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54 昼下がりのご馳走

「まーまーコングスベルのヴァルキュリャについては知れたかな」

 

「封印の手がかりは無さそうだったけどな」



 宿泊先の宿屋に戻り、併設の食堂で俺らはくつろいでいた。

 遅い昼食は軽くにしとこう、とメニューを眺めるものの、なかなか決まらない。

 空腹のピークを過ぎてしまって、何を食べたいか決めあぐねるのだ。

 


「うん……。まぁ、()のこと自体が一般には知られてない話だしな」

 

「? アセウスのこと?」

 

「あ、《Asseus(罪の責務)》のことさ」

 

「……できちゃったベビーのことか。お前じゃねぇーだろっ。お前何年生きてるつもりだよ」



 注文しなきゃなことはどっかに忘れて、雑談がはかどる、はかどる。



「っっても『アセウス』なんだっけ、名前」

 

「うん、だからなんとなく。俺が解きたい封印をかけられたのも、《罪の責務(アセウス)》の訳だし。一体感覚えるというか」

 

「……名前つけよう!」


「は?」


「紛らわしいからさ! 名前つければお前と区別出来んだろ? ヴァルキュリャの赤ちゃんだから……うぅ~んと、ヴァビーでどう?! うん、いいじゃん。ヴァルキュリャズ・ベビーでヴァビー!」


「訳わかんねーんだけど」


「訳分かんなくねぇよ、合理的だろ」



 我ながら良いアイディアだぜ。

 冴えてるわ俺。

 アセウスの表情を窺うけど、真意は読めねぇ。

 本気で訳分かんねぇなら、分かんねぇ方がいい。



「ヨルダール家でも調べてくれるって言ってたけど、昨日今日の話以上のことは聞けそうにないよなー」



 そう言ったアセウスの面持ちは暗かった。

 もう萎えてんのか? 早いぜ、相棒。

 食欲がねぇのは、そのせいもあったりして。

 俺の場合は完全に(こじ)らせてしまった睡魔のせいだけどな。



「まー、(はな)からそんなに期待はしてなかったろ? 二人目のヴァルキュリャについてのことは知れたし、ヨルダール家とも接触したんだし、当初の目的は達成出来たよ。スタートとしては順調じゃね?」


「そーだな。明日にはヨルダール邸に寄って、そのまま帰ろう」



 言いながら、アセウスが改めて木の皮に記されたメニューに目を落とした時だった。



「にゃはわぁー! 来たもすね!!」



 アセウスの隣に座っていたヤクモが奇声を発した。

 聞いてくれ!

 食堂に入ってからどこかへ消えたと思っていたのに、再び現れたヤクモ(こいつ)はアセウスを押し退けて俺の対面に座りやがったのだ。

 俺達の雑談を黙って聞いているから、しょーがねぇっ、ずっと見ないようにして無視してたのに、突然なんだ!

 にらみつけた俺の視界に写ったのは、にこにこ顔のヤクモ。

 それと、その前に運ばれてきた湯気の立つ器だった。



「お! うーまそぁ」



 アセウスが横から覗き込む。

 ヤクモはにこにこ顔を向けてアセウスに応えると、すぐにその顔を俺へと向け直した。



「これって……」


「マッシュポワンもすっ。エルドフィンのお気に召したおいものやつもすよ~っ。ほら、火を通すと美味しいって説明したら、絶対食べたいって言ってたじゃにゃいもすか~」

 

 

 あ。



「料理は調理設備のある場所(ところ)でないと上手くできないもすからね! どのタイミングでだったら出せるか、めちゃめちゃ考えちゃいましたのしょ~」



 大きな器を小さな両手で包んで、ヤクモは俺の前に差し出す。



「絶好のタイミングが出来て良かったもすっ! あっつあつの出来立てホヤホヤを召し上がれなのもすぅ~っ!!」



 ニョッキ・ボロネーゼ。クリーミーソース仕立て。

 香り立つ一皿に胸が高鳴っていく。

 ドク、ドク、ドク。

 間違いない、きっと旨い。

 ドク、ドク、ドク。

 最初の一口は、どんな衝撃が、感動が……。


 じっと目が離せなかった皿の向こう側。

 二つの光に気がついてしまった。

 大きな、まんまる、キラキラ、おめめっ。

 ヤクモだぁっっ。

 鼻をふんふん膨らませながら、嬉しそうにこちらを見ているぅっ。



「な、なんだよ」


「んなっ?」


「見過ぎだろっっ、お前っっ。そんなに見られてたら怖くて食えねぇっ」


「わぁっ、もっ、申す訳ないですっ」


「ぶふっ! エルドフィン、調理してないの食べた時ですら、めちゃめちゃ美味そうに食べてたからなー。念願の調理済みを食べてどんな反応をするのか、楽しみでしょうがないんだろ? ヤクモは」

 


 金髪がニヤニヤと笑いながら口を挟んできた。

 へへっと頭巾の両角を押さえながら、ヤクモは照れ臭そうに笑った。

 思い出した。

 あの時の約束。

 俺が一方的にした。

 完全に忘れてたけど。

 ヤクモが吟遊詩人(バード)のところで再登場したのも、行動を把握するようにつきまとったのも、まさか、このためだったのか?


 すくったニョッキもどき(・・・)をそっと口に運ぶ。

 ふわぁっと広がる、芋の風味、挽き肉の旨味。それを倍増させる、なんとも絶妙な噛み応え。

 目の前を霞ます湯気に隠れながら、そっと視線を移す。



「美味いよ。すっげぇー美味い。……ヤクモの言った通りだ」

 


 ボソッとこぼすと、ヤクモはまんまるおめめを糸のように細めた。



「エルドフィンの顔っ!」



 だぁあーーっっ!! この金髪ーーっっ!!

 せっかくヤクモが黙ってるのに、揶揄(からか)うように笑いやがったっ!

 黙ってろよっっ! もぉーっっ!

 この幼馴染みはっっ。



「ちっ、なんだよっっ! てめぇー人の顔見て笑ってんじゃねぇよっっ! あっっちょっ! 持ってくなっまだ食って、あ゛ーっっ! 全部食うなよっっ!!」


「おぉーっ、これはデレるな、納得。ほんと、めちゃくちゃ美味いよヤクモ。美味しすぎて身体中から力が抜けていく感じする。案内の仕事は終わっているのに、ありがとなー」


「いえいえ、これで心置きなくお二人を送り出せもすっ」



 俺とアセウスの間を、器が行ったり来たりして、ヤクモは、ご機嫌の猫みたいな、ご満悦な笑顔だった。

 ゴロゴロ喉を鳴らす音が聞こえたような気がしたから、俺は心の中で『お前は猫か』ってツッコんだんだ。


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