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55 夢現(ゆめうつつ)

 エルドフィン……、エルドフィン……

 エルドフィーーン…………



「エルドフィ~ン。聞こえもすかぁ~」

「完全に落ちたな。いいよ、ヤクモ。寝かせてあげよう」



 食堂のテーブルに突っ伏して静かな寝息を立てているエルドフィンから、ヤクモは顔を離した。

 マッシュポワンを食べ終え、いくらもしない頃だった。

 談笑を交えながらエルドフィンの頭は徐々に垂れていき、安住の台地にたどり着くとついに動かなくなった。



「本当はちゃんとベッドで横になって貰いたかったんだけど、今起こすのも可哀想だ」



 会話を続けたらエルドフィンの眠りの妨げになると思ったのか、アセウスはそれきり口をつぐんだ。

 目の前の寝顔をしばらく眺めていたが、ふと、自分に合わせて口をつぐんでいるヤクモに気づいて、静かに微笑んだ。

 エルドフィンが寝ている間は、ここでこうして時間を潰すつもりなのか。

 アセウスの微笑みをそう読み取ったヤクモは、テーブルの上で腕を組むと、頭をのせてくつろぎ姿勢をとった。

 静かな昼下がりだった。

 食堂の利用客は次第に捌け、交わす言葉もなくくつろぐアセウス達だけが残されていた。

 時間が止まるかと思うくらい、ゆっくり、ゆったりと流れていく。

 エルドフィンは熟睡しているように動かない。

 夕食時までこのまま時間が過ぎてゆくように思えた。

 

 どのくらい時間が経っただろうか。

 そう長くは経たずしてだったろう。

 ピクリとヤクモの頭巾の角が揺れた。

 アセウスが顔を向けた先では、食堂の入り口の扉が開けられていた。

 人影が一つ、中に入ってきて、目的があるように真っ直ぐに進んで行く。

 顔を上げたヤクモとアセウスが見る中で、その影はピタリと足を止めた。

 アセウス達の座るテーブルの前だった。

 心当たりのなさそうなヤクモは振り返りアセウスを見る。

 ちょうどゆっくりとアセウスの口が開いたところだった。

 


「あなたは……」



 *

 *

 *


 

 エルドフィン……

 エルドフィン……


 誰かが俺の名前を呼んでるのは聞こえていた。

 俺は振り返らなかったけど。

 だって、気持ち良いんだもん、この先に広がる真っ暗な闇が。

 深く、黒く、「無」のような深淵が、

 俺の全部を受け入れて溶かしてくれるようで、とてつもなく心地よい。


 そういえば、あの時もこんな風に真っ暗だったっけ。

 昨日の夜だ。

 あの時は、緊張と不安で闇に溶けるようだった。

 俺はついにゲイロルル・ヨルダールに会えたんだ。

 オージンが二人目に選んだヴァルキュリャに。



『聞こう』



 ゲイロルル(かのじょ)は言った。

 俺はほっとして、腰の力が抜けながら、シグルの盾をアセウスの荷物袋にしまったっけ。

 身振り手振りでゲイロルルを招いて、自分の部屋へ連れて行ったんだ。


 用心深いソラリンの姉って言われてたな。

 俺がふかふかのベッドに腰掛けて、水差しの水をあおって、緊張を落ち着けようとする間、彼女(ゲイロルル)は黙って俺を観察してた。



「えぇと……、改めまして、……私はエルドフィン・ヤールと申します。エイケン家のヴァルキュリャの子の血を受け継ぐ、アセウス・エイケンの友人で、一緒に旅をしています」



 ゲイロルルの周りの空気が変わった。

 でも彼女は何も言葉を発しない。

 向こうから聞いてくれた方が楽なのに、噂通りの手強さに俺はがっくりした。

 俺の方こそ用心深く言葉を選べっ。

 失敗は許されねぇぞ。

 


「あれから何年も経っていて、ヴァルキュリャのことも、アセウス……《罪の責務》の力のことも失われていて、……私達はただのしがない人間として旅をしていました。それが、見ることすらないような恐ろしい魔物(モンスター)に襲われて……」



 ゲイロルルは少しも表情を変えない。

 くっそっ。



「真実を知ろうと、ヴァルキュリャ一族を調べ、訪ねて回ることにしました。まず最初に、ソルベルグ家を訪ね、ヨルダール家が二つ目です。……尊き神に関わることですし、半神のあなたには話せないこともあると理解しています。出来る範囲で構いません! 私達に真実を、あなたの知っていることを教えてくれませんか?」


『お前は何者だ?』



 即座に返答が来た。

 低い音が頭に響いてくる。

 厳しいっ。

 何者だって、人間で友人だって言ったじゃんっっ。



「……何者、とは」



 俺は我慢比べを覚悟した。

 ところが相手は表情一つ変えずに予想を裏切ってきたんだ。



『一つ、普通は人間にヴァルキュリャの姿は見えない。二つ、お前はアセウス・エイケンに隠れて一人で動いている。三つ、普通の人間とは違い、お前の()には複数混ざっている。説明のつく何者かを聞いた』



 てっっっ、手強いなんてもんじゃねぇじゃねぇかよっっ!

 さっきヴァルホルから人間界に来たんじゃねぇの?!

 なんでそんないろいろ知ってんの?!

 あの(・・)ソグンが「一番賢く、最も思慮深い」といった理由(わけ)が垣間見えたよっ。

 ヴァルキュリャってなんなん?!

 どいつもこいつも超絶美形なだけでなく、どーやったらそうなるか分からねぇくらい頭もいいとかさっ!!

 え? 俺、この人に会って、何しなきゃいけなかったんだっけ?

 えっと、えっとっ、この質問、どう答えたらいいんだぁっ???

 

 


 

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