39 チートな夜。
ダンッッ!!!!
これ以上ないというくらい激しい鼻息と溜め息? とを吐き出しながら、俺は盛大に頭を壁ドンした。
「エ、エルドフィン?」
いつもより少し高めの声が可愛いっ。やっぱり可愛いっっ。
俺はソグンを見るのを止めて、壁に頭をつけたまま目をギュッと閉じた。
「……これなら、あいつらにバレずに話が出来るだろ? 聞こえるよな」
「……はい」
一度決めた意思は貫くのだっ。
拳を握りしめている右手に再度力を込めた。
ソグンをお触りするのは止めた。
だって、ソグンは触って良いとも触って欲しいとも言ってないっ。
暗黙の了解な恋愛関係にあるとかでもない。
この流れで触ったら痴漢と一緒じゃんかっ。ただの変質者じゃんっ。
ソグンはさ、俺と普通に話してくれる初めての女の子なんだよ。
ちゃんとさ、俺の目を見てくれてさ、俺の名前を呼んでくれてさ。
俺を相手に人間関係っぽいことをしてくれる神みたいな女の子なんだよ?!
(神っつーか半神ですけどな)うるせぇ、今そのツッコミは要らねぇわ!
そんなの、流れでセクハラみたいなことして、失くしたくないじゃんっっ?!
止めとけ俺っ! 何が入ってるかわからねーからパンドラは箱を開けたんだっ!
(?! 何故そこでそのイケメン台詞の引用を?!)
俺が俺の中のエロ太郎に言い聞かせていると、横からソグンの声が急いてくる。
「それで、私から何を得たいのですか? 情報提供の協力はしますが、あえて今、この部屋で知らなければならない情報がそうあるのか」
いつもの一定速度な話し方と違う。
若干だ、若干だが、話す速度に抑揚がある。
あーっっ! カワイイっっ。ギュッとしたいっ、可愛さがたまらん。
今の俺なら触らなくてもこれだけで今夜抜けるな。
あ! でも、見られててとか無理だぁァァァァッッ!
「出したい……っ」
「え?」
「あ、いや。出たい、ですっ(汗)」
「出る……この部屋からですか? 屋敷からですか?」
「部屋から、だな。アセウスが心配だ。特に危害を加えられてなければ、大人しく戻って様子をみるけど……。あいつらの監視とあの扉をなんとかして部屋を出て、見つからないようにアセウスを探して、アセウスの無事を確認してからまた見つからないように部屋に戻ってきて、で、あいつらに気づかれないまま部屋の中へ入る。できるかな?」
「……成功するかは別として、考えられない訳ではありませんが……。私が見てきて伝えるのではダメなのですか?」
あ。
それで済む話か。
それもそうだ。う~ん……。
所詮とっさに思い付いた言い訳では話が成り立たないか。
壁にあたる頭の重さがしんどくなってくる。
せっかく呼び出したんだしなぁ、何か良い落としどころねぇかなぁ。
頭の中では、やたらめったら記憶映像が氾濫している。
右手よ、協力はありがたいが、俺は名案が欲しいのだ。
そんな中、ある映像が俺の目に止まる。
「あ!」
「っ……どうかしました?」
「やっぱり、俺が行って見ないとダメっですっ。その、成功するかは分からない方法、教えてください」
*
*
*
ということで夜。
俺はソグンの力を借りて、監獄部屋から外へ出ていた。
いやこれ、チートやチート!
さらっとソグンが説明してくれたが、監視してる二人は眠らせて、部屋の前の奴は身体を乗っ取って扉を開けさせたんだと!
実際扉を開けた兵士を目の前で見たから、乗っ取ったっつーのはホントらしい。
そいつにはソグンが抜けた後も、誰も居ない部屋の扉を引き続き見張って守って貰ってる。
抜け出したのがバレないうちに戻るためにも、急ぐのが正解だろ。
暗い屋敷の中を、気配を殺しながら、アセウスのいる部屋へと向かう。
まぁ、これもチートなんだが。
どこがどうなってるのか、まるで分からないヨルダール邸。
普通なら進むことすらままならず、慎重に時間を要するはずだ。
だが、俺、スタスタと早足で歩いておる。
ソグンがあらかじめアセウスの居場所を見つけ、そこへ向かって案内してくれてるのだ。
しかも、念のためと、姿を消す結界を張ってくれていて、俺はその結界の中にいる。
え? つまりあれだ。
誰かにバッタリ出くわしても、相手には俺は見えないってことだ。
さらに、この結界、暗視スコープ代わりにもなって、真っ暗なはずの屋敷内が俺にはうっすらと見てとれる。
いやぁ、俺がビビりだから息を殺し気配を殺しているけど、正直そんな必要もないのかもしれん。
音は気づかれるから極力出すなとは言われてるけど。
長い廊下をかなり歩かされる。
随分遠くだ。
廊下を突き当たり、まだまだ遠くへ歩かされそうと思った時、「アセウスが最後に叫んだのはここだな」と腹落ちした。
ソグンは一向に止まる気配がない。
まだ行くのかよ。
なんだか手が汗ばんできた。
そして、背中だけが変に寒い。
無意識に唇を内側に巻き込んでいた俺は、たぶん、険しい表情になってるんだろうと思いながら、暗い屋敷内を進んで行くのだった。




