息ぴったり
ギルドのドアを勢いよく開けて中に入ってきたのは、まさしく伯爵だった。基本的にはこちら側にいる伯爵と全く同じ外見。服装も同じ。
ただ、違うところがあるとすれば、ダンジョンから助け出した伯爵は大分痩せこけていて、顎髭が生えているところだろうか。二年も監禁されてたんだから当たり前だが。
いったい何しに来やがったんだこいつは?
仮に俺が考えている通りの真相だったとしても、今こいつがここに姿を現して得する事なんか何もないはずなんだが。
「伯爵が二人? 何が起きてるんだ」
「どういう状況なんだこれ」
偶然ギルドに居合わせていた、おそらく冒険者達。先ほどから大声で騒いでる俺達に注目してはいたが、伯爵が二人現れたことから混乱に陥ってるようだ。
「ケンジくん、これはいったいどういうこと?」
アンススも混乱している。まあ、どちらが本物の伯爵だとしても、二人が鉢合わせする展開なんて予想外だっただろうしな。
「なんで伯爵が二人もいるの?」
そこからか。
ドッペルゲンガーの話聞いてなかったのか。
「おのれ、魔物め!! 人の姿そっくりに化けて人心を惑わすドッペルゲンガーよ、儂の姿そっくりに化けて入れ替わるつもりか!!」
説明セリフのような言葉を吐いて後から来た伯爵が武器を構える。
しかし、構えている武器が、何故か『剃刀』。
そして左手にはシェービングクリームの乗っかったブラシ。
なるほどね。
何を考えてるのかは大体わかったぞ。
とはいうものの、正直言って出遅れた。俺達と卓を囲んでいた痩せこけた方の伯爵は既に立ち上がって、後から来た方の伯爵と対峙して構えをとっている。
「ほざけ、貴様の方こそ偽物め! この儂が返り討ちにしてくれるわ!!」
二年間監禁されてた設定なんだからせめてもうちょっと体調悪そうにしろよ。
「うおおおおおおお!!」
「どりゃあああああ!!」
そして二人は激突する。意図に気付いた俺ですら対応できなかったんだ。状況すら把握できてない周りの人間はこれをただ見ているだけしかできなかった。
「これは……」
「なんという闘い!」
「ケ・ン・カ・雲……見事な」
けんか-ぐも 【喧嘩雲】[名]
主に人同士の喧嘩、特に肉弾戦の取っ組み合いが発生した場合に戦いの簡略化と喧嘩の記号的表現として使用される雲。
表現としては喧嘩により地面を転がることによって埃が舞い散り、煙のように視界が遮られることを表している。
通常であれば土埃の多い屋外か、よほど埃のたまっている屋内でもなければこのような煙は発生しないが、熟練のケンカ雲職人同士の仕事ともなれば完全にその視界がシャットアウトされてしまうほどのケンカ雲を発生させることが出来るという。
段々と埃が収まり、ケンカ雲が晴れていく。
はあはあと荒い呼吸音が聞こえ、煙の中から二人のおっさんが姿を現す。
「あ……? 伯爵が二人?」
「全く同じ外見だぞ?」
やられた。煙の中から姿を現した二人の伯爵は、全く同じ外見をしていた。
まあ、髭剃りセットを出した時点で何となく嫌な予感はしていたものの、それ以外にもダンジョンに監禁されていた方は着ていた服もボロボロで痩せこけていたのに、ケンカ雲が収まると体形も服も全く同じになっていた。
今更説明するまでもないが、二人の内の一人、ダンジョンで保護した方がドッペルゲンガー、というか、シェイプシフター。自在に外見を変更することのできるモンスターだ。
それが分かっていたのにこの事態を防げなかったのは俺の失態だ。今のどさくさでどっちがどっちか分からなくなってしまった。
「むっ、今の取っ組み合いの際に髭が全部なくなってしまったぞ!」
二人はほぼ同時に、まあ似たような内容のセリフを呟いた。わざとらしい。
「むう、伯爵殿、これではどちらがどちらか分からんな」
「そうだな、伯爵殿。この件は一旦持ち帰って後で結論を出すとしよう。それでいいな?」
お前らなんでそんなに仲がいいんだよ。もう隠す気すらないな。
「というわけでイーク!」
「はい、旦那様」
「アンスス君に依頼の成功報酬を。儂ら二人はとりあえず屋敷に帰る」
「かしこまりました」
アンススは全く事態が呑み込めていない。目視できるくらいの巨大な疑問符を浮かべてはいるものの、しかし何をどうやっても彼女の理解の範疇にないのだ。言われるがままに金子を受け取って阿呆のような顔を浮かべている。
このままでいいのか?
いいわけがない。
「ちょっと待ちなさいよ!!」
俺が止めるより先に声をあげたのは伯爵夫人フェンネさんだった。この事件のもう一人の黒幕。
この事件いったい何人黒幕がいるんだよ。とは思うものの、一応この女が俺にとっての正当な「依頼者」だ。
「というか、あんたら何仲良くしてんのよ。二人のうちのどっちかは魔物なんでしょうが!」
フェンネさんの主張は至極真っ当なもの。
「いやでも、ここで揉めても何の解決にもならないでしょ?」
「ギルドの皆さんに迷惑がかかるでしょ?」
二人の伯爵は呼吸を揃えてフェンネさんに反論してくる。理屈は正しいんだけどこの状況がすでに異常だ。
「じゃあ一旦持ち帰って向こうで結論出した方がいいよね?」
最後は二人でハモってこたえた。
「いや、どちらが偽物かを見分ける方法はあるよ」
もうちょっと見てても良かったけど、もう外も暗くなってきたので俺は口を挟むことにした。
「その前にミンティア。悪いけど人払いをお願いできるか?」
「え? ええ。もう陽も暮れたしギルドの通常業務は終了してるから大丈夫ですけど……」
通常ならギルドの業務が終わっても飲食店の方は営業を続けてるらしいが、今日は特別に早く締めて貰った。別に偽伯爵を見極めるために必要だったわけじゃない。ただ「今後」の事を話すうえで一般の領民の目があるとまずかったからだ。
「さて、アンスス。俺達と一緒にダンジョンから帰ってきた方はどっちかな?」
質問するとすぐにアンススは一方の襟首を掴んでぐいと引っ張る。
「こっちよ。さっき一緒にハーブティーを飲んでた方は」
ハリネズミ級冒険者を舐めるなよ。




