決して覗かないでください
― 二ヶ月後 ―
「お、お待たせいたしまし、た……」
奥の部屋から出てきたセリカさんから鎖帷子を受け取る。うん、相変わらずなかなかいい品質だ。だんだん作るのに時間がかかるようになってきた気がするけども。今回三日くらいかかってるからな。
「よし、じゃあアンスス。悪いけどふもとの町まで行って換金してきてくれるか?」
「うん……いいけど……」
ちらりとアンススはセリカさんの方を見た。セリカさんは肩で息をして、その場にうずくまっている。
「だいぶやつれてない?」
「そうか? 最初っからこんなもんじゃなかったか?」
言われてみれば痩せてきているような気がしないでもないけど……部屋にこもってるとき以外は基本毎日あってる人だしそんなに急激な変化があったかどうかはよくわからないな。本人に聞いてみるか。
「セリカさん……大丈夫?」
「だ……大丈夫、です」
「大丈夫だってさ」
確認も済んだしさっそく鎖帷子を売ってきてもらおう。何しろここ二か月で二十着以上も売っているが、非常に評判が良くて「次はいつできるんだ?」って聞かれるくらいだからな。顧客が待ってるぜ!
「あの!」
ん? なんだ? セリカさんに呼び止められる。なんだろう?
「『大丈夫』は『大丈夫じゃない』サインです」
……? なんだろう。禅問答かな? よく分かんないや。
「のう勇者よ」
今度はアスタロウか。いったいなんだ?
「もう二ヶ月もここに足止めしておるが、そろそろ魔王城に向かった方がいいんじゃないかのう」
「そ、そうですね!」
急にセリカさんが合いの手を入れてきた。
「でもなあ……まだセリカさんが恩返ししてくれるみたいだし、途中で行っちゃうのも悪いよなあ……鎖帷子の卸業者の仕事も軌道に乗ってきたし、ここでもうちょっと商売するのもいいんじゃないかなあ」
「あの……じゃなあ」
くい、とアスタロウが袖を引っ張り、小声で話す。
「気のせいかもしれんが、あの機織り、えらい体力使うんじゃないんかのう。明らかに一枚織るごとにやつれてきてるんじゃが。昨日なんて扉が半開きのまま作業しておったし。覗かれるとまずいんじゃなかったのかのう」
「覗いたんですか!?」
うわ、なんだ急に。セリカさんが「覗いた」って単語にめっちゃ食いついてきた。
「い、いや、覗いとらんぞ。あれだけ念押しされたら覗くわけにはいかんじゃろう」
そりゃそうだろう。俺は約束を守る男だからな。
「そう、ですか……覗いてないんですか」
何で若干残念そうなんだろう?
「まあ……『覗くな』と言われれば普通は覗かないかもしれませんね。でも、気にならないですか? 材料も持たずに部屋にこもって、どんな風に機織りをしてるのか」
「気になるけど、覗くなって言われてるしなあ」
「覗くなって言われたら覗かないんですか!!」
いや……覗かないだろう。そりゃあ。
「あなたそれでも冒険者ですか!? 世界の謎を解き明かすために冒険者になったんじゃないですか!?」
「そんなこと言われてもなあ。ぶっちゃけ魔王城の情報を効率よく集めるために冒険者になっただけだし。結局そんなシチュエーション一度も訪れなかったけど」
「チッ……インポ野郎が」
「えっ?」
気のせいかな。なんかとても美女の口から出るとは思えないような言葉が聞こえたような気がしたけど……気のせいだな。
セリカさんはもう一度舌打ちしてから自分の部屋に戻り、大きな音を立てて扉を閉めた。
「とりあえずアンスス、山を下りてまた鎖帷子売ってきてくれる?」
「うん、わかった」
「勇者様」
びっくりした。振り向いてみると部屋に戻ったと思ったセリカさんが顔だけを覗かせてこちらを見ている。
「今からまた機織りをしますが、決して覗かないでくださいね」
「わかったって。覗かないよ」
「どんな方法で機織りをしてるかは明かせませんが、絶対に、絶対に覗かないでくださいね?」
しつこいなあ。覗かないって言ってるのに。
「ああ、覗かれたらどうしよう。あんなえっちな格好で機織りしてるなんて知られたらどうしよう。あんなの覗かれたらもうお嫁に行けなくなっちゃうなあ」
よくわからない独り言を言いながらセリカさんはチラチラと意味ありげにこちらに視線を送ってくる。
たしかにね。
たしかに俺はスケベだよ。
でもね。
そこまで念押しして「覗かないで」って言ってるのにその約束を破るほどの非道な人間じゃあないよ。
「じゃあ……」
一通り念押しして満足したのか、セリカさんは部屋の奥に引っ込む、とみせかけて、なぜか部屋のドアを全開にしてから部屋に入っていった。
「覗くな」と言っているのになぜか部屋のドアを全開にしていくセリカさん。
うっかり者だなあ。
俺はすぐに部屋のドアを閉めてあげた。
「じゃあ、行ってきます」
ふう、と一息ついてリビングのテーブルに着席する俺とアスタロウ。平和だ。もう、魔王討伐とかどうでもいいんじゃないかな。このまま、セリカさんのヒモとしてみんなで暮らしていけそうな気がしてきた。
「あのさあ」
がちゃりとドアを開ける音がしてセリカさんが声をかけてくる。
「どうしたの? ああ、ドア開けっぱなしだったから閉めておいたよ。わざわざそんなことでお礼言いに来てくれなくてもいいから。俺たち、家族だろ?」
「ペッ」
え? なんなん? 急に床に唾吐いた。
「じぶん、どっかおかしいんちゃうか?」




