまった。
真剣な顔。
目線は宙に浮いている。
……。
…………。
………………。
…長いな。
…ちょっと長すぎない?
え、ちょ、そんなに考える?
ヴォルトが一つ、瞬きをした。
「貴方の財力です」
ようやく聞いた彼の声が、やけに石のような硬さを持ってアメリーに届く。
アメリーは瞬いた。
ヴォルトは真面目な顔をしていた。
心底真面目だった。
だから余計に重かった。
「……財力」
「はい」
「私自身ではなく?」
ヴォルトは少しだけ首を傾げる。
「ライヒ家の財力は、魅力的ですね」
胸がすとんと落ちた。
なんだ。
分かっていたことじゃない。
没落しつつある伯爵家。
新興貴族。
利益のある婚約。
全部、知っていた。
知っていたのに。
少し期待した自分が恥ずかしくなる。
「あぁ、なるほど。そうでしたか」
やっぱり。
期待なんてするものじゃなかった。
ヴォルトが眉を寄せた。
「……? 怒っているんですか」
「まさか」
怒ってなんかいない。
政略結婚で、条件が好き。
普通だ。
普通。
普通なのに。
なぜ少し泣きそうなのだろう。
帰宅後。
アメリーは寝台に倒れこんだ。
枕に顔を埋める。
「……ばか」
期待した。
少しだけ。
好きと言われて。
勘違いした。
そんな自分が恥ずかしかった。
眠ろう。
忘れよう。
そう思って目を閉じた。
――その時だった。
頭の中で、変な声がした。
《翻訳機能を獲得しました》
…………はい?
《対象:アルトレイン・ヴァルセス》
《言語:感情遠回し系男子語》
《翻訳を開始します》
…………。
……は?
アメリーは飛び起きた。
何。
夢?
疲れてる?
すると、再び頭に声が響いた。
『貴方の財力です』
↓
『貴方と結婚した後も生活に困らない安心感が好き。貧しいのは苦しいから、貴方との子どもを幸せにできそうで嬉しい。もちろん、もし貴方に財産がなくても好き。』
アメリーはしばらく固まった。
それから。
静かに呟いた。
「……誰?」
《翻訳機能です》
「余計なお世話です」
《高確率で本音です》
「……」
《使用を継続しますか?》
アメリーは天井を見上げた。
「……明日、確認します」
その頃。
カルク伯爵家。
ヴォルトは執事に言われていた。
「坊ちゃん」
「何ですか」
「本日は心なしか表情が晴れやかですが……何か良いことがございましたか」
「……ライヒ嬢に私の思いを伝えました」
執事は一瞬目を見開くと、すぐに泣きだした。
「あ、あの坊ちゃんがっ。ついに、ついに思いを伝えられたのですなぁぁ!」
「あぁ」
ヴォルトは耳を赤くし、窓の方を見た。
「本日、ライヒ男爵令嬢には何とおっしゃったのですか⁉」
目にハンカチーフをあててもまだ溢れるほどの涙を流しながら、執事は聞いた。
「財力が好きだと」
執事は静かに天を仰いだ。
歓喜の涙が失望の涙へと変わる。
終わったな、と思った。




