40 ガラクタ月光
ガラスの嵌め込まれた高窓が、美しい月を捕らえていた。
芸術品みたいな美しい三日月。
ガラス越しに注ぎ込む光は、別次元の何かであるようで。
アセウスが閉じ込められていた部屋からそう遠くないところに、ロフトのような、二階部分が作られた一角があった。
なんとはなしに上って、美しい月の光を見つけた。
魅入られたように俺はそこに腰かけて、窓外の空を眺めている。
何やってんだろ……。
俺の閉じ込められた部屋とほぼ対角線上の一角にある部屋にアセウスは閉じ込められていた。
同じような質素な部屋、隣室から監視する二人の兵士、扉の前の重厚な閂、見張り兵。
信用にはほど遠い待遇ですな。
ヨルダール家は長期戦になりそうだ。
ソグンの力を借りて、監視窓からアセウスの様子を覗き見た。
あいつはベットの上で膝を抱えて座っていた。
夜だというのに、何を起きてるんだか、寝てろよ。
室内を照らす常夜灯がアセウスの顔も照らしていた。
え? 独り語りテンション、暗ぇよって?
そーゆー時だってあるんだょ。
暗闇には頼りない常夜灯のせいだと思いたかった。
アセウスのあんな思い詰めた表情、見たことねぇ、と思った。
何考えてんだろ、あいつ。
ビビった俺に、お節介な右手が余計な検索結果を提示した。
十五歳より前、俺らがセウダの町を旅立った辺りから前は、何度も見た表情だってさ。
エルドフィンの記憶は、そいつをアセウスの本質だって受け取ってた。
くそっ……しんど。
この世界に来てからガラス窓なんて初めて見た。
ガラス自体見た記憶がねぇし、高等技術なんじゃねぇかな。
きっと高価で限られた場所だけの使用なんだろう。
だから余計、転生者が物思いにふけるのに良い場所だった。
アセウスの無事と処遇を確認できたから後は戻るだけだった。
急がなきゃいけないって分かってたのに。
そのまま監獄部屋には戻りたくなかった。
ここで現実逃避に浸りたかった。
俺は弱い。
監視兵が起きたら、布団の中身が空だとバレるかもしんねぇ。
見張りが感づかないようにしてくれって、ソグンは先に戻らせた。
結界なしのリスクを負ってまで、俺はここで逃げている。
まぁ、今まで屋敷内をうろついてる奴には一人も出会わなかったし、こんな夜中ならそうそう見つかる相手もいないと見越してではあるけども。
監獄部屋に戻る時にはソグンを呼ぶ手筈になっているし。
真っ暗すぎて、さすがに一人じゃ無理だからなぁ。
…………………………………
………………
……しんどい。しんどい。しんどい。
この世界もしんどい。
きっと俺は、人間には向いてないんだ。
蜘蛛とか剣とかスライムとか、次は人間以外がいい。
やっと「友達」が出来たと思った。
生きてる意味が出来たと思った。
でも、俺には「友達」が分からない。
分からないと、不安で不安でたまらなくなる。
手に入れたと思った「友達」も「生きてる意味」も、簡単に消える幻なんじゃないか。
見た目や環境が変わったって、俺は結局変わらないし、変われない。
「月が……」
「っっ?!?!」
誰も居ないはずじゃっっ?!
振り向くと1メートル程離れたロフトに座る人影があった。
ヤバいっっ! 見つかった!!
どうするっっ?!
月の光がその姿を明らかに照らす。
艶やかに揺れる黒髪。
光に煌めく深碧の瞳。
ベージュ色の衣に包まれた、褐色の肌。
くっ黒髪褐色肌女子だとっ?!
い、いやっっ! 訂正っっ! 黒髪褐色肌美少女だとっっ?!
間近に見て思わず訂正する。
え? 間近?
そう、間近。
今、彼女は俺に羽交締めまがいに口をふさがれている。
彼女の大きな瞳に映る俺の顔が見える。
なんでこうなった?!?!
いや、これぇっ、ヤバいだろっ!!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっ!
か弱そうな女の子だって認識した時、騒がれる前に止められるかもって思った時、身体が勝手に動いてたんですぅっっ。
ってどーゆー身体だよっ!
どんな訓練積んだらそんな反射行動するんだよぉっっ!
エロ夢ファンタジー漫画かっっ!
普通に犯罪だからコレぇっ!!
鍛えられているエルドフィンの身体だからなのか、女の子の身体って華奢なんだなぁと感じると、ますますこの状況をなんとかしなければと思ってしまう。
変態でも悪人でもないっっ、危害を加える気も変なものを咥えさせる気もないっ、ただ騒がれたくないだけなんですっっ。
必死に目で訴えつつ、口を塞ぐ手以外の力を緩めると、彼女は大きな瞳で俺を捉えたまま、俺に向き直った。
もはや形だけになった彼女の口を覆う俺の手に、自分の両手を重ねると、ゆっくり頷いてみせる。
え? あ……「騒ぎません」って、言ってる?
もしかして、伝わった?
ドクンドクンドクンドクン――
ずっと早鐘を打ってた鼓動が今更のようにうるさい。
そういや、この美少女、俺の膝の上に座ってるのに全然抵抗してねぇ。
表情にも恐怖や脅えは見られなくて……いや、見られるか。
彼女の両手は俺の手を口から外し、そっと包み込んだ。
露になった可憐な唇から言葉がこぼれる。
「月が……」
エロ漫画ってファンタジーじゃなくて実現するのか?
襲いかけた美少女が自分に恋してて合意に転じましたとかゆーご都合主義の夢展開。
これあれだろ? 漱石先生の有名なやつ。
俺の転生人生、ハーレムルートだったとか?
褐色ヒロインなのか? そうなのか?!
「余りに妖しく光っていたので、何かあるのではとここに来ました」
あ゛……。違った……。
やっぱりあんなのファンタジーだよな。
襲いかけたら、強制性交の未遂罪。
二次元由来の妄想なんてほどほどにして、早いとこ現実の女の子にドキドキしてた方がいい。
勘違いした奴らがいっぱい捕まって、イケメンとか勝ち組とか関係なく人生終了してたもんな。
美少女が変態に恋してたとか、女が襲われたのに乗り気でしたとか、まずねぇから。
カップルだって強引なのとか乱暴なのは犯罪になりかねんっつーのに、自己都合の夢を信じたがるのは男の性とか操られたくねぇわ。
やっちゃいけねぇって禁じられてることやるドキドキ感利用されてるだけだろ。
人間皆が持ってる「悪」の部分につけこまれてるだけだ。
わけわからん暴走してイキってるサス○と一緒だってばよ。
それこそわけわからん持論を脳内で高速展開していると、冷静さが戻ってきたようだ。
えぇと、月が怪しく光ってたって?
わかんねぇけど、俺も、それでここに呼ばれちゃったってことなんだろうか。
今一度夜空を仰ぎ見る俺を、少し強めな声が呼び戻した。
「わたしはシノヴァ。あなたは、誰?」
や、やばいっ……
掴まれていた手を引き抜いて、彼女の身体を俺から引き離す。
自由になった手で口許を覆いながら、俺は後退りしていた。
「あなたは、もしかして……ツ」
ソグンッッ!! 助けてぇぇっっ!!




